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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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その4

 次の日の午後、約束通りトレスは空を迎えに来た。

 紫紺のロングコートにいぶし銀の剣を腰に差したいつもの格好で馬に跨っている。

 そんな彼の姿に、プレタの興奮は最高潮である。

 コートの裾を翻して馬から降りると、まずはプレタの両親に世話になったと丁重に礼を述べた。このあたりは律儀だと空は感心する。

 馬に乗るようトレスから促された空は、一生懸命よじ登るも初めての乗馬に手こずっていた。

 痺れを切らせた彼がお尻を押したので、空は短く悲鳴を上げた。実際は、プレタの嫉妬を含んだ悲鳴の方が大きかったのだが。

 ようやく馬に乗れて一息ついていると、その後ろに華麗な身のこなしでトレスが乗ってきた。

「世話になったな」

 馬上からプレタに礼を言うと、彼女は我に戻って空に何やら文句を言っていた。

 駆け出した二人の耳にはもはや届いていない。


 トレスと二人乗りは、これで二回目である。最初は向こうの世界で、初めてトレスが自転車に乗った時で、互いの位置は違うが状況は極めて似ている。

「ニケツとか情緒ない言葉を言うなよ」

 どうやらトレスも同じことを思っていたらしく、空が言うより早く頭上から低い声が響いた。

「覚えていたんだ」

 前にいる空からはトレスの表情は分からないが、背中を通して感じる彼の鼓動は弾んでいる。

「今から何処へ行くの?」

「城の食堂に知り合いがいる。その人に仕事を頼んでおいた。料理は得意だろ?」

「好きだけど、得意かって聞かれたら自信がないな」

「俺が美味かったと言えば、自信になるか?」

 素直に受け止めれば嬉しい言葉だが、果たしてオバジーンの味覚の基準が掴めていないので多少の不安が残る。


 城下町を抜けてやがて白亜の城が見えてくると、空が歓声を上げた。それはまさに、中世ヨーロッパの城そのものだったからだ。

 城門の前に現れたトレス達に、門番の兵士が敬礼をすると彼もそれで返した。

「私、降りようか」

 場違いな自分に恐縮したが、トレスは「構わない」とそのまま城内へ入っていく。 

 青い屋根と白を基調にした円塔を過ぎて、色鮮やかな花が咲き乱れる庭園を回りやっと食堂に辿り着くという広大さである。歩いていたら今頃は、迷子になって行き倒れになっていたかも知れない。 

 トレスの手を借りて馬から降りた空を待っていたのは、体格のいい五十代の女性だった。頭巾をきっちり被り洗いざらしの白いシャツに紺のズボン、白いエプロンと小ざっぱりした服装は少々きつそうである。

「待たせて済まない」

「構いませんよ。トレス坊ちゃんの頼みですから」


 -トレス坊ちゃん?


 不釣り合いな言葉に空は吹き出しそうになったが、トレスがこちらを睨んでいるので顔をそむけて必死に堪えた。

「それにしても、華奢な娘だけど務まりますかね」

 黒い瞳で空を頭からつま先まで観察して、軽く息を吐いた。

「根性と体力はある。後で様子を見に来る」

 近衛隊に復帰したトレスは忙しく、空につきっきりという訳にはいかない。彼が馬に乗り去っていくと、空は一段と心細くなったが気持ちを切り替えて、先程の女性に向き直って一礼する。

「蒼井空です。よろしくお願いします」

「私はマーサ・グランデだよ。まずは服を着替えるよ」

 自分と同じ服を手渡すと、マーサは大股で歩き出したので空も小走りでついていった。

 部屋の片隅で着替えると、マーサは息をつく暇も与えず厨房へ連れて行き空に包丁を持たせた。

「ここでコロックの皮を剥いておくれ」

「コロック?」

「その野菜さ」

 マーサが顎でしゃくった先には、ジャガイモに似た穀物がかごに山盛りで入っていた。その横で既に一人の青年がせっせと皮を剥いている最中だった。

「分かりました」

 空も青年をちら見しながら剥き始めたので、マーサは持ち場に戻って行った。途中で振り向くと黙々と作業している空を見る。

「あのがトレス坊ちゃんの……ねえ」


 早朝から、朝食の仕込みに追われているマーサの元へトレスがやってきた。マーサとティエラ家とは古くから親交があったので、厨房に顔を出すのは珍しいことではない。

 しかし、人を、しかも女性を雇ってほしいと言われた時にはさすがに驚いた。

 精悍さと少年っぽさが共存している顔立ちはいいのだが、仏頂面で損しているとマーサはかねがね思っていた。

 恋愛に関して言えば、浮いた話は一つもないが想いを寄せている女性の姿は確認している。

 トレス本人は鈍いのか気持ちに気付いていないので、彼女達も報われないとマーサは溜息をつく。

 そのトレスが自ら女性を連れてくるとは、お節介の虫が騒ぐ。

「ご覧の通り忙しい職場ですから、まずは様子を見てから判断しますが?」

「構わない。よく働く娘だから大丈夫だとは思うが」

 

 -娘? ということは、若いお嬢さんってことだね。


 マーサの推理が始まる。

「料理は出来ます?」

「ああ」


 -手料理を食べたことがあるらしいね。これはますます怪しい。


「若い子なら侍女の方が向いていませんかね」

「事情があって、あまり表に出したくない」


 -訳ありかい!? まさか、駆け落ちの相手じゃないだろうね!?


「何か誤解しているようだな」 

 マーサの下世話な考えに、勘づいたトレスは眉をひそめる。

「恩人の異民族だ。決してマーサが思っているような関係では……」

 ここまで言うとトレスに間が空いたので、マーサは好奇心丸出しの顔で次の言葉を待つ。

「とにかく、今日連れてくるから頼んだぞ」

 更に仏頂面になったトレスがほぼ駆け足に近い速度で去っていくと、マーサはにやりとした。わずかに赤くなった彼の頬を見逃しはしなかったからだ。


 そして、目の前に現れたのは栗色の髪に白い肌、くりっとした大きな瞳にふっくらした唇と可愛らしい娘だ。細い体に似合わず、胸は意外と大きい。


 -へえ、坊ちゃんも見る目はあるんだね。


 容姿は合格だが、問題は性格だ。トレスは働き者といってたが、それだけでは情報が少な過ぎる。

 なので、少しこき使おうと考えた。

 人間、忙しくなると本性が現れるものだと、長い人生経験で知っている。

 早速着替えた空がやってきたが、地味な制服も彼女が着れば可愛く見えるから不思議である。

 山と積まれた芋を指差して今日中に剥き終わるように伝えると、空は嫌な顔一つせずに明るい笑顔で「はい」と返事した。


 -まずは第一印象はいいね。だけど、これだけの数を今日中には無理だ。さて、どうするかね?


 案の定、夜になっても作業は終わらず厨房の火を落として皆帰ってしまった。

 それでも尚、空一人で片隅でコロックという芋を剥いている。


 -ちょっとやり過ぎたかね。


 さすがに気になり厨房をこっそり覗いてみると、どうやら先客がいたらしく話し声が聞こえてくる。

「トレスは帰っていいよ。私の仕事だから」

「二人でやった方が早いだろ?」

 藍色の髪が見えて、客の正体がトレスだと知る。

 ナイフを見つけると、空の隣に座って器用に剥き始めた。

「へえ、上手だね」

「向こうでやっていたからな」

 最高位の剣士ともあろう人物が、厨房の片隅に座って若い娘と夜な夜な芋の皮剥きとは、城の者が知ったら天地がひっくり返るほどの大騒ぎになるに違いない。

 想像するだけで可笑しくてたまらない。


 -私が心配することもなかったよ。


 一人、笑いを堪えてそっと厨房を後にした。



 



 

 

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