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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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その4

 今宵女王マリーナの警備の任務がないノーサとトレスは、久々にトレスの部屋で酒を酌み交わしていた。

「そういえば」とノーサが話を切り出す。

「今朝、城下町の警邏中に可愛い娘に乱暴しようとした不埒者がいたんだ」

 彼が可愛いというのだから、それなりの容姿なのだろう。「それで?」と続きを促す。

「その子が、俺のことを《ノーサさん》と呼んだんだ。《様》でもなく呼び捨てでもなく《さん》付けで呼ばれるなんて思ってもみなかったよ」

 成程、言われてみればそうだとトレスは納得した。最高位の剣士ともなると、敬称で呼ばれることが多いなか《さん》付けなど中途半端な呼び方とは珍しい。

「プレタの友人らしいが、多分異民族だろうな。栗色の髪で目が大きくて……」

 ノーサの説明を聞きながら、トレスなりに頭の中でそのパーツを組み立てていくと次第にあの顔が現れる。

「名前は確か……」

「「ソラ」」

 二人の声がぴたりと重なり、ノーサが驚いて藍色の友に振り向いた。

「お前も知っているのか?」

 だが、彼の表情は険しい。

「彼女は無事か!?」

「ああ。プレタが連れていったよ」

 トレスが「よかった」と大きく息を吐いて天井を仰ぐ様子から、よほど個人的な関わりがあると勘の鋭いノーサは確信する。

「お前が、あの子に興味があるとは意外だよ」

 微妙にからかい気味のノーサだが、反してトレスは沈痛な面持ちだ。

「……過去に同じ目に遭っている」

「……すまない」

 興味本位だったノーサも罰悪そうに謝罪すると、トレスは片手を上げて制した。

「いや、助けてくれて有り難う。俺からも礼を言う」


 ノーサが自室へ戻ると、トレスは部屋で一人グラスに残った酒を一気に煽る。

 目を閉じると、空が暴行されかけたあの夜を思い出して心がざわついた。

 恐怖に怯えた瞳、逃げようと転んだ痛々しい膝の傷、嗚咽で濡れるシャツの背中……。

 今も独りで孤独に耐えながら、怯えて泣いているかも知れない。

 そう考えると、たまらず部屋を飛び出した。


 空は、ベッドの中で何度も寝返りを打っている。

 今朝の出来事が頭から離れない。いずれも未遂で済んだものの、暴行犯の顔と先程の若者のそれと重なり、きつく目を瞑っても瞼に浮かんで消えない。

 こんな不安な夜は、必ず傍らにトレスがいてくれた。


 -トレス、逢いたいよ……。


 深夜の廊下に足音だけが反響するなか、トレスは必死にある場所へと駆けていく。

 やがて、空の部屋の前へやってくると、荒い息を整えながらドアをノックしようと手を上げたが、何故かそっと下ろした。

 やっと寝付いていたとしたら起こしては悪いと思う気持ちと、彼女の顔を見たら感情に流されて自分が抑えきれない弱さが躊躇わせたのだ。

 閉ざされたドアを切なく見つめて、静かにその場を離れた。


 空はふとドアの向こう側に人の気配を感じて、そっとベッドを下りた。

 少しだけ扉を開けて辺りを窺うと、足音と共に角を曲がる人影を見つける。


 -見回りの人かな?


 角を曲がる人影こそトレスだった。この時、二人は直線距離にして五メートルと離れていなかった。

 名を呼べば逢える距離に、二人は気付かずすれ違う。



 朝を迎えて、いつものように仕事着に着替えて空は厨房へ向かう

 あまりいい休日にはならなかったが、それなりに出会いはあった。

 ラヌギ・ノーサ。銀色の髪の剣士で、トレスの親友だ。

 プレタの話だと剣士達が二人一組で城下町など警らしていて、運が良ければトレスとノーサに出会えるらしい。


 -それって四つ葉のクローバーを見つけるようなものかな?


 向こうの世界では格好いい若者だったのに……と、今では一目見ることすら叶わない境遇を嘆きながら厨房に入った。

「お早うございます」

「やあ、お早う。昨日は、充実した休みだったかい?」

 大きな体で大きな鍋を抱えているマーサが訊いてきたので、空は小さく笑って仕込みを手伝う。


 -あれま。あまりいい休日ではなかったようだね。


 ここはひとつ、落ち込んだ若い娘を元気づけるには甘い物に限ると、マーサは棚から小瓶を取り出して空に手渡した。

「これは?」

「木イチゴのジャムさ。えっと、パンが何処かあったけど……」

 かごに入っているパンをスライスして、ジャムをつけると「食べてごらん」と空に差し出す。

 甘酸っぱさと甘さがうまい具合に調和された味に、空の顔が綻んだ。

「美味しいです」

「そうだろう? 気に入ったならあげるよ」

「でも、こんな貴重な物を頂いていいんですか」

「なあに。初夏になればいっぱい摘むから、その時はジャム作りを手伝っておくれ」

 幸いにもマーサの策が講じて、たちまち空の顔に笑みが戻った。

「このレシピ、教えてくれませんか?」

「いいとも。その前にこのスープの仕込みを済ませようじゃないか」

 いつもの元気のいい返事をすると、マーサと一緒に食材の下ごしらえを始めた。

 その様子をじっと見つめている若者がいた。カランカの肉で揉めたスレッダである。

 オレンジ色の短髪に、顔にそばかすがある二十歳の青年は、両親がレストランを経営しているので料理は幼い頃から慣れ親しんでいる。その腕を見込まれて城の厨房でマーサの元で修行しているのだが、彼女も指摘したように少々横着な所があったが、あの事件以来改まってきている。

 当初は、新入りの空に出し抜かれた感が拭えなかったが、自分の作るソースが美味しいとマーサに訴えている彼女を遠巻きから見ていて、何故か胸が熱くなった。

 ソース作りには特に力を入れている。

 シェフの父親が工夫を凝らしたソースに定評があり、息子のスレッダも憧れていた。周囲は彼を天才と言うが、影で日々努力を重ねている姿を空が分かってくれていた気がしたのだ。

「おい、またソラに文句言ったら、俺が許さんぞ」

 じっと空を目で追っている彼に、気付いた同僚が肘で突いた。

「そ、そんなことしないさ。俺だって、あの件は反省しているんだ」

「それならいいけどな。しかし、あの子はいいよ。よく働くし可愛いし、彼氏がいないなら俺が付き合おうかな」

 次々を厨房にやってくる人々を、栗色のセミロングの髪を後ろで束ねた空が人懐っこい笑顔で挨拶している様子を眺めていたが、こちらの視線に気付いた空が振り向いたので、二人は慌てて持ち場に戻って行った。 



 私室で優雅な朝食を終えたマリーナは、侍女が注ぐ紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせる。

 女王の一日は、公務に始まり公務で終わりプライベートな時間が殆どないが、そのなかでもささやかな楽しみが護衛がトレスの番になった時だ。

 そして、今日がその日である。

「何かいいことでもございましたか」

 嬉しさがつい顔に現れたのだろうか、侍女が話し掛ける。

「い、いえ。特に何も……」

 と、言葉を濁らして誤魔化した。公人として感情を露わにすることは相応しくない行動なのである。

 鏡の前に座ったマリーナの透き通る水色の髪を侍女達が櫛で梳かしている間に、側近が今日の予定を読み上げる。

「尚、本日の護衛はサトラック・ゴードン、ティエラ・トレスとなっております」

 トレスの名にマリーナの頬が一瞬赤く染まるが、側近は受け流して一礼して後方へ下がっていった。

 身支度が済み、自身の髪と同じ淡いパステルブルーのドレスに身を纏ったマリーナが部屋を出ると、既に護衛の二人が控えていた。

 一同を従えて王座へ向かう途中の段差に、トレスが手を差し出した。

 ドレスの裾が長いため足を取られぬようにとの誰もがする配慮も、彼だと特別なものに思えてならない。

「ありがとう」と言えない代わりに微笑むと、トレスも口元を少し上げて応えた。

 それが今のマリーナには、心通わす精一杯の術なのである。

 





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