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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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その3

 約束の水曜日、予定通り休みとなったトレスは馬を駆って郊外にある森へ来ていた。

 公休なので最高位の剣士の証であるロングコートは着用せず、淡い青色のシャツに白いズボンとラフな格好である。

 向こうの世界での服装も気に入っていたが、全て置いてきてしまったのが悔やまれる。

 一軒のログハウス風の家に足を踏み入れると、そこには最近まで人が暮らしていた雰囲気が漂っている。

 トレスが近衛隊に入り城に生活の拠点を置くまでの十五年を、ここで過ごしてきたのだから懐かしく感じるのは当然だ。

 家の主モンソウとトレスの父親は古くからの友人で、剣士としてはよきライバルだった。その関係はトレスとノーサに似ている。

 当時五歳だったトレスは、斬殺された両親の傍らに立ち尽くしているところをモンソウに救い出されて、最高位の剣士になるまでに鍛えられたのだ。

 その養父は重要な任務があると告げて姿を消したのは、トレスが『時の泉』に飛び込む数日前の話になる。

 部屋には、洗って置いている食器、読みかけの書物など生活の匂いがそのまま残っていた。

 父親の親友ならティエラ家の役割について何か知っているのでは、と期待していたのだが肝心な養父がいないのなら仕方がない。

 椅子に腰を下ろして、本棚にあった書物を読み始めた。

 長い時間、何冊もの書物を読んでいたが手掛かりとなる記述は見当たらない。

 壁に掛けてある時計を見て、手に持っていた本を閉じた。そろそろここを出なければ、空との待ち合わせに間に合わなくなるからだ。

 腰を上げようとした瞬間だった。

 窓ガラスが割れる音の直後に、数人の男達が部屋の中へと躍り出る。

 飛び散るガラスの破片から、顔を庇った両腕の隙間で瞬時に状況を把握した。

 相手は四人、戦えない人数ではない。

 素早く剣を抜き、襲い掛かってくる男の胴を切り裂いた。


 

 本日の勤務は午前までとなっている空は、朝から上機嫌だ。


 -今日は、トレスとオバジーンの町へ行くんだ。この前、服が買えなかったのが痛かったな。


「おい、ソラ!! 凄いことになってるぞ!!」

「へっ?」

 嬉しさのあまり、超高速でホイップしたボウルの中身はクリームが溢れ出ている。

「す、すみません!!」

「い、いや大丈夫だけど人間業とは思えんよ」

 半ば呆れた口調のスレッダがボウルを受け取った。

「やけに上機嫌だな。嬉しいことでもあったのか?」

「えへへ。これから起きるんです」

「へえ。どんな?」

「実はトレスとデートです!!」

 とは言えず、市場で買い物に行くと誤魔化したがスレッダは信じたようだ。

「そうか。臨時収入も入ったしな」

  曖昧に頷いて勤務時間が終わると、足取り軽く部屋へ戻りクローゼットを開けたが結局、最初に着たクリーム色のワンピースしかなかった。



 モンソウの家で突如現れた男達と乱闘を繰り広げているトレスの狙いは、一番腕が立つ体格のいい剣士だ。 

 三人は斬殺して狙いの剣士と鍔迫り合いになったところを、自分の方へ捲き込み至近距離で裏拳を相手の顔面に食らわした。怯んだ隙に蹴り倒してすかさず馬乗りになる。

「何故、俺を襲う!?」

 なかなか口を割らない男の喉元を、締め上げる指に力をこめた。

「誰の差し金だ!?」

 窒息寸前ながらも唇を噛んで耐える男に、あの名前を出してみる。

「リバルバか!?」

 頑なに無表情を保っていた男の眉が一瞬動いたので、更に問い詰めようとトレスが男を引き寄せた。

 と、その瞬間背後から殺気を感じて振り向くと、トレスの耳を掠めていく音と共に男の呻き声がした。

 口封じなのか、飛んできた短剣は男の額に突き刺さり絶命してしまった。

 すぐさまその方向を見たが既に気配が消えて、残ったのはトレスの右頬をかすめて出来た一筋の痛みだけである。

 これでまた手掛かりが途絶えた。だが、この家を襲撃したということは、自分とモンソウの繋がりを知っている人物の仕業と確信を得る。



 バタバタと準備をして、約束の一時より五分早く空が市場へ到着した。

 昼食は空の奢りなので、出掛けにつまんだクッキー一枚で空腹を凌いでいる。

 辺りを見渡すとトレスの姿はなく、暫く待っていたが一向に来る気配がないので空も気が気ではなくなった。


 -まさか、また襲われて……。


 空が暴行され掛けてから『ふくちゃん』のアルバイトが終わる時間に、トレスが迎えに来るのが日課となっていたが、一日だけ遅くなった日があった。訳を聞くと、オバジーンからの追手に襲われたとのことだった。

 切り裂かれたシャツ、汚れたズボン、そして返り血を浴びた首筋……。

 トレスの様子に愕然としたあの夜を思い出すと、胸騒ぎがしてくる。

 思わず彼を探そうと城へ引き返そうとしたら、名前を呼ばれた。

「トレス!!」

「遅れて済まない」

 息を切らせたトレスが立っていたので空が安堵したのも束の間、彼の頬の傷に気付いてそっと指で触れた。

「つっ!!」

 鋭い痛みに顔が歪む。

「痛そう。大丈夫?」

「ああ。来る前に模擬戦をしていて遅くなった」

 咄嗟についた嘘を、空が疑わなかったのはオバジーンの世界観のせいだろう。

「まず手当てしよう? それからランチに行こうよ」

 薬局で傷薬を買い、リバテープを頬に貼ったトレスと空が並んで市場を歩いていく。

「あれ? コート着ていないんだね」

「今日は休みだからな」

 

 -こうしていると、まるでデートしているみたい。


 あの重々しいロングコートを着ていないせいか、軽装のトレスに気付く者はいない。

「ところで、何処で食べる?」

「厨房の人に教えてもらった所があるから、そこへ行こうよ」

「お前の奢りだぞ」

「分かってるって。初月給は、トレスにご馳走するって決めてたんだ」

 トレスがバイトをして貰った初月給で、空を『ふくちゃん』に呼んで夕食に招待したのを覚えていて、今度は空がそれをやりたかったのだ。

 随分前のことを、とトレスが呟くと空は笑顔で頷いた。

「なんか大人になった気分じゃない?」

「俺は大人だぞ」

「そうか……。トレスって成人なんだよね」

「空はまだだったな」

 トレスは二十二歳で空は十七歳だが、もうすぐ誕生日だとは言わなかった。

 やがて、目当ての店に着くと案内されたテーブルについて、早速料理を注文する。

「今日のお勧めは、何ですか?」

「白身魚のホイル焼きと野菜スープです」

「じゃあ、それを二つお願いします」

 食に関してはあまりこだわりがないく好き嫌いのないトレスは、メニュー選びも楽でいい。

 ウエイターが一礼してキッチンへ下がると、同業者の空がここの解説を始めた。

「自家製のパンが美味しんだって。味に飽きたら、スープを付けてもいいんだよ」

 空の説明に、頬杖をついたトレスが軽く相槌を打つ。

 

 -この感じ、久し振り!!


 こうしていると向こうの世界に戻った気がして、今の生活を忘れて一時を楽しむことにした。

「厨房はどうだ?」

 トレスのこの台詞で、現実に引き戻される。

「忙しいけど、皆親切だからなんとかやってる」

「あのソースも好評だったらしいな」

「うん。トレスのお陰だよ」

「……俺じゃなくてあの男だろ?」

 ジト目のトレスに、空が目を丸くする。


 -ひょっとして、ヤキモチ妬いてる?


 そういえば厨房にいたトレスの顔は、お世辞にも機嫌がいいとは言い難い仏頂面だった。

 自分に向けられた気持ちを、少しは自惚れていいのかと迷うところだ。



 


 

 

 

 


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