幸せはあなたと一緒に
いよいよ完結です。
全てが終わり、トレスは何を思うのか。そして、空は……。
メイルとの死闘から二週間が過ぎて、オバジーンにも穏やかな日常が戻ってきた。
軽傷だった空は、早速厨房で忙しく働いてマーサ達を呆れさせた。
重傷だったノーサとフローラも、順調に快方へ向かっている。
そしてトレスはというと、病室でケルカスから告げられる今回の処罰について、神妙な面持ちで聞いていた。
「トータム・メイルの野望を阻止し、命を懸けて我が国を守った功績は認める。だが、女王陛下の命令を無視して勝手な行動を取ったのは重罪だ。よって、三週間の謹慎と近衛隊の任を解くことに決まった」
意外そうな顔で見つめているトレスに、怪訝そうに訊く。
「なんだ、文句があるのか」
「いえ。階級を取り消される覚悟でしたから」
「お前には陛下のためにもっと働いてもらわないと困る。謹慎という名の養生を有り難く思え」
ケルカスは、骨折しているトレスの左腕をわざと叩くと笑いながら部屋を出ていった。
激痛に耐えて顔をしかめていると、控え目なノックに入るよう返事をする。
「具合はどうですか?」
「陛下!!」
マリーナの登場に、トレスは息を飲んだ。
命令違反に告白と顔向けできない件が多過ぎて、俯いてしまった彼に一冊の古びた本を差し出した。
「これは?」
「例の史記です。ここに『奇跡の石』やトーテム家とティエラ家の繋がりが書かれています。読みますか?」
気が進まないなら、と持っていこうとするマリーナを呼び止める。
「読みます。私には真実を知る義務がありますから」
静かに頷いたマリーナが部屋を出ると、トレスはおもむろに本を開いた。
史記によると、術に精通していたトータム一族と武術に長けているティエラ家は、『奇跡の石』で繋がっていた。
そもそも、この石自体に能力は備わっていない。術を吸収する性質を活かして、メイルが言うようにトータム一族が長い歳月を経て育ててきたものだ。
雨乞いや飢きんなどを鎮める儀式で用いるだけだったが、術の進化と共に石は強大な力を持つ危険な存在となっていく。
石が進化するように、人間の欲望も尽きなかった。やがて、トータム一族の心まで歪めてしまう結果となる。
彼等の脅威を打破せんと、白羽の矢が立ったのがティエラ家だ。オバジーンのかつての王族達は、『奇跡の石』をトータムから奪うと彼等を辺境の地へと追いやり、ティエラ家に石を護る『番人』としての宿命を負わせた。
しかし、一族も酷い仕打ちを受けて黙ってはいない。石を取り戻して彼等への復讐を虎視眈々と窺い、ついにその時がやってきたのだ。
術師として最も優れた能力を持つメイルの父親の不穏な動きを知ると、トレスの父ライラックが夫妻を惨殺するに至った。
裏表紙を閉じて、トレスは大きく息を吐いた。
この史記を全て読み終わるのにかかった時間は四日。膨大なものである。
途中に幾つか新しい記述があったのは、恐らくライラックが書き加えた物に違いない。右上がりの書体に見覚えがある。
後代に真実を残そうとしたのか、それとも自身の行いを庇護するために書き記したのか、今となっては知る由もない。
何故、メイルがあれほど自分を憎悪していたのか。両親を惨殺した罪は許されるものではないが、同じ境遇にあったメイルを思えば胸が痛い。
迫害された一族の怨念を一身に背負って、生き抜いてきた人生はいかほどの苦しみか。
『陰』と『陽』
あるいは双方とも『陰』だったのかも知れない。
人間の欲望が、幼い二人の子どもから両親を奪ったという事実だけが虚しくトレスの心をよぎる。
『奇跡の石』が砕けた時点で、ティエラ家の宿命も消え失せた。
自由の身となった彼が一番にすべきこと。
それは……。
休日のある日、空が私室で寛いでいるとノックする音がした。ドアを開けるとトレスが立っていたので思わず声が弾む。
「怪我、大丈夫なの?」
「ああ」
よかった、と安堵する空に彼はこう言った。
「二ケツするぞ」
「ニケツ?」
最初は意味がわからなかったが、二人乗りだと気付いて失笑する。
「懐かしいね」
トレスも小さく笑って空の手を握ると城下へ向かった。
二人を乗せた馬は、リズミカルに歩を進めていく。街を通り抜けて、やがて見覚えのある丘へ辿り着いた。
「ここって……」
「覚えていたか」
忘れる筈がない。この丘は初めてオバジーンの世界へ降り立った記念すべき場所なのだ。
青々と茂った草むら、色とりどりの花々、爽やかな風……。
当時のままの風景に興奮を抑えきれず、空は馬から降りた。トレスも軽やかに下馬して空の様子を眺めている。
歓声を上げて走り回る彼女を呼び戻すと、小走りでやってきた。
「なに?」
呼んだくせになかなか口を開かないトレスを怪訝そうに見つめた。
「なによ」
じれったくなりつい怒った口調になってしまう。
「空」
「うん?」
やっと口を開いたかと思えば、また躊躇っているのか仏頂面で立っているトレスを覗きこむ。
「らしくないよ。言いたいことがあるならはっきり言って」
この台詞で決心したのか、軽く息を吐くとトレスの眼差しが真剣だ。
「俺が好きか?」
「えっ?」
突然の質問に空は目を丸くする。
-な、なに? この展開!?
「どうなんだ?」
と、催促されてぎこちなく頷いた。
「陛下の命令違反で近衛隊を除隊した。おまけに半年の減俸だ」
「う、うん……」
その処罰なら知って胸を痛めた。トレスが重罪を犯してまで助けに来てくれたことは、感謝してもし尽くしきれない。
「新たな任務はほとんど城へ戻れないらしい」
「うん」
何が言いたいのか主旨が掴めないまま、彼の言葉は続く。
「それでもいいのか?」
-いいのかって、なによ!!
自分の都合で話を進めていく彼に、どうも釈然としない空が逆に訊き返した。
「トレスは私をどう思っているの?」
「はっ?」
今度はトレスが目を丸くする。
「二回も告白したのに無視しちゃって、今頃好きかって聞かれても困るよ」
そっぽを向いて空が抗議すると、痛いところを突かれたとトレスが頭をかいた。
「分かった。ちゃんと答える」
空の両肩を掴んで自分の方を向かせると、腰を屈めて目線を合わせた。
藍色の瞳が優しくなり、少年の顔と変わった彼にときめく。前からこの瞳に弱かった。
「愛している」
ストレートな台詞に空の頭は真っ白になる。
「ず、ずるいよ!! いつもそうやって……、んんっ」
空の言葉は最後まで続かなかった。何故なら、トレスが唇を重ねてきたからである。
人生初めてのキスに身を固くしたが、次第に身も心も彼に委ねていった。
長く優しい口づけから、唇を離したトレスが真面目な顔で再び訊く。
「どうなんだ」
「好きです」
「好き? 俺は愛していると言ったぞ」
だから同じ台詞を言えとあの瞳が訴えているので、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「私もトレスを愛してる!!」
「ちゃんと言えたじゃないか」
少し強引な告白だったが、無邪気に笑うトレスを見れただけでも良しとしようと空は天を仰いだ。
雲一つない自分と同じ名前の青い空を……
拙い文章を読んで頂き有り難うございました。最後まで無事書けたのは皆さんのお陰です!!
機会があれば、空とトレスのその後を書きたいと思ってます。
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