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その3

 ノーサとフローラが来てくれたなら、こんなに心強いことはない。

 背後から斬りつけるノーサの攻撃を、メイルが真横に飛んで回避した。額から手が外れたトレスがノーサの横へ並ぶ。

「気をつけろ。こいつは術を使う」

「そうらしいな」

 剣術のみのトレス達と、術を駆使するメイルとは分が悪い。

「絶えず攻撃して隙を与えない方法しかないな」

 二人は頷き合って同時に攻撃を仕掛けた。

 勢いをつけて踏みこんだノーサの剣をメイルが凌いだ瞬間、トレスの剣先が心臓目掛けて伸びていく。

 半身で避けたメイルの胴を惜しくもかすっていくが、間髪入れずトレスの回し蹴りがメイルの首に炸裂した。 地面に叩きつけられたメイルが起き上がると、口にたまった血の塊を吐き出した。

「血は争えないな。ティエラ家はそうやって力で、我が一族を常に抑えてきた」

「お前は何者なんだ!!」

「『奇跡の石』に命を吹きこんだのは我々トータム家で、お前達はそれを守る『番人』だった」

 

 -『奇跡の石』?『番人』? なんのことだ!?


 構えたままノーサは二人の会話に耳を傾ける。


「術師として偉大だった父を妬み、恐れて殺したのがお前の父親だ」

「黙れ!!」

 父ライラックも偉大だった。

 最高位の地位に奢らず、鍛錬を惜しまない剣士の鑑だった。険しい表情の裏に隠された優しさも知っていた。その父が他人を妬み人の命を奪うとは到底考えられない。

「戯言を!!」

 怒りに満ちた目で睨むと、感情のままメイルへ突き進む。

「待て!! 早まるな!!」

 メイルの掌から放たれた光の球体がトレスを襲った。爆煙が彼を包んだが、無傷の自分に驚く。

「ノーサ!!」

 崩れ落ちる親友の背中に叫んだ。

「ノーサ!! しっかりしろ!!」

「だ、大丈……夫だ」

 トレスを庇ってメイルの一撃を正面から受けたノーサは、息も絶え絶えである。

 駆け寄ろうとするフローラを、震える手でノーサが制した。

「ソ……ラから離……れるな」

 トレスが抱き起こすと、ノーサの口から溢れる大量の血が地面を赤く染める。

 迂闊だったとトレスは悔やんだ。感情に任せて自分を見失い、親友を危機に晒した己の浅はかさに唇を噛んだ。

「お前を殺そうと思えばいつでも殺せた。何故そうしないと思う?」

 今度はメイルの掌がフローラ達に向けられた。

「きゃあ!!」 

 光の球体の直撃に両手でガードするも、フローラの体が木の葉のように吹っ飛ぶ。空はフローラが盾になったお陰でかすり傷で済んだが、その彼女は動かない。

「貴様、よくも……!!」

 皮肉にも激昂がトレスを突き動かし、痛みの神経をも麻痺させた。

 次々と繰り出される球体を剣で受け流して、メイルへの間合いを確実に詰めていく。


 -耐えろ!! 耐えて機会を待つんだ!!


 近付くにつれて威力が増す光に、トレスの頬を裂き一筋の血が流れた。それでも足を止めずひたすら防戦する。

 必死に立ち向かう様子に、薄笑いを浮かべて更に大きなものを彼に放つと、踏み止まれず湖の傍まで飛ばされた。

 立ち上がろうとしたところへ側頭部を蹴られて、また草むらへ仰向けに倒れた。

 かすむ視界に、メイルの勝ち誇った顔が映る。

「無様だな、ティエラ・トレス」

 息も荒く身を起そうにも余力がなかった。

「お前にまた、石と共にこの泉に身を投げてもらう」

 メイルの言葉に、トレスの瞳が大きく見開く。

「『番人』のお前を生贄にして両親をこの世に召喚する」

「馬鹿な!! 石にそんな力とは聞いていない!!」

「異民族と戯れて意思が図れるなど本気で思っていたのか」

 メイルの話が本当なら、『奇跡の石』として甦らせて力を与えたのはトータム一族なのだ。今日まで全ての真実を知らなかったトレスは言葉に詰まった。

「見ろ。『時の泉』がお前を待っている」

 メイルの口から呪文がこぼれると泉に異変が起きた。先程まで神秘的な光を宿していた水面が、波立ち黒く渦を巻き始める。

「死者を召喚してどうするつもりだ!?」

 既に泉が、藍色の髪を濡らしていた。

「そうだな。父と二人でこの世界を征服するのも悪くない。手始めにオバジーンを滅ぼすというのはどうだ?」

 目は充血して口の端は吊り上がった形相は、以前の面影はもはやない。

 泉へ落とそうとするメイルに必死に抵抗するトレス。二人は互いの額を押し合い膠着状態となった。

 やがて、背中が濡れる感触にトレスは焦る。


 -これまでか……。

 

 諦めかけた次の瞬間、メイルの動きが止まった。背中には剣が刺さっている。

 驚愕の表情でゆっくりと後ろを振り向くメイル越しに、トレスが見たのは空だった。

「小娘……!!」

 刺さった背中の剣を自ら抜くと、肩で息をしている空に歩いていく。

 無我夢中だった。

 トレスを助けたい一心で、近くに落ちていたフローラの剣を握り締めてメイルの背中へと突進していく。


 -私の大好きな人をこれ以上傷つけないで!!


 皮膚を裂き肉を抉って突き刺さる感触に、空は思わず目を堅く瞑った。

 トレスに気を取られていたメイルは、空の不意打ちが許せず血が滴り落ちる剣を握り直す。

「小娘ー!!」

 鋭い剣先が空の胸を突かんと迫まるなか、最後の力を振りしぼってトレスは空の前に立ちはだかった。

 

 メイルの剣が、トレスの胸を捉える瞬間をスローモーションで空の瞳に映った。


 トレスの死……。

 

 その光景に、口を手で押さえて小刻みに体が震える。

「トレスー!!」

 やっと呼べた名も、虚しく風と共に散っていった。

 出逢った頃から好きだったかも知れない。

 一緒に居過ぎて、気持ちがすれ違い何度も喧嘩して互いを思いやって、この世界でまた二人の時間を築いていこうと決めたのに……。

 涙が溢れて止まらない。

「泣くな、空」

「!?」

 死んだと思っていたトレスはしっかりと大地を踏みしめて、メイルの剣を真っ向から受け止めていた。

「貴様、何故!?」

 トレスの胸から発する眩い光が、剣を伝わりメイルの全身を覆う。

 更に、彼の剣がメイルの体を貫いた。

「これが『奇跡の石』が与えた答えだ」

 耳元で囁いた彼の声が、『時の泉』に沈んでいく黒髪の術師に届いたかは分からない。

 そして、これで全てが終わったと思いたい。


 泉がまた神秘的な水面へ戻ったのを見届けて、トレスは大きく息を吐いた。

「トレス、生きてるの!?」

 顔が涙でぐしょぐしょの空が、彼の袖を引っ張っている。

「ああ。これのお陰だ」

 首から取り出したペンダントに、空が声を上げた。

「『奇跡の石』!?」

 トレスの命を救ったのはこれだった。メイルの剣先は、奇跡的にこの小さな石を捉えて彼の心臓までは到達しなかったのだ。

 その代償なのか、彼の掌で割れて砕け散るさまを二人は切なく見つめていた。

「ほんとに『奇跡の石』だったね」

 感慨深く空が呟くと、トレスも頷く。

 やがて、複数の蹄の音がして近衛隊長のケルカスが現れた。

「トレス、大丈夫か!?」

「俺よりノーサとフローラをお願いします」

 駆けつけた医師団によって、ノーサ達は応急処置を受けた。重傷だが幸い命に別状はないと診断されて、トレスと空は心から安堵する。

「トータム・メイルはどうした」

 ケルカスの問いにトレスは泉に視線を落とすと、肩を数回叩いて部下達に指示を与え始めた。

「そういえば、腕大丈夫?」

 空が心配そうに骨折していた左腕を突くと、激痛にたまらずトレスが怒鳴る。

「痛っ!! なにするんだ!!」

「ご、ごめん!! てっきり治ったかと思って……」

「全治三週間は必要なんだぞ」

「だからごめんってば!!」

 メイルとの死闘が嘘のように賑やかな二人を横目に、ケルカスは溜息をついた。

 城に帰れば、女王の命令違反という重罪を犯している立場を嫌でも認識するに違いない。それまでは、若い二人の好きにさせようと踵を返した。

 

 

 

 



 

 

 

慌ただしい結末となりましたが、次回で取り敢えず完結しようと思っています。ご意見、ご感想をお待ちしています。

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