新たなる出会い
昼食会を終えて大使を無事送り届けると、マリーナは小さく息を吐いた。他国との会談は、何度やっても緊張するものである。
私室で束の間の休息を取っていると、ドアがノックされてトレスが部屋へ入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「今回の料理は、とても美味しかったです。厨房の者達も随分頑張ってくれたようですね」
トレスの脳裏に、完成したソースを喜ぶ空の笑顔が浮かぶ。ついでにあの男も……。
「特にあのソースが絶品でした。今までにない不思議な味で、大使の方々も喜んでいらっしゃいました」
自分も味見したが新鮮なものに感じなかったのは、向こうの世界に長くいたせいだろうか。
「あの者達に何か感謝の形になるものを贈ろうと思うのですが、トレスはどうですか?」
「良いお考えだと思います。彼等の励みとなるでしょう」
早速側近を近くに呼び寄せて、その旨を伝えるマリーナの幼い横顔をトレスは見つめていた。
-女王陛下はお優しい方だ。もし、ご自分の身内に謀反者がいるとなれば、その心痛は如何ほどか……。
王族の中に『奇跡の石』を狙っている者がいるかどうかはまだ不明だが、そう受け止めてもおかしくはないリバルバの口ぶりにより、城内の警戒を強めなければならない。
「トレス?」
藍色の瞳を細めてこちらを見ている彼に、マリーナは怪訝そうな表情をしている。
「心配事でも?」
「いえ」と短く答えたトレスの顔がまだ曇っている様子に、マリーナがくすくす笑い出した。
「何か?」
「実直な剣士殿は、表情に出るから分かり易いです。」
返答に困ったトレスの神妙な面持ちが、またマリーナの笑いを誘った。
プランツ国大使との昼食会は好評のうちに終えたと、側近から連絡が入ると厨房から歓声が上がった。
「労う意味で女王様から皆に金一封を頂いたから、一人ずつ取りに来ておくれ」
マーサの言葉に、更にひと際大きく歓声が沸く。
一人ずつ順番に封筒を手渡されて、やがてスレッダの番となった。
「向こうの大使も、あのソースがいたく気に入ったようでね。女王様もとても喜んでいらしたよ」
「ソラのアイディアです。俺は何も……」
二人がこちらを見たので、怪訝そうに空が首を傾けている。
「ソラ、あんたにもあるよ」
「ありがとうございます」
思わぬ臨時収入に顔が綻ぶ空に、スレッダが「助かったよ」と礼を述べた。
「これかもよろしくな」
「はい!!」
握手する際、スレッダの頬が少し赤かったのをマーサは見逃さない。
-こりゃ、面白い展開になりそうだね。
また、彼女のお節介の虫が騒いできた。
侍女の詰め所まで使いを頼まれた空は、金一封の使い道をあれこれと思案していた。
昨日は市場へ行っても、あの騒動でろくな物は買えなかった。またプレタを誘って、可愛い服も見てみたいし美味しい屋台に寄ってみたい。
-トレスって、休みあるのかな。一緒に行ってみたいなあ。
オバジーンへ戻れたら案内するという約束は、まだ有効だろうか。
厨房で、久々に会ったトレスは他人行儀だったのでいささか不安だ。
-約束は守る人だもん。いつかは……。
ドン!!
「きゃっ!!」
「おわっ!!」
曲がり角で人とぶつかった空は、衝撃で尻もちをついた。
「す、すみません!!」
「いや、私の方こそすまない」
お尻を擦りながら立ち上がる空に、その人物が手を貸す。
「有り難うございま……す」
見上げると、そこには赤毛の美女がいた。切れ長の瞳は菫色で、薄く形のいい唇がきりっとした顔立ちに合っている。女性にしては背が高くスレンダーな体はモデル体形で、腰まであるワインレッドのコートを着ている容姿からどうやら剣士のようだ。
「大丈夫か?」
「……」
「私の顔に何か付いているか?」
つい見惚れていた空の視線に気付き、顔を一生懸命手で拭く仕草をしている美女に慌てて制した。
「違います!! こんな綺麗な人が剣士なのかなあって思っちゃって」
聞き慣れぬ単語に美女はきょとんとしていたが、やがて自分を指差した。
「……ひょっとして私のことか!?」
こくこくと二回頷くと、美女の顔がたちまち上気する。
「き、綺麗? 私が? いやいやいや、それはない」
「いえいえいえ。凄く綺麗なのに、カッコよくて強いなんて素敵です!!」
真顔で褒められて、体をくねらせながら照れるこの美女こそ上級位の剣士フローラ・エバーで、恋敵と後ほど知る。
『いやいやいや』と『いえいえいえ』の応酬を繰り返して、やっとまともな会話に入った。
「ところで、用があるんじゃなかったのか?」
「そうだ!! 侍女さん達の詰め所に行く途中だったんだ」
一礼して、慌ててフローラの横を通り過ぎようとした時だった。
「私の名はフローラ・エバーだ。見掛けたら気兼ねなく声を掛けてくれ」
-えっ? フローラ?
忘れもしない、オバジーンでトレスは料理をしたのかという話で、出てきた名前がフローラだ。
慌てて振り向くも、既にフローラは角を曲がろうとしているところだった。
縦ロールの金髪に蒼い瞳ではなかったが、情熱的な赤い髪の美人には変わりはない。
女王マリーナといい、こうもトレスの周りには美女が多いのかと空は大きな溜息をついた。
空と別れたフローラは、とても上機嫌だ。
-私が綺麗でカッコよくて素敵か……。あの娘も随分とお世辞が上手いな。
と思いつつ、顔がににやけて仕方がない。
自分の容姿など今まで気にも留めなかったが、改めて言われると意識してしまうのが女心である。
-ということは、少しは自信を持ってもいいかも知れない。ドレスでも着れば女らしく見えるかな。いやいや、私は剣の道に生きるんだ。そして、いつかは近衛隊に入ってトレスと一緒に……。
女性で上級位まで上がる方が稀有なのだが、フローラは良しとしない。それにはトレスの存在が大きい。彼を追い掛けてここまで登り詰めてきたのだが、彼は全く気付いていない。
-それにしても、あの娘もとても可愛らしかったな。もし、私が男ならああいう子をカノジョにしたいものだ。
自分にない物を持っている空が羨ましく思うフローラだった。
迷路のような城内を歩き回って、やっと侍女達が集まっている詰所の辿り着きた空の耳に、彼女達の世間話が聞こえてきた。
「さっき、ノーサ様にお会いしたわ」
「いいなあ。私も会いたいなあ」
-ノーサさんって、あの銀髪の人よね?
確かに、穏やかな笑顔で気軽に話せそうだ。
「トレス様もいいと思うけどな」
-そうよね。トレスもカッコいいよね。
「でも、なんだか怖そう。いつも眉間に皺寄せて」
-そこがいいじゃない。
「そこがいいじゃない」
と侍女の一人と意見が合って、ほくそ笑んだ。
「一途に想ってくれそうだし、案外優しいのよ」
ワイワイと騒いでいる彼女達の話を楽しく聞いていた空だが、自分が知らないトレスを他の人達が知っている事実に表情が沈む。
「こんにちは。厨房からきた使いの者です」
「ああ、聞いているわ。これをお願いね」
粉が入っている大きな瓶を受け取る空に、侍女の一人が凝視して「あっ!!」と声を上げた。
「あなた、トレス様と馬に乗ってきた人ね!!」
「なんですって!!」
たちまち辺りは蜂の巣を突いたように騒然となり、あっという間に侍女達は丸く空を囲んでしまう。
「どういうこと!?」
「どういうことと言われても……」
愛想笑いで誤魔化すのが精一杯の空に、更に追及の手が伸びる。




