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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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その5

 翌朝、厨房へ来たマーサはテーブルに置かれた山積みのコロック入りのカゴを見つけると一つ手に取ってみた。満足のいく仕上がりに彼女は頷く。


 -へえ、トレス坊ちゃんもこんな芸当が出来たんだね。


 コロックを大鍋に移して水を入れていると、後ろからぱたぱたと走ってくる音が聞こえた。

「お早うございます!!」

 挨拶する声に振り向くと、寝不足なのか目を真っ赤にした空が息を整えている。

「お早う。これは一人で剥いたのかい?」

「……いいえ、手伝ってもらいました」 

 一人で剥くのが条件だったので、トレスに手伝ってもらった空は罰悪そうに答えた。

 そのことを知っているマーサは敢えて追究せず、「そうかい」とだけ言うと仕込みの続きを始めた。

 あそこで空が一人でやったと嘘をついたら不信感が募っただろうが、正直に答えてくれたので第二関門クリアである。

「今日は皿洗いだよ」

「はい!!」

 マーサの後ろを、空が嬉しそうに小走りでついていった。



「どうした? 目が赤いぞ」

 廊下でばったりと会ったノーサに、その真っ赤な目を向ける。

「相変わらず仕事熱心だな。だが、程々にしないと体を壊すぞ」

 友の忠告は有り難いが、仕事は仕事でも空の芋剥きを手伝って徹夜したとは言えず曖昧に頷いた。

 昨夜はあと少しというところで空が力尽きて、トレスの肩に寄り掛かって動かなくなってしまった。

 寝息を立てて気持ち良く眠っているので、起こすのも躊躇われて結局はトレスが残りの芋を剥く羽目となってしまう。

 全部剥き終わる頃には東の空が白々と明るくなってきたので、ようやく空を起こしたのだ。

 普段の彼なら徹夜もそこまで堪えないが、時空を超えたせいか少々時差ボケにも似た時間の感覚のずれが生じている。

 最高位の剣士として欠伸を連発するなどみっともない真似はしたくはないので、こみ上げる睡魔に眉間にしわを寄せて耐えた。

 その形相はより一層凄味を増し、慄いて一礼するや否や足早に遠ざかっていく剣士達に、ノーサは溜息をつく。


 -もっと笑顔で接してやればいいものを……。


 そこへ側近を従わせて、マリーナが歩いてきた。

 透明感のある白い肌に瑞々しい唇、光が差すと金色になる薄いブラウンの瞳、透き通るような水色の髪もまた麗しい少女は、真っ直ぐにトレス達へ向かっていく。

 跪こうとする二人を片手を上げて制して、心配そうにトレスの顔を覗き込んだ。

「なんだか疲れているようですね。まだ、休んでいてもよかったのですよ」

「いいえ。近衛隊の者として、女王陛下にお仕えするのは当然ですから」

 優れない体調をおしてまで、自分の為に仕えるという彼の思いに胸が熱くなる。

「ありがとう」と言い掛けて、慌ててその言葉を喉の奥へ押し込めた。

 女王たる者、下々の者に軽々しく礼を言うべきではないと、幼少の頃から教育を受けているからだ。

 この時ほど慕っている者に感謝の言葉さえ伝えられない、女王としての立場を恨めしく感じたことはない。

 暫く間が空いたマリーナに側近が何やら囁くと、彼女は頷いてトレスを一瞥した。

 藍色の髪の剣士と一瞬視線が混じり合うと、先に目を反らしたのは頬を赤らめたマリーナの方だった。

 マリーナが二人の前を通り過ぎると、残された側近がトレスの隣に来る。

「女王陛下が、先日の件について報告が聞きたいと申しております。この後、私室へ来るようにとのことでした」

「報告書なら出したはずだが?」

 怪訝な顔で答えるトレスに、ノーサは苦笑した。マリーナのささやかな公私混同を、鈍感なトレスが感じ取るはずもなく仕方なくノーサがさりげなくフォローする。

「お前がいない間も庇護なさったんだ。礼を尽くすのが剣士じゃないのか?」

 そうだな、とトレスが納得して、側近と一緒にマリーナの私室へと向かった。

 やれやれと息を吐いたノーサの所へ、小走りでやってくる足音が聞こえてくる。

「トレスを見なかったか?」

 赤毛の女剣士フローラが息を切らせて訊いた。


 -あいつが帰ってくると、一気に賑やかになったな。


「たった今、女王陛下の所へ行ったが」

「そうか……」

 と、露骨にがっかりした表情の彼女に、またノーサは宥め役となる。

「すぐ終わるさ。当分は多忙だろうけどじき治まる」

「そうだな。もう、何処にも行ったりしないよね」

 普段は男勝りで勝気なフローラも、長いまつ毛を落として頬を染める様子は妙齢な女性である。

「彼が戻るまで、俺が相手してやるよ」

「そうか!! では手合わせを頼む」

 フローラは顔を輝かせて、ノーサを後を追った。


 天井には花をイメージしたシャンデリアが煌めき、白い壁に白いレースのカーテンが揺らめく私室に椅子に座ったマリーナは、胸をときめかせてある人物を待っていた。

 先程、側近が耳打ちした内容は、報告も兼ねて私室へ招いてはどうかというものだった。彼なりに内気な君主の為に捻り出した案なのだろう。

 勿論断る理由もなく了承して、部屋で待つこととなった。

 やがて、ドアがノックされてトレスの姿が現れると、こみ上げてくる嬉しさを押さえるのに必死だ。

「ティエラ・トレス、参りました」

「多忙のところ申し訳ありません。気を楽にして下さい」

 ソファを勧めたマリーナは、自分も向かい合った場所に座り直した。

 一礼して座った彼といざ二人きりになると、すっかり舞い上がって頭が真っ白になる。

「報告を始めてよろしいでしょうか」

「え、ええ。お願いします」

 いつも、トレスは単刀直入である。

「女王陛下におきましては、今日もお美しく……」

 などと彼の口から社交辞令が出ることは滅多にないが、それでもマリーナには充分だった。

 かしこまった低い声で名を呼ばれ、報告書を持っているその大きな手で触れてほしいと秘かに願うことくらいは、幾ら女王でも許されてもいいはずと自分に言い聞かせる。

「……以上です」

「えっ?」

 彼に想いを馳せて報告を全く聞いていなかったマリーナは、弾かれたように顔を上げた。

「ご、御苦労でした」

「それでは、これで失礼致します」

「待って!!」

 立ち上がろうとしたトレスをマリーナが咄嗟に引き止めた。そして、その本人が一番驚いて、目を丸くして固まっている。

 中腰のまま怪訝そうにトレスが見ていると、扉をノックする音に続いて側近が現れた。

「陛下、隣国より珍しい紅茶が手に入りましたのでお持ち致しました」

 側近の絶妙なタイミングに、マリーナは小さく息を吐く。

「トレス様もいかがですか?」

 トレスは頷いて、またソファに腰を下ろした。

 流れるような動作で、紅茶を二人分用意した側近は一礼して後ろに控えた。

 マリーナはカップに口を付けると、その香ばしく甘い香りに笑みがこぼれる。

「美味しい」

 上目づかいでそっとトレスの反応を窺うが、相変わらずの仏頂面だ。

「陛下には、私の為にご尽力頂いたと聞いております」

「近衛隊を預かる身としては当然のことです」


 -あなただから信じて待っていたのよ、ティエラ・トレス。


 心の中で、もう一人の自分が呟いている。

「言葉では言い尽くせません。このご恩は、陛下への忠誠でお返しします」


 -どうして、そんな言い方するの? 私への思いは忠誠だけなの? 


 マリーナは、初めてトレスと出会った雨の日を思い出していた。


 

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