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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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その2

 城の地下へと続いている石段を下りていくと、次第にひんやりとした空気に包まれてくるのを感じながら、トレスは資料室の扉を開けた。

 膨大な書籍や文献が保管しているこの場所なら、リバルバの手掛かりがあると考えたからだ。

 幾つかの背表紙に指を滑らせて、一つの分厚い冊子に止まるとそれを抜き出す。

 椅子に座ると、これまでに在籍していた剣士の記録を読み始めた。

 リバルバの実力は自分とほぼ互角で、城の内情に詳しいとなれば、この城に仕えていた剣士だと思ったからである。


 リバルバ・フォリア。推定年齢四十代後半。


 最高位の剣士から一般兵士まで、過去三十年間を遡れば結構な数になる。

 根気のいる作業に、トレスは深く息を吐いてしばし茫然として頭をリセットすると、また冊子に目を落とした。

 近衛隊の任務の合間にここへ通い詰めているの、でさすがに疲労が溜まってきたのか甘い物が食べたくなる。

 本来は苦手なのだが、向こうの世界で食べたドーナツの味が忘れられない。

 オバジーンでは手に入らないかと思うと、無性に食べたくなる自分に苦笑した。

 そして、思い出すのが空の友人である玲奈と智美の二人だ。

 空との同居がばれたあの日、二人に特に玲奈には厳しく関係を追及されて挙げ句の果てにはドーナツ論争までに発展した。


 -彼女達は、元気でやっているだろうか。空がいなくなって、心配していないだろうか。


 そこで、やはり心配なのが空である。

 ここしばらく会っていないが、新しい環境で不自由していないだろうか、皆と馴染んでいるだろうか。寂しがっていないだろうか……。

 悩みは尽きない。

 面倒見のいいマーサに預けておけば間違いはないのだが、やはり自分の目で確認しないと不安になる。

 だからというわけではないが、近付いてくる人の気配を感じ取るのが遅れた。

「やはりここにいたのか」

 長い赤毛を揺らしてフローラが現れた。

「ノーサが探していたぞ」

「そうか」と立ち上がって冊子を棚に戻したトレスの背は、フローラよりも十センチ以上高い。


 -子どもの頃は、私の方が高かったのに……。


 フローラとトレスは、同じ町で育った幼馴染で、いつも行動を共にしたがるのでトレスを困らせていた。それが彼女の愛情表現だと、女心に疎い彼が知る由もない。


「熱心に何を読んでいたんだ?」


 -誤魔化してもしつこく問い詰めるだろうし、ここはひとつ空のいた世界で学んだ冗談とやらでやり過ごすか。

 

 中高生の女子に人気があった、ドラマ『ラスト・ラブ』の台詞を引用してみる。

 後にこの判断が、トレスの汚点となるとは夢にも思っていなかった。

「……女の口説き方」

「えっ? 何だって?」

 トレスの口から出たとは思えない台詞に、フローラは目を丸くして聞き返した。

「冗談だ」

 この台詞で、彼女は慄くと三十センチほど後退りして固まった。


 -あのトレスが冗談を言った!? しかも意味不明なやつを!!


 真剣な表情のフローラがトレスの両肩を掴んで、切れ長の瞳を見開いて覗き込む。

「大丈夫か!? やはり、一度医官に診てもらった方がいいぞ!!」

「失礼なやつだな!! 俺は至って正気だ」

 試みが失敗に終わり、憮然としたトレスが資料室を出たのでフローラも慌てて後を追った。


「そういえば、モンソウおじさんはまだ帰ってこないらしいな」

 地下から出てきて長い廊下を二人で歩いていると、フローラが口を開いた。

 モンソウとは、トレスの養父である。彼の父親とは古くからの親友で、幼い頃両親が殺された後トレスを引き取って、最高位の剣士までに鍛え上げた人物である。

 モンソウ自身も最高位の称号を持っているが、規則に縛られるのを良しとせず再三に亘る近衛隊からの勧誘も蹴って、郊外の森にある自宅で悠々自適の生活をしている。

 無表情のトレスの父とは対照的で、表情豊かで陽気な性格だ。

 その養父は、トレスが襲撃された夜の二日前から姿を消している。

「重大な任務があると言っていたから、早々には戻れないのだろう」

 銀髪のノーサがこちらへ向かってくるのが見えたので、話はここで止まった。

「やっと見つけたぞ。何処へ行っていたんだ!?」

 かなりあちらこちらと探し回っていたのか、軽く息を弾ませていた。

「済まない。どうした?」

「近衛隊長がお呼びだ」

「分かった」と返事して、また先程の道を引き返して隊長室へ向かうトレスの姿が見えなくなると、フローラはそっとノーサに身を寄せた。

「トレス、帰って来てから様子がおかしくないか?」

「というと?」

 ノーサも雰囲気が変わったと感じていたので、彼女の意見に興味津々で聞く。

「資料室で熱心に本を読んでいたから、どんなものか訊いてきたら何と答えたと思う?」

「さあな」

「『女の口説き方』だ」

 意外な答えに、ノーサも目を丸くした。

「へえ!!」

「その後、冗談だとも言ったんだ!! 信じられるか!? あのトレスが冗談を言ったんだぞ!!」

 身を乗り出して力説するフローラの肩に、彼が手を置いて宥める。

「あいつも人間だ。そういう気分の時もあるよ」

 と、強引にまとめて足早に廊下を歩いていくノーサの後ろを、フローラが大声で言いながらついてきた。

「あのトレスだぞ!! 仏頂面で口が悪いが、滅法強くて……痛っ!!」

 急に立ち止った彼の背中に、勢いよくフローラは鼻をぶつけた。

「危ないじゃないか!!」

 赤くなった鼻を擦りながらフローラが抗議すると、ノーサが苦笑しながら体を開けた。

「!!」

 そこには、上気した顔のトレスが物凄い形相でこちらを睨んでいる。

「大声でわめくな!! 丸聞こえだ!!」

「へっ?」

 状況が分からずきょとんとしているフローラに、トレスは不機嫌そうに後方に目配せした。

「!!」

 そこには笑いを堪えている近衛隊長の姿があったので、フローラが声なき悲鳴を上げた。

「冗談が言えるようになったら次は伴侶探しだな、ティエラ・トレス」

 顔を真っ赤にしたフローラとトレスを意味ありげに見やると、高笑いして通り過ぎていく隊長にトレス達三人は一礼した。

「貴様~!!」

 虎の尾を踏んだフローラが首を竦める。

「ごめん……」

 俯いたフローラが切れ長の菫色の瞳でノーサに助けを求めているので、やれやれと溜息をついて二人の間に割って入った。

「フローラも悪気はなかったんだから許してやれ。そもそも、お前も悪いんだぞ」

「何故、俺が!?」

「つまらん冗談を言っただろう? これに懲りて無理はしないことだな」

 先に訓練場へ行くと告げたノーサが二人の前からいなくなったので、フローラが女性としては長身の体を縮ませてトレスを上目使いで見た。

「本当にすまない!!」

 勢いよく頭を下げるフローラに、呆れた声が続く。

「もういい。お前は常に一生懸命だからな」

「トレス……」

 藍色の瞳に真っ直ぐ見つめられて、フローラの頬が赤く染まった。


 -いつも私の失敗を許してくれるあなたが好きだ、ティエラ・トレス……。


 周りには幸い誰もいない。この場を逃したら一生告白する機会が訪れないような気がして、意を決して口を開く。

「あ、あの……、トレス。私はあなたがす……」

 もう少しで言えた台詞が、鼻の違和感で邪魔をされた。

「おい、大丈夫か!?」

「へっ?」

「鼻血が出てるぞ」

「ええっ!?」

 感情の高揚が限界を超えたらしく、よりによって鼻血へとリリースされてしまった醜態にフローラは茫然と立ち尽くしていた。


 -好きな人の前で鼻血だなんて、もう死ぬしかない……。


 いきなり膝の裏を蹴られて、その場に座り込んだフローラの肩をトレスが抱く。

「じっとしていろ」

 すっと通った鼻を己のハンカチで拭ってくれる彼を、フローラは恍惚の表情で身を委ねた。


 -前言撤回!! ああ、生きててよかった……。

 



 


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