その2
庭園から戻った空は、侍女達に装飾品を売りに来ていた町娘のプレタと出会った。
「プレタ!!」
「お久し振り、というか全然会いに来てくれないんだもん」
「ごめん。何かと忙しくて」
本当に何かと忙しかった。オバジーンへ来て最初に友達になった少女との再会に、メイルへの恐怖も和らいでいく。
「どう? 慣れた?」
「うん。皆いい人ばかりだよ」
「ならいいんだけど。あ、これ」
と手元に置いてある鞄から取り出したのは平たい木の箱だった。
「遅くなったけど就職祝いよ」
開けるよう促されて蓋を開けると中にはナイフが数本並んで入っている。
「見習いが終われば自分専用のナイフもいるでしょう?」
厨房で働く者は誰もが自身のナイフを持っている。用途によって使い分けるのでその種類は多く値も張るので今の空には高根の花なので非情に嬉しい贈り物となった。
「ありがとう!!」
「空が立派な料理人になりますように」
そう言って一本のナイフにキスをしたのを興味津々で空が見ていたのにプレタが気付く。
「これ? オバジーンでは願いを込めて贈り物にキスするのよ」
「へえ。そうなんだ」
-じゃあ、あの時もトレスは……。
願いを込めてトレスが口づけをしたペンダントは空の胸でほのかに光っていた。
無断で病室を抜け出したことが看護師の耳に入り、とうとうトレスは外出禁止となってしまった。
「あれほど言っておいたはずです。幾らトレス様が頑丈で無鉄砲でも私どもの言うことは聞いて頂けないと……」
良く良く聞けば失礼極まりない言いようだが、彼女等の任務を考慮すれば反省して説教を甘んじる。
「せめて見舞客の出入りは自由にさせてくれないか」
メイルが動き出した現在、より詳細な情報を得るために外部との接触を絶たれるのは好ましくない。
顎に手を当てて軽く唸った看護師は仕方ないと許可した。
「それで本当の理由はなんだ?」
早速、ノーサが訪れると開口一番の台詞にトレスが首を傾げた。
「無茶をしてまでソラちゃんに会いに行く理由だよ」
「確認したいことがあったんだ」
すると、ノーサは身を乗り出して至近距離でトレスの瞳を覗き込む。
絹糸のような細い銀髪、きめ細かい肌、涼しげな青い瞳と同性とは思えない整った顔が間近にあると直視できず目を反らした。
「俺に何か隠していないか」
「か、隠すって何を……」
「お前は嘘が下手だな。すぐ右頬が引きつる」
弱点を見抜かれて言葉に詰まったトレスにノーサは苦笑する。
「事情があるみたいだな。俺に手伝えることがあったら言ってくれ」
深く追及せず自分を信用してくれるノーサに空の護衛を頼んでみた。
「メイルの動きが怪しいのはお前も知っているだろう? 空は普通の娘だから心配なんだ」
「それならフローラが適任じゃないか。女同士だし腕も立つ」
その手があったかとトレスは頷く。
「でもまあ、恋敵を護衛させるのは酷かも知れないな」
ぼそっと呟いたノーサにトレスは怪訝な顔をした。
「恋敵?」
「いや、なんでもない。早速フローラに頼んでみるよ」
恋愛沙汰に疎いトレスに、二人の乙女心を説いたところで理解不能と話を畳んで椅子から立ち上がったのだった。
親友が部屋を出るとまた静寂が戻りベッドへ潜ったトレスが寝返りを打つと、口づけと共にペンダントに込めた願いを思い起こす。
『奇跡の石』よ。空を加護せしことを我は願う
それに応えるが如く光が微妙に変化したのをトレスのみが知っている。
病室を出たノーサは、早速フローラを探して空の護衛の件を話してみた。
「何故ソラを護衛するんだ?」
「どうやらトータム・メイルと関係があるらしい。トレスの頼みなんだが気が乗らないなら他を当たるよ」
「トレスの頼みなのか?」
ノーサが頷くとフローラは小さく息を吐いた。
「分かった。護衛は引き受けたとトレスに言っておいてくれ」
自分で提案しておいてなんだが、顔は笑ってはいるが声が沈んでいる彼女が少々気の毒に思えてくる。
「よろしく頼んだよ」
後ろ髪を引かれる思いでノーサが持ち場へ戻って行くのを見届けたフローラはまた溜息を吐く。
-断ればよかったかな……。
ソラは嫌いではないが彼女だけを心配するトレスに嫉妬する自分が嫌だったが、今は個人的な感情を持ち込んでいる場合ではない。
フローラも親善試合でグランブルーの剣士が、何故空に襲い掛かったのが気になっていたのだ。
確かにトレスの名を叫んだ空は目立ったが、無視すれば済むはずではなかったのか。なのに、あの剣士躊躇なく彼女に突進していった。
それについては最高位の剣士であるノーサが見落とすわけがない。
-ごちゃごちゃと考えるのは止めよう!! ソラは好きだし、トレスも私の腕を信用して任せてくれたんだ。その期待に応えるのが先決だ。
両手でパンと軽く頬を叩いて気合を入れると空が働いている厨房へと向かっていった。
今日もマリーナは考古室へと足を運んでいた。
何度か通ってみたものの大した収穫もなく途方に暮れつつ更に上の段にある書物を取ろうと手を伸ばした時だった。
バランスを崩して倒れる際に何冊かの書簡に指が引っ掛かり床に音を立てて散らばってしまった。
慌ててかき集めていると無造作に開かれた一冊の古びた史記に目が止まる。
-こんな物があったなんて知らなかったわ。
手に取って読むマリーナがあの単語を口にする。
「『奇跡の石』……?」
更に読み続ける彼女の瞳が大きく見開き口元が小刻みに震えて思わず史記を閉じて天を仰いだ。
そこには直系の王族でもあるマリーナすら知らなかったティエラ家の、トレスの『奇跡の石』の『番人』としての真実が記されてあった。
青冷めた顔で扉を閉めて頼りない足取りで私室へ帰っていくとそのままベッドへ倒れ込んだ。
『奇跡の石』を守りし者、これを『番人』と称する。ティエラ家に生まれし者はこれを守りて『番人』役目を果たすべし。これ、いかなる時も遂行し守れぬ時は己の命を持って償うべし。
先程呼んだ史記の件が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
考古室の物は門外不出で、女王であるマリーナも例外ではないその理由がこれで明らかになった。
恐らく先代の王もその先祖も知る者は稀有だったに違いないこの真実がマリーナに重くのしかかる。そして、トレスはどのような思いで『奇跡の石』とやらを守ってきたのかその心境は計り知れない。
両親を幼くして亡くし若き当主としてティエラ家を継いだその孤独感と重圧は、十四歳の頃に王位を継承したマリーナにはよく理解できる。
『奇跡の石』の記述で、異民族との意思の疎通が瞬時に出来る能力があるのは断片的に理解出来た。
史記はかなりの厚みがあるので読み進めれば次々と新事実が明らかになっていくだろう。その為にはマリーナ自身も覚悟しなければならない。想い人の宿命とこれから起こる嵐を受け止めるだけの覚悟を……。
-しっかりするのよ、マリーナ・エバンローズ。彼が好きなら全てを受け止めなきゃ。
こんな時、彼女ならどうするのだろうか。それより、この重大な事実を彼女は知っているのだろうか。
ふと、栗色の髪の少女が脳裏に浮かんだ。




