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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
48/70

その5

 マリーナを王座まで送り届けたトレスが部屋の外で控えていると、側近達の会話が耳に入ってきた。

「昼食会の最終確認は済ませているのか?」

「これから厨房へ使いをやりますが、剣士が出払っておりますので時間が掛かるかと」


 -昼食会? 厨房?


 昨夜のノーサの話を聞いて、心配だった空の様子を窺えるまたとない機会に、思わずトレスが名乗りを上げる。

「私が行きましょうか」

「それは助かる。プレンツ国の大使がもうすぐお見えになるから、我々はここから離れるわけにいかないものでな」

 大使の出迎えや昼食会の準備に追われていた側近や大臣達は、近衛隊を伝令に使う理不尽を気にも留めず、二つ返事で頼んできたので好都合だった。

 足取りも軽く、厨房へ急ぎ向かう。



 友好国プレンツの大使との昼食会に、マーサ達も借り出されていた。

 そして、一人頭を抱えているのがスレッダである。メインの肉料理に合うソースをマーサから任されていたのだが、当日直前まで完成しなかった。物自体は出来上がっているのだが、納得いく仕上がりではないのだ。

 カランカのリベンジにと、マーサが機会を与えてくれたのは重々承知しているだけに、その期待に見事応えたい思いがまた重圧となってスレッダに圧し掛かる。

 悩んだ挙句、近くで作業している空を呼んだ。

 カランカ事件で気まずいかと思いきや、そこはお人好しの本領を発揮して今ではいい厨房仲間だが、スレッダの思いは少し違うようだ。

「ちょっとこのソースの味を見てくれないか?」

「メイン料理ですね。私でいいんですか?」

「正直な感想が欲しいんだ」

 スレッダが持ってきた小鍋のソースを、スプーンで掬って舐めてみる。

「さらっとしているけど、濃厚でまったりとしていて……」

 料理評論家よろしく味の感想を述べる空に、真剣な表情でスレッダが頷いた。

「美味しいです。これじゃダメなんですか?」

「モイムの肉は、くせが強いんだ。マーサさんが上手いこと調理しているけど、アクセントが欲しくて」

「どんな風に?」

「こう甘酸っぱくてそれでいて、後味がさっぱりするような……」

 二人して首を捻っていると、突然空が「あっ!!」と声を上げて何処かへ行ってしまったので、残されたスレッダは茫然と突っ立っている。

 やがて戻ってきた空の手には、あの木イチゴのジャムが握られていた。

「これを混ぜたらどうでしょう」

「……これ、ジャムだよ」

「はい、ジャムです!!」

 怪訝なスレッダをよそに、空の瞳はきらきらと輝いている。


 -前、テレビと観たことあるもん。きっと合うよ。


 自信満々の彼女から瓶を受け取り、恐る恐る一掬いスプーンに取った。

 実は、この世界ではジャムはパンに塗るものと決まっていて、それ以外の使い方はしない。それを料理に使うなど、スレッダには未知の世界でとても勇気がいることだった。

 だが、かつて窮地を救ってくれた空を信じて、意を決するとオレンジの物体を投入する。

 

 -不味かったらどうしよう……せっかく空がアイディアを出してくれたのに。だからといって嘘は付けないし……。神様~!!

 

 何回かかき混ぜると生唾を飲んで、震える手でスプーンに掬い味見した。

 ソースを口に含むスレッダの感想を、空がその横でじっと待っている。

「……なんだ、これは!?」

「不味いですか!?」

 目を見開いて、信じられないといった表情の彼がこちらを見た。


 -やだ!! 私、また余計なことしちゃった!?


「こんな味初めてだよ!! まさにこの味だよ!!」

 大層興奮したスレッダが、思わず空の両手を取る。

「有り難う、ソラ!!」


 手に手を取り合って小躍りしている二人を、厨房の入り口で仏頂面で見ている人物がいた。

 藍色の髪に紫紺のロングコートと、この場には似つかわしくない重々しい井出達のトレスだ。


 -何やっているんだ!? 心配して来てみれば、男と小躍りしやがって!!


 あの時もそうだった。

 幾つかのやり取りの最中に、空が一方的にキレて部屋を飛び出したことがあった。

 なかなか帰ってこない彼女を心配して、外まで行ってみるとバイトの先輩である柳井と話している現場を目撃した。

 今回も嫌な目に遭った空を心配して飛んでくれば、厨房の若い男と楽しそうに、しかも仲良くやっているではないか。

 無理しているとかカラ元気とか裏返しの気持ちまで頭が回らないトレスは、目の前の光景に憮然とした。

 落ち込んでいる空を見るのも嫌だが、男と小躍りしている彼女を見るのはもっと耐え難い。

 釈然としない憤りを抱えたままマーサへ近付いた。


「おや。トレスぼ……」

 トレスに気付いたマーサが声を掛けたが、あまりの形相に「坊ちゃん」の言葉を喉の奥に押し込めた。

「トレス!?」

 空が勢いよく振り向くと、そこには逢いたくて仕方がなかったトレスがこちらへ向かってくる。

「わあ、久し振りだね!! どうしたの?」

 まさか朝から逢えるとは思ってもみなかった空は、天真爛漫な笑顔で迎えたので、トレスも機嫌を戻せざるを得なかった。

「昼食会の打ち合わせだ」

「ふうん。元気そうだね」

「お前も楽しくやっているようだな」

 これには皮肉が交じっているが、今の空には全く響かない。

「そうだ!! このソースの味見てよ」

 一瞥したトレスの鋭い視線に、スレッダが慄いた。


 -トレス? ティエラ・トレスじゃないか!! 最年少で近衛隊に入ったあの最高位の剣士が、なんでソラと知り合いなんだ!? どういう関係なんだ!? というか同性の俺から見ても、カッコ良過ぎるんだけど!!


 藍色の髪の間から見える同色の鋭い瞳、精悍さと幼さが共存する顔立ち、一見すらっとしているが服の下には鍛えられた体があるに違いない。

 年齢はさほど変わらないはずなのに、威圧的な雰囲気は剣士と料理人の差なのか。

 悶々と妄想が頭の中を駆け巡っているスレッダをよそに、空はトレスにスプーンを差し出した。

「俺は、料理のことはよく分からんぞ」

「いいの。トレスが美味しいと言ってくれたら自信になるから」

 この厨房で働くと話して不安がる空に、馬上で言った台詞を思い出してスプーンを受け取る。

「……いいんじゃないのか」

「やったー!! スレッダさん、トレスが美味しいって!!」

「そ、そうか。よかったな」


 -なんか、怖い目でこっちを睨んでいるのは気のせいか!?


 空の喜びを素直に受け止められないスレッダは、何故か額に汗が滲む。

「ソースは出来たかい?」

 ひと段落したマーサが三人の所へやってきたので、スレッダが小鍋を渡した。

 スプーンで掬って舌でよく味わい暫く間が空き、空とスレッダはその結果に息を飲む。

「面白い味だが、よくまとまっているよ。早速、料理に掛けておくれ」

 マーサのゴーサインに喜び湧く二人を尻目に、不機嫌な顔でトレスが厨房を出ようとしたら呼び止められた。

「トレス、ありがとう」

 洗いざらしの白いシャツに紺のズボン、白い前掛けをした空は『ふくちゃん』で働いている頃を彷彿とさせる。

「礼を言われるほどじゃない」

「なんなら空を同行させます?」

 小声で言うマーサを睨んで、さっさと出て行ってしまったトレスをほくそ笑んだ。

「全く素直じゃないね」 


 

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