第十二話 昇格神域Ⅴ:武神の寵愛
――リューヤ、お願いだから無事でいてちょうだい。
私はそう心の中で祈りながら、ギルドから得た援軍を率いて急ぎミナト村へと戻っていた。
青色ランクの後衛魔法使いが三人と、鎚使いに剣士の前衛が一人ずつ。
そして私も仮の武器を置いて、本来の武装である二振りの魔剣を背に吊るしていた。
サイクロプスの強さは、その圧倒的な攻撃力もよく槍玉に挙げられるが、それよりも他の魔物に比べて堅牢な物理防御にこそある。剣や槍を通さない緑色の厚い皮膚に、その下を覆う分厚い筋肉の鎧。
ただの物理攻撃であれば、たとえ最強種の一角たる竜種の一撃すら余裕で耐えてしまう。
倒すには遠距離から魔法使いの攻撃で体力を削りつつ、その間は接近戦の出来る者が注意を惹き付ける。そうして瀕死状態になった時に接近戦闘の者に支援魔法を掛けて、トドメをさすというのが一般的な方法である。
つまり、何が言いたいのか。
魔法の使えないリューヤ一人では、絶対に倒すことはできないという事だ。
既に私がリューヤと別れてから、それなりの時間が経過している。
その間にずっと逃げ続けていられるか思うと、どう考えたって不可能に近い。
ただでさえリューヤは最低の赤ランク。それに、初めて探索者ギルドを訪れた際の彼の姿は素人同然であった。それがいくらゴブリンを倒せるようになったとはいえ、そこからはるか上の実力を持つ魔物を前に未だ生きていられるとは考えることが出来ない。
常識の上ではそう考えるしかないとしても――それでも私には、彼の命を諦められるわけがなかった。
顔を顰める私に並走する、一人の探索者が声を駆けてくる。
背中に魔法を補助するための杖を背負った、炎精霊の加護を持つ魔法使いだ。良く晴れた日だというのに、その身には厚手のローブを羽織って、更にはフードを深く被っている。良くも悪くも、魔法使いらしい特徴だ。
「そんなに怖い顔すんなよ、リン。あいつはきっと生き残ってるさ」
「何を根拠に……」
「そりゃまあ、何しろリンのお眼鏡に叶った奴だからな。今までリンの前に立って長続きした奴はいないからなぁ、それに比べたらサイクロプスの前に立つくらいなんてことはないだろうさ」
気楽そうに語る彼の声が、今は無性に苛立たしい。
たとえそれがこちらを落ち着かせるためのモノだったとしても、今の私には逆効果だった。
その心を理解しているからこそ、私は猶更足がはやるのを止められなかった。油断すればすぐに、バイコーンに更なる加速を命令してしまいそうで仕方がない。
そんな私の様子を見かねたのか、更に他の冒険者が話しかけてくる。
褐色肌に薄手の布で構成された薄い装備を身に纏う、一見して踊り子のような女性。しかしそんな彼女が武器としているのは、巨大な戦鎚である。
「まあまあ。落ち着いて都はいかないけれどさ、他の奴らの事も少しは考えてやっておくれ。急ぎ過ぎて酔った挙句、戦う際に足手まといを増やしたくはないだろう?」
「分かってます、でも……」
「それに、アンタ一人を先に行かせるわけにもいかない。何しろアタシたちには、アンタがそのリューヤって奴と一体何処で別れたのかすら分からないからね。まずは全員を、万全の状態でサイクロプスのとこまで案内してからさ。ねぇ?」
「……はい」
見事に言いくるめられてしまった。
だが、いくら落ち着こうとしたところで、リューヤを心配する気持ちが再燃するだけなのだ。
本来はリューヤの試験官である私が、不測の事態に対応すべきだった。だというのに、所持していた武器が本来のものではないが故に歯が立たなかった。それに加えて、彼を残していってしまった。高位探索者としての責任問題だ。
だけど、彼の心配をする理由はそれだけじゃない。
これまで私が見てきた探索者は、その大半が少し時間が経つと私の下を離れていった。
一部の人たちは色彩のランクを上げて有名な探索者としてギルドに貢献してくれているが、それでも彼らが利用するのは他の受付ばかりで、自分の下を訪れない。自分を、頼ってくれない。
そういった中、リューヤだけは私を頼ってくれた。ギルドに入ってからそれなりの期間が経過してもなお、私の下に残ってくれている。
だから私は、今度こそ彼を放したくない。私の手の届かない場所へ消えてしまう前に。何としても、彼の手を握って引き止めなければならない。
彼がサイクロプスの手から逃げている内に彼の下へと辿り着いて、この背に負う二振りの剣で今度こそ奴を八つ裂きにしなければこの心配は収まらない。
「り、リン? ちょっとばかし、魔剣が暴れてるんだけど……?」
魔剣コルドフラム。
魔力を流すことで氷と炎を発生させる力を持つ、私の本来の相棒。
つい、気の昂りでそちらに魔力を漏らしてしまったらしい。こちらを見る魔法使いの瞳に、脅えが見える。
「……ごめん」
魔力は、サイクロプスを殺すまで取っておかないと。
煮え滾るほどの熱を持った魔力が溢れそうになるのを何とか抑えながら、私はミナト村の方角を強く見据える。
すると突然、その周りを囲う森の中から不思議な光景が生み出された。何かしらの巨大な物体が、轟音と共にいくつかの木々を巻き込んで空高く打ち上げられた。
あの辺りは恐らく、ミナト村よりかなり離れた場所を流れる河のほとりだったか。
「あ、あれはなんだ!?」
遥か先の出来事だというのに、こちらまで届く音に他の探索者たちもすぐに注意を惹き付けられる。そして彼らは、視界の先で徐々に落下してくる物体の正体を捉えた。
それは、サイクロプスだった。
リューヤと一緒にいた時は緑色だった皮膚がなぜか黒く変色しているが、それでも大体の大きさから判断できる。
「『我が願うは、遥か先を映し出す炎の視界。≪|火の瞳≪フレアレンズ≫≫』」
一体何が起きているというのか。それを少しでも理解しようと、私は遠見の魔法を発動させた。眼球の前方に炎の縁で彩られた円が描かれ、その内で視界が拡大される。
すると、驚くべきことにあのサイクロプスはもはやほぼ瀕死の状態になっていたのだ。その身は左腕が二の腕から千切れており、両足がそれぞれ外側にひしゃげ、全身に激しい裂傷を刻み込まれていた。
……誰があの惨状を引き起こしたのかと問われれば、真っ先に考えられるのはリューヤしかいない。
しかし。
「一体どうしたらああなるのよ、リューヤ!」
そもそもサイクロプス相手にあそこまで傷をつけられる技量をリューヤは持っていない。
毎日のように彼を見てきた私だから、彼の技量もわかっている。
とすれば、一体誰が?
まさか都合よく、高ランクの魔物を相手どるだけの何者かがリューヤの下を偶然訪れたとでも言うのか。
「と、ともかく! 状況確認のためにも急ぐぞ!」
一体、私たちの向かう先には何が待っているのか。
私達はさっぱり状況が掴めないどころか確認できた情報によって更に混乱させられながら、急ぎサイクロプスが打ち上げられた地点へと向かった。
■■■
「……で、私の初戦のお相手はお前と言う訳か」
鈍い炸裂音が、周囲に響く。
既に腕一本すら動かすことが叶わない竜也の体が、サイクロプスの振り下ろした金棒を正面から受け止めたのだ。
「ウグおウアガアぁッ!?」
意識は半ば混濁としながらもサイクロプスは驚きの声を上げる。
目の前の獲物は既に死に体も同然の姿で、無様に地面に転がっていたのだ。それまでの間もこちらの攻撃は回避するか受け流すかばかりで、正面から受け止められることはなかった。
だというのに、今まさに目の前で、その獲物は我が種族の証である暴虐の力をそのまま受け切っていた。
制止させられた金棒の下から、再び声が響く。
「ふん、まあお前はよくやったよ竜也。素人ながらも、その意思で私の加護の一端でも、引き出せたのだから。それに加えて、最後の最後で足掻こうとしたその姿に免じ、今回は私が始末をつけてやろう」
その言葉を初めとして、サイクロプスにとって予想の出来ない出来事が連なっていく。
突如、身体を襲う浮遊感。加えて周囲の景色が、前方へと加速する。
その肉体が金棒ごと後方へ投げ飛ばされたと気づいたのは、五本の木々を折ってようやく減速し、六本目の大樹の腹に自身が受け止められた時だった。
ズゥン、とサイクロプスの体を受け止めた巨木がしなり、地面に張り巡らせた根に力を分散させることで何とか折れずに耐えきった。
その木に背を預けたまま、サイクロプスは折れた木々の向こう側から歩いてくる一人の姿を見た。
先ほどまで流していた血を全身から滴らせながら、悠然と歩いてくる竜也。
ただ、その体は外見とは裏腹に健康体そのものに見えた。折れた両足で歩いているとは思えないほどにまっすぐな足取りで、その右手にはいつの間にサイクロプスの首から抜き取ったのか、唯一の武器である刀をゆったりと下げていた。
……待て、とサイクロプスはその光景に目を白黒させた。
奴の右手は確かに、この身が唱えた『紫の獄炎』によって炭と化したはずだった。
だというのになぜ、その腕が武器を握ることが出来るのだ。なぜ、活きた細胞により構成された肉に血が通う証拠として、明るい肌色を取り戻しているのか――。
そんなサイクロプスの疑問を一切無視しながら、竜也の体は近づいてくる。
「さてさて、私がこちらに来るのは約三千年ぶりかなぁ? まったく、他の奴らはたまにこちらへ訪れることが出来ていたというのに、私一人だけ焦らしに焦らされて――ああ。全て、全てを……殺したくなっちゃうじゃないか」
やがてサイクロプスの前にまでたどり着くと、突然竜也の体はその手に握った剣を一旦鞘に納める。
「ともかく、そう、久々のこちらの体なんだ。何しろ動かすこと自体久しぶりだからな、お前、ちょっと私の準備運動に付き合ってくれるか? 何しろその体に自信のあるサイクロプスなんだ、そう簡単には壊れてくれないよなぁ?」
そう言い切った刹那、風が変わる。
竜也の体から、先ほどまでのサイクロプスの暴威などそよ風に等しいほどの魔力の嵐が溢れ出す。それはまるで、始まりの季節に例えられるような桜色の吹雪。
その荒れ狂う、始まりの時を告げる風が彼の体に収束し、その体を覆い隠していく。
やがて嵐が収まった時、竜也の体は大きな変化を遂げていた。
荒れ地のまま放置されていた短い髪の毛が一気に腰の辺りまで伸び、一本の荒れもなくストレートに輝く。
そして、同時に体の形自体が大きく変化していく。
いくらまだ幾分か成長の余地を残す体とはいえ、男性としての形を取っていた竜也の肉体が一時的に作り替えられる。胸部が膨らみ、腹回りがしぼみ、身体全体が丸みを帯びて、女性としか捉えられない姿へと変化していく。
変化が完全に終わり、閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。墨のように黒かった瞳が一変し、血を滴らせたような深紅の瞳が妖しく光を放っていた。
その獰猛な、それでいて洗練された美しさを感じさせる瞳に、種族を超えてサイクロプスは一瞬だけ魅入られた。
しかし、サイクロプスはすぐに気づいた。
その魅力の正体とは、極限まで磨き上げられた闘志――そして、自身に向けられた殺意だと。
「さて、始めようか。まさか早々に壊れないであろうことを願って――」
サイクロプスの胸部へ向けて、彼女の拳が放たれた。
その事を彼自身が理解したのは、地面と平行に吹っ飛ばされた後だった。
再び何本もの木々を破壊して、森の中を飛ばされていくサイクロプス。
その体が止まったのは、真上から振り下ろされた彼女の踵落としによって地面に埋め込まれた時だった。サイクロプス自身が認識するのも難しい速度を更に超えて移動し、攻撃を叩き込むことを可能とする女性。
彼女は自身の生んだクレーターの縁に降り立ち、ぷらぷらと改めて自身の扱う体の感触を確かめながらその中心に沈むサイクロプスの体へと歩いていく。
「……うん、とりあえずはこんなものか。少々手加減し過ぎたからか物足りないが、久々にこっちで出した分には十分だろう」
なにやら物騒なことをブツブツと呟きながらサイクロプスの所までたどり着くと、サイクロプスはかろうじて意識を保っている状態だった。
「あれ、コイツって確かこっちで防御力高い方じゃなかったっけ? おかしいなぁ、これだけでもう使い物にならないなんて。あーあ、軽めに手加減したハズなんだけどなぁー。これじゃあ、遊びようがない」
サイクロプスとの戦いを、ハッキリと『遊び』だと言い切る。
心の底からつまらなそうな気分を顔に浮かべながら、地に沈んだ息絶え絶えのサイクロプスの左手を掴み、彼女はなんとなくといった様子で上空へと放り投げた。
その際に、彼女が握っていたサイクロプスの左手がその握力によって砕け散る。それによって多量の返り血を浴びるが、そんな事は気にしないといった様子で彼女自身も遥か上空へと跳び上がった。
上空を飛ぶサイクロプスのスピードをさらに超え、様々な物理法則を無視したスピードでサイクロプスの先を行き、自身に向かってきたサイクロプスを今度は蹴り落とす。
「では、ほんの少しは役に立ってくれた礼だ。この一撃で、終わらせてくれる」
その際に放たれた回し蹴りを浴びたサイクロプスの胴体が、その一撃の鋭さによってあえなく引き裂かれて地に落ちていく。その身に存在したはずの黒い魔力による驚異的な回復能力は、同時に放出された桜色の魔力の奔流によって跡形もなく消し飛ばされていた。
もはや唯の肉塊となった、墜ちていくだけのサイクロプスを見つめながら彼女は今度は大気を蹴り飛ばして自身も地上に降りていく。
「さてさて、試運転にしては上出来だ。今はまだ僅かばかりしか力を発揮できない器だが、将来を楽しみにしておくとしよう」
着地と同時に、その先にあったサイクロプスの下半身が勢いよく踏み潰される。その周囲にまき散らされた肉体の破片と、そこから漂う重厚な血の匂いが一帯に拡散していく。結果として生み出されるのは、ただそこに居るだけで血に酔うほどの凄惨な結界。
それを作り出した張本人は、それを気にしないかのように、自身の体の本来の持ち主を迎えに来る誰かを待っていた。現場に残ったサイクロプスの上半身に腰掛けて、楽しそうに鼻歌を歌いながら。
その姿は、まさに――血と狂気の彩りに身を委ねた、美しき戦いの女神。
■■■
ミナト村の周囲についた各々は村にバイコーンを預けた後、早速森の中に入っていた。
「それでは、これより我々は赤ランク探索者リューヤ・シラカミの救出及び藍ランクの魔獣サイクロプスの討伐を行う。今回のコイツの出現は何の予兆もなかったし、リンの話によれば全身に何らかの魔術の紋様が浮かんでいたらしい。各自、クレグレモ注意して事に当たるように! では、行くぞ!」
この場に居る誰もがこの依頼における試験官を務めたことがあるため、すぐにゴブリンの巣があった場所まで辿り着いた。
そこから先は常にサイクロプスが暴れていたこともあり、その破壊の後が綺麗に残っている。
それを辿り、六人の探索者たちはリューヤとサイクロプスを探しに駆けていく。
「しかし、今回のは確かにヤバいみたいだな……」
「おう。ここまでの暴れ具合だと、もはや暴走馬車みたいなモンだな。イカれてやがる」
粉々に砕かれた森林の跡地を横目に眺めていると、そんな感想が他の探索者の口から吐き出された。
確かに、通常のサイクロプスであればこのように周辺環境の破壊を率先して行うことはない。強力な魔物の幾らかに共通してみられる特徴だが、自身の獲物が破壊跡を見て逃げ出すことを防ぐのだ。弱い魔物ほど周囲の違和感に気づきやすく、ちょっとでも危険を感じるとすぐに遠くへと逃げてしまう。だから、そういった環境の変化を魔物が進んで行うことは珍しいのだけれど……。
そのような傾向が微塵も感じられない程に、今回のサイクロプスは荒れ狂っている。
もしかしたらリューヤも既に殺されてしまっているのでは――そんな不安が増大し、自身の中で更に魔力が渦を巻いていく。
だが、今の所そのような痕跡は見られない。
それだけが今の自分を抑えている。
「む、これは……」
やがて、私たちはこれまで辿ってきた痕跡と異なるものを見つけた。
地面に散乱した木々の欠片が、真っ黒に焦げている一帯だ。その所々には、この異変を生み出した原因となった魔法の痕跡がチロチロと燃え残っていた。
「……紫の獄炎。火系統でも上位の魔法だぞ」
それを知っていた魔法使いの内の一人が、ちらりとこちらを見る。
「確か、探しているリューヤとやらは加護を持たないんだったよな?」
その問いかけに、私は顔を青くしながら頷いた。
『武神の寵愛』という公表すれば大騒ぎになること間違いなしの災厄を抱えるリューヤの事情は、今の所私だけが知っている。これはギルド職員としては厳罰ものだが、それを周囲に知られた後の末路を実体験として知っている私だからこそ秘匿しなければならない。
その代償として彼は『加護無し』という烙印を押されてしまっているのだが……。それでも、神の『寵愛』を受けている事を知られるよりは幸せなのだから。
しかし、だとしたらリューヤには魔法が使えない。
すなわちこの魔法は、その敵対者――すなわちサイクロプスが使用したことになる。
「魔法が使える魔物は評価が上がるって話だが……。上級魔法を繰り出してくる奴となると、それこそ他の一般個体とは一線を画す等級になるぞ」
通常のサイクロプスのランクは藍色。
だがもし『紫の獄炎』を使えるのだとしたら、その危険度は確実に跳ね上がる。藍色から上がったならば恐らく、紫の下位として評価されるだろう。
……より絶望的な現実が、容赦なく私に突きつけられる。
ショックで愕然としたそんな私の頭を、鎚の持ち手でゴツンと叩く探索者がいた。
「何、まだ諦めるには早いさ。ここにあるのはあくまでも木の欠片だけさ。その坊やっぽい焼け跡も、遺留品らしきものも何一つ見つかっちゃいないんだから」
そう、なのだろうか。
「だからさっさとこの先へ行くよ。……何、ここまで来ても戦闘の音が聞こえないんじゃあ、さっきのアレでもうケリはついてるんだろうさ。ならば残っているのは結果だけ。生きてるか死んでるかは分からないが、足を止めてないで早く確認しに行くんだよ」
その言葉を聞いて、私はもう一度走り出した。
この先に待っている結果がどんなものであれ、せめて私だけはそれを確認しなければ。
でも、たどり着いた結果がリューヤの死だったなんて、認めたくはない。
――その先には、もう少しだけ森が破壊された跡が残っていた。
それらの痕跡が終わりに近づいていくにつれ、私たちの鼻には濃い死臭が漂ってくる。むせ返るほどの血の臭いが、その一帯を隔離していると思えるほどに残っている。
やがて、その破壊された森の最後にたどり着いた私たちが見たものとは――
――女神が、いた。
森の一部に広がった平らな空間に、一人だけ。
大地に転がったサイクロプスの上半身を玉座のようにして、優雅に腰掛けている女性。
その足下には肉片と血が混じり合った池が出来上がっており、その燦燦たる光景の中においても彼女の姿は際立っていた。
全身に紅く煌めく鮮血を纏わせた、戦女神がその戦いの余韻に浸っている光景。
死という一文字が相応しい、生物として嫌悪すべき光景なのに、私たちはその光景から目が離せなかった。
「――美しい」
後ろから来た冒険者の一人の口から、その言葉が自然と漏れ出る。
その声で私達が来たことに気付いたのか、その女性はこちらを獣のような赤い瞳で見る。
その瞬間、冒険者全員の感覚が理解する。
彼女は、相手にしてはいけないナニカだと。自分たちとは次元の違う、化け物だと。
「ん、救援か」
しかし彼女がこちらを見て最初に口にした言葉は、あまりに気軽な私達への確認だった。
それに対して私は、反射的に疑問を返すことしかできなかった。
「貴方、一体何者なの?」
その問いに彼女はニヤリと笑って、答えをはぐらかす。
「さあな。別に誰だって良いだろう? ま、これからは何回でも会う機会はあるだろうさ――私の竜也をよろしくな、リン・フェルト」
立ち上がり、こちらに歩いてきた彼女の輪郭が……近づいてくる度に崩れ去っていく。
その崩れた輪郭からは、莫大な量の魔力の光が紐の様に解けて周囲へ散っていった。
私の目の前まで来て最後に「リューヤをよろしく」と言い、不思議な存在である彼女は完全に消えてしまった。――そして、魔力が散った後に残った中身が私に圧し掛かるように倒れてくる。
咄嗟に抱きかかえて受け止めたその中身の正体は、この短期間で随分と印象に深く刻まれた存在。私たちの探していた、リューヤだった。
「リューヤ!?」
「リン、その小僧がリュウヤ・タケガミなのか?」
本人かどうか確認を取ろうとした男に、肯定の意を込めて頷きを返す。
「そうか……生き残っていたのか。とりあえず呼吸はしているようだし、気絶しているだけのようだな。何だか夢を見ているような気分だったが、本人が無事なら今回の依頼はひとまず達成で良いだろう」
その声に、他の探索者たちが驚きと称賛の反応を返した。
「マジかよ……最低ランク一人でサイクロプスを討伐しちゃうなんてよ」
「ここまでぐちゃぐちゃに出来るとか、さっぱりだわ。やっぱリンのお気に入りは一味違ったってわけか」
「ぶっちゃけ無駄足だった気もするけどさ、これ見たら全然無駄足じゃなかったわ……」
誰もが、リューヤがサイクロプスを倒したという事実に信じられないような顔をする。
暫くそのような雰囲気でがやがやと感想を口にしていた面々だったが、やがてこの部隊の長である男性の探索者が一度この場を締めくくるのだった。
「それでは、リューヤ・シラカミの救出完了及びサイクロプスの死亡を確認したため、これにてギルドに戻るとしよう」
だが、その前にと彼はもう一言だけ付け加えた。
「皆も覚えていると思うが、探索者とは人間の脅威となる魔物を倒し、その発展に力を注ぐ者だ。そして今日もまた、その脅威が一つ討ち取られたわけだが……そんな彼への報酬として、素材くらいはきちんと剥ぎ取って我々からの尊敬の形としようじゃないか」
「おおっ、さすがはリーダーだぜ!」
「まあ、それくらいはしてやるか。後輩の尻ぬぐいも、先輩の役目なわけだし」
誰もがその意見に賛成し、それぞれが残っていたサイクロプスの上半身を解体していく。
下半身は完全に使い物にならないが、恐らく残っていた上半身は今回の突発的な事態への対策を立てるために国の研究材料として高く買い取られるだろう。
他の探索者たちが笑い声をあげながら素材を切り取っていく姿を見届けながら、私は今回最大の功労者であるリューヤの頭を膝の上に乗せ、その安らかに眠る顔を見届けていたのだった。




