第十一話 昇格■■Ⅳ:逃走、そして闘争へ
こちらの闘志に戸惑い、動きを止めたのもつかの間。
自身の方へ向けて剣を振るってきたと察したサイクロプスは、すぐさまその手を動かした。
こちらを弾き飛ばすような、乱雑、しかし力を持って放たれる横凪の一撃。
だが、一度戦うことを決めた俺の視界は既にアドレナリンで満たされているのか、奴がその棍棒を振るおうと腕を後ろに引いたときから、次に取る行動を決めていた。
自身を横殴りに襲う一撃に速度を合わせ、跳躍。棍棒を刹那の足場と化し、それを踏み台にして俺は更に加速した。
そのまま左手で照準を奴の胸の中心に合わせ、刀を握る右腕を、矢を番えた弓弦のごとく引き絞り――放つ。
「死ねやオラァアアアァッ!」
薄い金属に当たったような感触と共に、刀はその固い皮膚に弾かれた。
「っと、流石に固いなぁ」
即座に離脱すると、ほぼ同時に引き戻された棍棒の先端が俺の前髪を掠って元居た場所を通り過ぎていった。
どうやら柔軟かつ金属のような固い皮膚の下に分厚い筋肉と、二重の鎧を施してあるせいで簡単にはその中まで刃を届かせることが出来ないようだ。
「それなら、同じところを繰り返し狙えばいい」
だがその体は僅かながらも、確かに先ほどの一撃で切れていた。
うっすらと、その表面に刻まれた一直線の傷をなぞるように血が浮かんでいる。
「ウォォオオォオオオオッ!!」
それがまたもやプライドに触ったのか、たったそれだけの傷で再び目の前のサイクロプスは再度俺を追いかけてきていた時と同様の暴走状態へと突入する。
全身に浮かび上がる黒の紋様が奴の興奮に合わせてより繊細になり、ミミズがのたくったように暴れまわる。
そして始まる、再度の暴威。
河を背にした俺を追い詰めながら、その剛腕が勢いよく振り下ろされる。
「ふっ!」
こちらはその一撃を、余裕を持って三歩左にズレることで避ける。
地面を抉った打撃は衝撃でそこに存在した土を散弾のように吹き飛ばし、大地を揺らす。
確かにすさまじい一撃だが、それによって心臓の前がまたがら空きだ。
すぐさまそちらへ向けて、再度右腕を引き絞る。
今度はそれに対して奴の残った右腕を盾にしてくるが、こちらはそれを回避するために大地に屈みこんだ。そして、その下を潜り抜けるようにして斜め上前方へと立ち上がると同時に構えていた腕を解き放った。
「ガアァァアアアァァッ!!」
再度、同じ場所を抉る刺突がサイクロプスを襲う。
またもや剣ははじかれたが、今度はその傷跡からはうっすらと滲むどころか数滴ずつ赤い液体が垂れ始めている。
確実に、そして着実にこちらの剣撃が奴の体を傷つけている証拠だ。
「よーしよし……。悪くない、悪くない」
再び引き戻された奴の右腕から、再度こちらへ爆発的な一撃が襲い掛かる。
だがそれは、二度も自慢の肉体を傷付けられたという事もあってか、前の攻撃と比べると威力は増したがいくらか乱雑なものになっていた。
振るわれた薙ぎ払いは俺を捉えるどころか、近くの木を一本圧し折っただけに終わった。
その隙を狙い打つように、俺はもう一度胸に出来た傷目掛けて剣を振るう。
しかしそれを察知したのか、ここへきてサイクロプスはこれまでに見せてこなかった回避の動作を取った。
上半身を引き、同時に後ろへと跳ねることでこちらの圏外へと逃げてみせたのだ。
「ふん、ここへ来てようやくこっちを敵と見做したのか?」
これまでは単なる獲物として見ていたが故に、その反撃には苛立ちを募らせるだけだった。ちょこまかと動かれようとも、大した問題にはならないと。
しかしそれが二撃、そして三撃と重なろうとしたことでようやくこちらが戦いに値する敵だと理解したようだ。
体制を整え直し、奴は改めてこちらをしっかりと見据える。
ただ哀れな得物なのではなく、注意を払うべき相手として。
探索者として、そして本来の俺としてはそれは有難くないことだ。ただでさえ肉体のスペックが高いのに、本気を出されては面倒になるだけだ。
……だというのに、これからの戦いが楽しみになっている自分も、どこかにいるような気がしてならない。
――そうだ、戦え。戦わねば先はない。
この声が後押しするように、俺は安全策からわざわざ危険な対面決闘へ持ち込もうとしている。せっかく奴が距離を取ったんだ。ここからまた、川沿いに逃走を再開すればいい。
しかし今の俺には、そこまで考える余裕はなかった。
ただ目の前の敵と戦い、勝利したい。相手を切り捨てて、生き残る。
そんな思考が、刀を握っている内に俺の思考を汚染/正していく。
「はははっ、どうだサイクロプス! つい先ほどまで追いかけてきた獲物に反撃された気分は! えぇ!」
そう叫ぶと共に、奴は改めてこちらに目線を据え――吠える。
「ウ……オオオオオオオォォォッ!!」
こちらの鼓膜が破れるかと思ったほどの、大気を破壊する大咆哮が放たれる。
ただ怒りに任せて周囲の全てを破壊しようとしていた時とは違い、明確にこちらに目標を絞って放たれた殺戮の宣言。
それを受けて、俺は……笑っていた。
奴の剛皮を切り裂いたときの感触と、生死を駆けたこの真剣勝負のスリルが俺の内に秘められた闘争本能を刺激して心身共に闘気を高ぶらせていく。
体中の筋肉が急激に引き締まっていくのが分かる。
切っ先に触れた水一滴の重みさえ理解できるほど、刀と俺の右腕が同調していく。
「さあ――死合おうか」
奴に宣言するように。自分に言い聞かせるように。
俺はその言葉を口にするとともに、奴の下へと駆けだした。
まずは試しとばかりに、これまでと同じく奴の心臓を狙っての一撃を繰り出す。移動速度に加え、今度は腰から腕まで上半身の全てを使った溜めから放たれる一撃。
未だ傷の残る胸部に当てたなら、まず心臓まで届くと思われた。
しかし奴もまたその威力を感じたらしく、今度は棍棒で体を隠すように防御の構えを取った。
先ほどのように棍棒をかいくぐるのも、既に姿勢を固定した今の時点では難しい。加えて、金属でできたと思われる棍棒を貫くのは流石に難しい。
ならばとばかりに、俺は切っ先の向かう方向をわずかに修正する。
「グォオオォ!?」
その金棒を握る右腕の中指を、頂く。
こちらに見せていた第二関節と第三関節の間に、俺は全力の突きを打ち立てた。
その鋭さはこれまでとは違い、中指を皮膚どころか骨ごと貫通して斬り飛ばしてみせた。
これまでに感じたことがないであろう身体の一部位の欠損に、サイクロプスの悲嘆の声が響く。
俺はそれに構わず、続けて様々な方向から奴の周囲へ斬りかかっていく。
上下左右、そして前後。
部位欠損に怯んだサイクロプスの体を包み込むように、その周囲を駆けまわって至る所から斬撃を食らわせていく。
今の俺は既にサイクロプスの皮膚の感触にも慣れたのか、その固さ如何に関わらずその全身に切り傷を負わせていくことが出来ている。
だが奴の方も徐々に痛みに慣れてきたようで、やがて先ほどの暴威を思い起こさせるような速度で棍棒をこちらへ向けて振るい始めた。
「――ああ、楽しいなぁサイクロプス!」
もっともっと、殺し合おう。
俺の気分の高揚に当てられたのか、サイクロプスも徐々にその動きを加速していく。
俺が剣を振るったなら、肉厚の左腕でそれをガードするとともに棍棒による薙ぎ払いを繰り出してくる。俺はその打撃を表面に左手や両足を触れさせることで受け流し、再度また刀による攻撃を仕掛けていく。
「おおおおおおぉぉぉぉっ!」
「ガァアアアァァアアアッ!」
周囲に佇む雄大な自然を無視して、俺たちはただひたすらに互いを傷付けていく。
相手に切り傷が増えていくのと同時に、こちらにもやがて受け流しきれなくなったダメージが肉体に蓄積していく。
しかし、それらによる痛みや疲労などを感じる暇もなく、俺たちはその身に宿した狂気紛いの興奮によって戦いを加速させる。
そうしている内に、やがて俺と同じように闘いを楽しんでいたサイクロプスの雰囲気に変化が訪れる。
全身を覆っていた黒い紋様が変化し、その全身を包むように面積を増やしていく。まるで鎧のように、その黒いナニカはやがてサイクロプスの全身を真っ黒に染め上げてしまった。同時に、奴の動きが停止する。
……何かがおかしい。
いくら何でもこんな変化を起こすとなれば、離れる前にリンが何かしら忠告していったはずだ。しかし俺はこんな現象について何もリンから説明を受けてはいない。
一体何が、奴の身に起こっているのか。
あまりに不気味なその光景に、俺は一度奴から距離を取る。
サイクロプスを包んだその黒は、よく見ればその全身に付けたはずのこれまでの切り傷からの流血を止めていた。まさか、ここへきてのダメージ全回復という使用なのだろうか。
そして更にその黒い皮膚の上から、改めて先ほどと似たような印象の紋様が奴の全身に絡みついていく。今度のものは毒々しい紫をしており、しかも若干発光している。
……まさか、あれはこれまで実際に見たことはないが、存在を示唆されてきた『魔法』ではなかろうか。奴の全身を覆っていたあの黒い奴が魔力みたいなもので、それがある程度の条件を満たすと今度は紫色のモノに変化するといった魔法に組み込まれていた――とか。
「まあ、実際はどうなのか知らないけどさ。もし本当だとしたら、俺は最悪の状況でこの世界初の魔法のお披露目を受けちゃったってことになるなぁ……」
これまで地道に付けてきたその傷一つ一つがふさがった挙句、その全身を覆う黒いものは見るからにその皮膚の硬度を高めているに違いない。
そして、最後に奴の全身に極太の血管がびっしりと浮かび上がり――脈動を始めると共に、奴は再起動を果たした。
「オ……オおオオオおおオ応応ォぉォォアアああ嗚呼アアァァァァッ!!」
その咆哮は、これまでの中で一番の力強さを誇っていた。その強さに世界そのものが振動しているんじゃないかという錯覚に襲われ、そればかりか、有り余ったエネルギーは衝撃波として正面に立っていた俺の体を吹き飛ばした。遠くとはいかないが、それなりの距離を飛ばされた俺の体は、近くにあった木の幹にぶつかってようやく静止する。
あまりに大きな叫びに頭の中を搔き回されたような感触を覚えながら、俺は奴の強化らしきものが外見だけでなく中の肺にまで及んでいるであろうことを察した。
そして距離が離れた俺を追撃するように――またもや、大地が揺れる。
突然の爆発音とともに、サイクロプスの巨体が一瞬で俺の前へと迫りくる。
「ふぁっ!?」
これまでと比べて明らかに早いその動きに、俺は咄嗟に身を縮めることしかできなかった。
同時に振るわれた奴の棍棒が、俺の背後に立っていた樹木どころか、周囲の木も二三本纏めて叩き折った。
……これはまた、急激に力を上昇させたものだ。
突然の膂力強化には驚かされたが、はてさてここからどうしたものか。
俺はしゃがみこんでいた樹木の根本から跳び、奴から更に距離を取る。それと同時に、俺がいた木の根本は振り下ろされた金棒によって完膚なきまでに砕かれてしまった。
俺は再度刀を握り直しつつ、奴への対策を考える。
赤く充血した眼がこちらを捉え、再度脅威の速度で突撃してくるサイクロプス。
その攻撃から離れるように川沿いを下っていきながら、俺は振るわれた金棒による向こうからの木々や石の礫を回避する。もはや俺の理解を超えた膂力によって飛来してくる物体は、砲弾に等しい威力を発揮している。出鱈目に打ち出されるその弾幕の中を潜り抜けて再びこの刃を奴の身に届かせるのは、これまた苦労しそうだ。
「……少なくとも、こちらからも何かを投げて攻撃したところで、意味はなさそうだし」
通常の状態でさえ、投擲はロクな効果がなかったのだ。
やはりアレを相手どるには、直接斬りかかるしか方法はない。このまま逃げたところで、奴の体力がいつまで続くかはわからないが……こちらとしては既に限界に近いのだ。
先ほどまでの興奮状態が一旦収まったことにより、とてつもない疲労感が体に戻ってきている。
攻撃できる好機は恐らく一度切り。その一回に全精力を費やし、決めきれなければもはやこちらの負けだ。
俺は刀を鞘へ戻し、とにかく奴の動きを一度止める方法について思考を巡らせる。
周囲に転がっている自然物では、到底奴の動きを止めることなどできそうもない。
現に、今俺の後ろを追いかけてくるサイクロプスのそのまた後ろには、何も残っていないのだから。彼がただ力任せに突き進んだ結果が、何も残されていない道として刻まれている。
――ならば、もはや己の身で特攻するべきだろう?
「んな訳ないだろ……」
あの嵐の中を駆け抜けて奴の下にたどり着くには、それこそ体を幾らか犠牲にしなければ無理だ。
――逆に考えてみろ。体をほんの少し犠牲に捧げるだけで、奴を殺す好機が生まれるのだぞ。何の問題があるというのだ。
……そうなのだろうか。
「――そうだ。俺の目標は生き残る事。この状況を覆す事。それなら、多少の代償くらいはあってしかるべき……か」
俺は改めて刀を抜き、一気に方向を急転換して奴の下へと潜り込む。
まず絶対に攻撃を受けてはいけないのは、両足と右腕、そして頭。これらのいずれかがかけた時点で、奴に通じるだけの攻撃が生み出せなくなってしまう。
――逆に言えば、それ以外の部位なら最悪千切れなければ問題はない。
次々と襲い掛かる土くれや木々の破片を避け、時には刀の腹で払いのける。本当にどうしようもない攻撃だけは左腕を盾代わりにして殴り飛ばし、打ち払う。そうして俺は、この暴力の嵐の中を潜り抜けていく。
全身が黒く染まるまでは理性がみられる力だったのに対し、今ではその姿は影も残っていない。どうやらこの黒くなる力は、効果を発揮すると同時に対象の理性を奪ってしまうらしい。何の秩序もない、力だけの攻撃は一見激しいように見えて意外と潜り抜ける要素がまだ残されていた。
そうして俺は奴の下へとたどり着く。しかしその巨大な眼はどこか虚ろで、俺を捉えているのか捉えていないのか分からない。ただ、前だけを見つめている。
今にもその首に、渾身の一撃を打ち込もうとしている俺の姿に対策を取ろうともしない。
ただ周囲を破壊するだけの、暴虐の化身。
その命を終わらせるために、俺は再び右腕に力を溜め始める。左腕を見れば、受け流す対象があまりにも強すぎたのか。幾らか肉が抉れ、また残っている部分も大半が内出血を起こしている。だが、生き残るための代償とすれば安いものだ。
「――それじゃあさよならだ、サイクロプス。ぶっちゃけかなりキツイどころか何回も死ぬかと思ったけれど……」
奴の振るう剛腕を、時にはそれすら足場にして回避していく。その中で、俺は右腕を上半身ごと左側へ、限界まで捻じり寄せる。逆に引き寄せ過ぎて筋肉が断裂する、その一歩手前まで。
「……楽しかったぜ」
そして、右腕に溜め込まれたエネルギーがその言葉と共に――爆発する。
あまりに巨大な音が俺の腕から放たれた故に、流石に理性の飛んでいた奴もこちらを向かざるを得ない。しかしそこからこの一撃への対策を取るには――あまりに遅すぎる。
振るわれた刃が、その中に秘められた強大なエネルギーとは裏腹に滑らかにサイクロプスの首へと沈み込んでいく。
その首を左から右へと、上半身から割くように。こちらの刃が、奴の首を落としていく。
――だが。
ガキッ、とその刃が突然止められた。止められて、しまった。
「嘘、だろ……」
最後に残された、薄皮一枚。
そこに他の部位から集中した紫のラインが束を成し、こちらの斬撃を最後の最後に止めてしまったのだ。
それはつまり、奴の目の前で武器を首の筋肉に絡め取られて、その目の前で無様な隙を晒すという事で。
「――グるゥオゥアオオアおオゥ……『******』ッ!」
聞き取れない何らかの言葉と共に。
サイクロプスの瞳に収束した新たな魔力から、極大の紫炎が襲いかかった。
「なっ――!?」
――魔法、だと?
咄嗟に刀から手を放し、体を無理矢理駆動させて転がることで回避する。
地面を転がりながら、無茶な動きのせいで両足がイッた嫌な音が耳に届く。だが、今の俺の頭はそれどころではなかった。
まさかここまでひたすら肉弾戦で挑んできたサイクロプスが、まさか魔法攻撃を行ってくるなんて思ってもみなかった。
確かに、魔法を使う魔物の事は以前ガラナと話していた時に聞いたことがある。
それでも彼女が話していた具体例はリッチーなどのような俺の知識にもあるような連中ばかりだった。こんな筋骨隆々の肉弾戦がメインの奴が魔法を使ってくるなんて、想像もしなかった。
俺は心の中で舌打ちしながら、現状を把握しようと自身の泥にまみれた体を見下ろした。
下半身は体を支えるのもやっとで、疲労に加えて骨が両方とも折れている。
そして先ほどの炎を避けきれず、もろに食らった右腕は……見事に紫炎に焼かれたらしく全体が黒く炭のようになっていた。かろうじて形は残っているが、感覚がない。火傷に苛む必要がない分、一周回って有難いとすら思ってしまう。
もちろん、動かそうとしても一ミリも動かない。中の神経まで焼き切れているようだ。
……先ほどまでこちらが有利だったのに、一瞬で全てが無に帰してしまった。
俺は利き腕どころか四肢がイカれて使えないのに対して、相手は新たな手段である紫炎の魔法を解禁した。
魔法使いへの対処は『魔法を使う前にその詠唱を潰す』と教わったが、こんな体ではもはやどうしようもない。
今度はまさに、こちらが絶体絶命のピンチに追い込まれたと言う訳だ。
『――――――――――――《******》!』
そんな俺の体に追い打ちをかけるように、奴の眼に新たな魔力の集中が見て取れた。
そこから放たれたのは、目に見えない複数の刃。触れた瞬間にわずかに髪が揺れたことから、おそらくその正体は風の刃。
大量に放出されるその刃の嵐が、動くことの出来ない俺の全身を切り刻んでいく。
残っていた肉は切れ、そこから血がドクドクと流れ出していく。
「……ここまで、か」
先ほどまで聞こえていた、逃走を促す声ももはや聞こえない。俺自身が勝ち目がない、と判断してしまったからだろうか。
……このまま生を諦めるしか、無いのかな。
遠からず俺は失血死するに違いないし、そうでなくとも目の前にゆっくりと歩いてくるサイクロプスの棍棒によって潰されるだろう。
血が流れていくにつれ、徐々に俺の視界は霞み、身体から力が抜けていく。
……せめてこの右腕だけでも動かせたなら。他の部位が壊れていたとしても、最後に一矢報いてやれるのに。
それも焼け焦げ、恐らく魔法の薬などを使っても直らないだろう。この世界特有の万能薬とかだったら可能性はあるだろうが、そんなものに払えるほどの金もない。
「――――――――――――――《***》!」
奴が新たな呪文を唱え終わると共に、その手に構えられた金棒に白い光が宿る。
その棍棒が振りかぶられ、俺に当たるその直前で――。
――リューヤ、頼むから、無事でいて。
そんな、リンの幻が俺を呼び戻した。
急激に思考が、再活性していく。視界がスローモーションになり、その思考だけが加速していく。失われた闘志が、生き残るという意思が再構築されていく。
そうだ。俺は彼女と約束をしたではないか。彼女が帰ってくるまで、生きていると。
たったそれだけの、現実でもないその声だけで。
体を動かそうと、もがく。奴に抵抗しようと、心が叫ぶ。
そして、最後に俺は、奴の攻撃を――。
――で、記念すべき私の初戦の相手はサイクロプスと言う訳か。ま、お前は良くやったよ。後は私に任せておけ。
「――さあ、戦おうか」
振るわれた棍棒を、受け止める様を幻視して。
俺の意識は、闇に落ちた。




