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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
50/70

その2

 侍女達に詰め寄られるも事情が事情だけに、空にも何処まで話していいか解らず困惑していた。


 -あの状況だとあまり余計なことは言えないし……。


「取り込み中失礼」

 背後からの男の声に空が振り向くと、黄色い悲鳴の先にはノーサがにこやかに立っている。

「もうすぐ近衛隊が交代するから、お茶の用意を頼むよ」

「は、はい!! ただ今お持ちします」

 侍女達が慌てて持ち場へ散っていくと、空は大きく息を吐いた。

「君は確か……、ソラだったかな?」

「はい。あの時は助けて頂き有り難うございました」

「国民を守るのも剣士の役目だから」

 そう言って蒼い瞳を細めて笑う姿は、ディスカウントショップでバイトしていた先輩の柳井に雰囲気が似て心が落ち着く。

「トレスを助けた異民族の子と聞いているけど、この城にいたとは灯台もと暗しだな」

「厨房で働いています」

 そう、と軽く相槌を打つノーサにあまりにも自然に話せたので、つい気になっていたことを訊いてしまった。

「あの、ノーサさ……ま」

 この世界は何かと身分制度があるので、『さん』と続く言葉を慌てて『様』に訂正した空にノーサの口元が緩んだ。

「今まで通りでいいよ。その方が新鮮だからね。なに?」

「近衛隊の方々も休みはあるんでしょうか?」

「交代で休むよ。それがどうかした?」

「い、いえ……」

 トレスの休みを訊きたかった空の思いを組んでやりたいが、女王の護衛に急な変更は付き物で期待させては悪いと敢えて明言を避けた。

「無愛想で口が悪いけど、仲良くしてやってくれ」

「トレスのこと……ですか?」


 -ふうん。俺は『さん』付けで、あいつは呼び捨てなのか。


 含み笑いをするノーサに、その笑みの意味を取り違えた空も笑顔で返す。



 侍女達の詰め所から戻ったノーサを、マリーナの護衛を下番したトレスが迎えた。

「後は頼んだぞ」

 と友の肩に手を置いて、休憩に入ろうとしたトレスを呼び止める。

「お前の休みはいつだ?」

「今度の水曜日だが、予定でもあるのか?」

「訊いてみただけだ。気にしないでくれ」

 首を傾げるが、必要以上に問い質さないトレスの態度があっさりしていてノーサは気に入っている。

 訓練場へ向かう彼を見送ると、女王の護衛を上番した。


 休みはいつかと訊かれたトレスは、ノーサと約束を交わしていたのかと記憶のメモを捲ってみるが思い当たらない。任務が急きょ変更になったのかとも考えたが、そんな話は聞いていおらずますます謎が深まるばかりだ。

「トレス!!」

 赤毛を靡かせて、こちらへ走ってくるのはフローラだ。

「今下番か? 一戦どうだ?」

 彼を見つけては一戦交えろと騒ぐフローラだが、今日は一段とテンションが高い。

 瞳は輝き頬は上気して、明らかにいいことがあったとあの鈍いトレスも勘づくほど妙に明るい。

「やけに張り切っているな」

「いつもと変わらんぞ」

「笑顔が不気味だ」

 トレスの口の悪さは、上機嫌のフローラは意に介さない。

先程まではしゃいでいたフローラが急に真顔になって、トレスとの距離をぐっと縮めた。

「私をどう思う?」

「はっ?」

こいつ、なに言っているんだ、と表情を露にしたトレスに、はっと我に返る。

「ここに来る途中で娘に会ったんだが、私のことをその綺麗だと……」

『綺麗』のくだりですっかり照れてしまったフローラは口ごもってしまい、怪訝な顔のトレスに背を向けた。


 -私は何を言っているんだ!? つい、心乱されて戯言を口走ってしまうなんて……。


「一戦するのか、しないのか!? しないのなら寄る所があるんだが」

「用があるなら、また今度にしよう。お前はいつでもいるのだから」

 意味深な台詞だが、他意はなさそうだ。



 詰所からマーサに頼まれた物を届けた空は、厨房に戻っても心ここにあらずだ。


 -フローラさんって、やっぱり素敵な人だった……。同じ剣士で、きっと話も合うんだろうなあ。


 剣士ならではの苦労や悩みも供用し合える関係に少し嫉妬する。

 実際は、フローラが一方的にしゃべって、トレスは相槌を打つだけなのだが。

「ソラ、すまないがパナプーを摘んで来てくれないか」

「農園にあるんですよね? 行ってきます」

 他の調理師に頼まれて、木の皮で編んだかごを片手に外の農園へ小走りで行った。

 パナプーとは唐辛子に似た刺激の強い辛さがあり、一度食べたら癖になりそうな味である。

 ここに来て、だいぶ野菜や香辛料の名前も覚えた。これもトレスが渡してくれた『奇跡の石』のお陰かも知れないと思っていた矢先に、そのペンダントの持ち主が現れたので驚いた。


 -剣士の人って神出鬼没!? いつも突然現れるんだもん。


 詰所のノーサ然り廊下でぶつかったフローラ然り、皆気配も感じさせずすぐ近くにいる。

「こんな所で何しているんだ」

「パナプーを摘みに来たの」

 空が指差した赤い実を摘んだトレスが、顔の高さまで持ち上げて「これか?」と訊いてきた。

「うん。凄く辛いから、持った手で目とか擦っちゃダメだよ」

 しゃがんで一個ずつ手で摘んで取っていくと、横からトレスの手が伸びる。

「勤務中でしょ?」

「下番したからいい」

 近衛隊の勤務状況が良く理解していないが、どうやらひと段落ついたようだ。

 二人は黙々とパナプーを摘み始めたが、やがて空が笑い出す。

「私が、初めて厨房でクロックの皮を剥いた時も手伝ってくれたよね」

「そうだったか?」

 と、とぼけるもしっかりと覚えていた。自分の肩に凭れて、あどけない寝顔を残す彼女の傍らで徹夜したあの夜を忘れるわけがない。

「空」

「ん?」

「今度の水曜は仕事か?」

「午前中だけだよ。なんで?」

 暫く黙っていたトレスが立ち上がって、今まで摘んでいた赤い実をかごに入れた。

「ここに来る前に、案内するって約束しただろう?」

「それじゃ……」

「俺も用があるから市場で合流しよう。時間はそうだな……昼の一時頃でどうだ?」


 -やったー!! 約束覚えていてくれたんだ!! 


「そのことを伝えるためにわざわざここへ?」

「通り掛かっただけだ」

「剣士が農園に?」

「……。気が変わった。休みはなしだ」

「ええ!!」

 もはや仏頂面なのか不機嫌なのか見分けがつかない彼に、一生懸命空が宥める。

「偶然だね。凄い偶然!! 水曜日のランチは、私が奢るから」

「言ったな」

 にやりと口の端を上げてトレスが振り向いた。

「陛下から褒美も貰っているだろうから、昼メシ代はお前が出せよ」

「なんで知ってるの? マーサさんに訊いた?」

「いや。陛下に相談されたんだ」

 この台詞で、空から笑顔が消えた。

「陛下って女王様?」

 頷くトレスに、胸がちくりと痛い。


 -そういうのって、側近と決めることじゃないの?


 王室に縁がない空でも、小説やマンガなどでその辺の事情は知っているつもりだ。

「トレスと女王様って、仲がいいの?」

「恐れ多くて答える気にもならん。お前、マンガの見過ぎだぞ」

 マンガという単語に空の頬も緩む。

 長くしゃがんでパナプーを摘んでいたせいか、腰が固まり立ち上がる際に大きく背伸びをする。

「いたたた」

「歳か?」

「失礼ね!! まだ十七……。あっ!!」

 怒ったかと思ったら突然大声を上げたので、トレスの肩がびくっと跳ねた。

「ちょっと思い出しちゃって」


 -もうすぐ十八歳の誕生日だ。トレス、覚えているかな?

 

 向こうの世界で一度だけ自分の誕生日を教えてたが、果たして記憶の片隅に引っ掛かってくれればと願う空だった。



 



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