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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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その6

 トレスとマリーナの出会いは、今から四年前に遡る。

 当時、十三歳のマリーナは庭園に来ていた。この日は七歳上の姉モナルダが隣国との会談を終えて帰国する予定なので、花を摘んで花束を贈ろうと考えたのだ。

 いつもは侍女達がついているのだが、出迎えの準備に多忙な彼女達の手を煩わすこともないと初めて一人で外へ出てみる。

 色鮮やかな薔薇の園に夢中になり、中へ進んでいく。途中、黒い雲が空を覆うのも気付かず、頬に落ちる雫でやっと辺りを見回した。


 -ここはどこ?


 侍女と一緒の時は大した広さではないと思われた庭園も、一人だと予想以上に複雑な造りに彷徨う羽目となった。

 自分の背丈ほどある薔薇の壁に圧倒されながらひたすら歩くが、出口が分からず途方に暮れているマリーナを、次第に大粒の雨が濡らしていく。

 心細さに溢れそうになる涙を堪えて、雨を凌ぐ場所を探すも見当たらない。

「誰か……。誰かいませんか!!」

 誰もいないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。遂に雨と共に涙が頬を伝い、しゃがみこんでしまった。

  

 どのくらい経った時だろうか。

 激しい雨音に混じって自分の名を呼ぶ声が聞こえたので、顔を上げると誰かがこちらへ走ってくる。

「マリーナ様!!」

 藍色の髪の青年に、マリーナの顔が輝く。


 -誰か来てくれた!!


 青年は息を弾ませて声を掛けた。

「私はティエラ・トレスと申します。お怪我は?」

「いいえ」と答えるも、長い時間雨に打たれて体が冷えて震えが止まらない。

 トレスは自分のロングコートを脱ぐと、マリーナの頭上に覆って濡れないように雨を防いだ。

「あなたが濡れるわ」

 現に、トレスの髪からひっきりなしに雫が滴り落ちている。この大雨のなか、城中を探してくれたに違いない。

「構いません」

 二人は、ぬかるんだ地面に足を取られないようにゆっくりと歩き始めた。

 暫くして、マリーナは自分より高い位置にあるトレスを見上げた。

 精悍さと少年っぽさが共存する顔に藍色の瞳、堅く結んだ口、眉間に皺を寄せて決して愛想は良くないが、マリーナにはそれが不思議と心を落ち着かせる。

 そして、何気なしに見た頭上のコートに驚いた。

「あなたは最高位の剣士なのですか?」

 この城では剣士の階級は、最高位、上級位、下級位、一般兵士と四つに区切られている。最高位の剣士は、剣術などに秀でたエリート集団なので人数も少なく、年数が経ってもそう簡単になれるものではない。

 その者達だけに与えられる上質の素材で作られたロングコートを持っているトレスという青年は、この若さで最高位の剣士とは……とマリーナは好奇の目で見ていると、彼がふと足を止めて辺りを見回した。

「どうしました?」

 藍色の瞳は明らかに困惑している。

「……迷いました」

「えっ?」

 最初は自分の聞き間違いかと思ったが途方に暮れる彼の様子に、最高位の剣士がまさかの方向音痴とは予想外の展開に、マリーナの笑いは止まらない。

「申し訳ございません……」

 言葉の通り、申し訳なく項垂れるトレスに、まだ笑いが治まらない彼女は首を横に振った。

「安心しました。私だけではないのですね」

 方向音痴ということも忘れて、自分を探してくれたのだろう。それにしても黙っていれば分からないのに、藍色の髪の青年は正直に告白したその誠実さに胸がときめく。

 そして、庭園を独りで彷徨っていた心細さもいつの間にか消えていた。


 通り雨だったのか、トレス達が庭園を抜ける頃にはすっかり止んでいた。

 トレスが頭上からコートを外すと、陽が差す眩しさにマリーナは手を翳して目を細める。

「あっ、トレス、虹です!!」

 見事な半円を描いて空に浮かぶ虹を発見したマリーナは、その方向を指さして振り向くと彼の姿に愕然とした。

 まるで、滝に打たれたかのような全身ずぶ濡れのトレスが立っていたからだ。

 

 -すごいびしょ濡れ……。私の為にずっと、コートで雨を凌いでくれたものね。


 マリーナも最初の頃こそ濡れていたが、彼ほどではない。

 トレスも眩しそうに目を細めて空を見上げた次の瞬間、マリーナは目を見開いた。


 -彼、笑った……!!


 わずかだが頬を緩ませたトレスの横顔に、マリーナの胸は痛いほど高鳴った。


 この出会いから三年後、国王が不慮の事故で突然この世を去ったので、わずか十六歳でマリーナは王位を継承した。

 七歳上のモナルダは側室の娘なので、マリーナとは血が繋がっていない。その為対象から外れたが本人も拘りはなく、むしろ義理の妹に外交的立場で協力を惜しまない旨を示した。

 新たに任命する近衛隊の剣士を発表する場に、まだ馴染んでいない王冠を被ったマリーナがいる。

 そして、鎮座するその向こう側に近衛隊の剣士達が左右に並んでいた。

 名誉ある地位だけに彼等の期待をこめた眼差しがマリーナに刺さるが、迷わず一人の剣士の名を口にする。

「最高位剣士、ティエラ・トレスを近衛隊に命じます」

 名が呼ばれたトレスに一斉に注目が集まった。

 羨望、嫉妬、嘲笑……。若干二十一歳にして近衛隊に抜擢された彼に向けられた感情は温かいものではない。

 だが、マリーナはそれを覚悟で任命した。


 -あなたならきっと負けませんよね。私もあなたと一緒なら耐えられる。


 そして、剣士としての実力と実直さでトレスは、マリーナの期待に見事応えて現在に至っている。



「……下、女王陛下!?」

 我に返ると、トレスが心配そうに見ていた。

「体調が優れないのなら、医官を呼びますが」

「大丈夫です。ちょっと考え事をしていました」

 この台詞に、トレスの肩が小さく揺れる。


 どうやら、王族も一枚岩ではないようだな。


 トレスを追って、異世界まで来たリバルバの言葉が甦った。果たして、マリーナは『奇跡の石』の存在を知っているのだろうか。

 その真意を確かめたかったが、自分を信頼している君主にぐっと言葉を飲んだ。



 訓練場では、ノーサとフローラが模擬戦を行っていた。

 銀色の髪を靡かせて剣を振るうノーサは、女性の羨望を一心に浴びている。立ち振舞いこそ優雅だが、トレスと並んで異例の若さで最高位となり近衛隊に任命されるほどの実力だ。

 トレスが姿を現すと、二人は手を止めた。

「陛下との接見は済んだのか?」

 息を弾ませたフローラが訊いてきたので、トレスは頷いた。

「トレス、私と一戦やらないか?」

「ノーサとしたばかりだろう。明日では駄目なのか」

「大丈夫だ。これしきなんでもない」

 強気に出たのはいいが、息も絶え絶えで言葉になっていない様子にトレスは苦笑する。

「剣士は退く勇気も必要だ」

 そうなのか?とノーサを見ると、彼も頷いている。

「状況を見極めて、自分の実力を測るのも大事なことだ。それがノーサが強い所以だ」


 -よく言うよ。自分は、不利な状況もひっくり返すくせに。


 照れもせず友を褒める藍色の髪の剣士に、肩を竦めた。

「それに焦らずとも、お前は女剣士の中では秀でている」

 

 -当たり前だ。私は、お前を追ってここまで来たんだ。


 さらっと言えればどんなに気が楽か……。それが出来ない自分がもどかしい。

「それじゃ駄目なんだ!! もっと強くなりたい」

 切れ長の瞳に強い光が宿ると、トレスは口角を上げた。

「お前は充分強いよ」

「トレス……?」

 行き方知れずとなってからトレスに違和感を覚えたのは、ノーサだけではなくフローラもそうだった。

 仏頂面と口の悪さは相変わらずだが、雰囲気が優しくなった気がする。


 -崖から落ちて頭でも打ったか……?


 フローラは本気で心配した。

 


 

 

 

 

 

 


 


 

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