その3
プレタの元へ届けられた一通の手紙、それは城にいるトレスからだった。
このまま迎えに来てくれなかったら……、と心細くなっていたところに初めて見る彼の字に何故か安堵する。
自分はいつでも見れるから、と彼の手紙をプレタに譲ったが、それがラブレターにも思えて少し惜しい気がした。
可愛いい絵柄の箱に手紙をしまったプレタが街へ買い物に行くからついてこいと言うので空も素直に従った。
見たことのない果物や野菜が売られている店や生活用品を売っている店など幾つか通り過ぎてプレタはある一軒の店へ入っていく。
「まずは服と下着を買わなきゃ。服は選んであげるからあなたは下着を探して」
「下……着?」
ここの下着の様式など分かるはずもなく躊躇っている空にプレタは強烈な言葉を発した。
「ひょっとして下着つけてないの!?」
女性客で賑わっていた店内が水を打ったように静まり返ったので二人は身を小さくする。
「し、し、しているよ!! 失礼ね!!」
真っ赤な顔で反論する空に気の毒に思ったのか店員がわざわざ下着売り場へ案内してくれた。
-へえ、下着って何処も同じなんだ。
自分がつけている物と同じだったので安心して店員に任せるとその場を凌いだ。
買い物を済ませるとプレタの両親が帰って来ていた。プレタが事情を説明すると、二人は快く受け入れてくれたので空も胸を撫で下ろす。
夕食を済ませてお風呂に入りプレタと同じ部屋で就寝したが、初めてのオバジーンでの夜になかなか寝付けない。
隣のプレタは既に寝息を立てているが、空は寝返りばかり打っている。
-みんな、心配しているかなあ……。
ここにきて元の世界に思いを馳せる。トレスと一緒にこの世界へきたことは後悔していないが寂しさと心細さはある。
急に起き上がるとごそごそと制服のポケットを漁り始めた。
「あった!!」
携帯電話を見つけてつい声を上げてしまい、軽く唸ったプレタを横目に慌てて自分の口を手で塞ぐ。
-よかった、電源切れてない……。
カメラのデータを開くと、玲奈や智美の笑顔が現れた。『ふくちゃん』の杉本夫妻、クラスメイト、ディスカウントショップの柳井、美紗子……と次々と送って仏頂面のトレスに手が止まる。
あの世界へいた頃は彼が傍にいるのが当たり前だったのに……と画面のトレスをそっとなぞった。
窓から漏れる月明かりが空の哀しげな顔を照らす。
剣士に手紙と金銭をプレタの家にことづけたがトレスもやはり空が心配だった。
異世界へ来た孤独感は自分がよく知っているだけに今夜は寂しいに違いない。こんな時こそ傍にいてやりたいが再会を求める人々の対応に追われて身動きが取れない状況だ。
いつもなら寄っていくノーサも気を利かせたのか自室へ戻って行った。
ロングコートを壁に掛けると、久し振りに自分のベッドに体を投げ出す。頭の後ろで手を組みしばらく天井を見つめていた。
それは空の部屋とは違う奥行きがある物だった。
トレスは突然身を起こして足早に部屋を出て行った。
街から少し離れた郊外にあるプレタの家は静寂に包まれていた。風で揺れる木々の音、虫の声、自然界のそれが却って空の眠りを妨げて眠ろうとすると余計に眼が冴えてしまった。
-今、何時だろう。
夜風に当たろうとそっと玄関へ向かい外へ出てみた。
月明かりが足元を照らして街灯なしでも充分なのでこの付近を散歩がてらにぶらつくことにした。
月夜の街を走り抜けてトレスは一目散にプレタの家を向かった。
馬で行けば速いのだが深夜に蹄の音は目立ち過ぎるので自分の足で行くしかない。
やがて、郊外の集落が見えてきたところでトレスの足がはたと止まった。
空の心情を想うとたまらず部屋を飛び出したものの、彼女が起きているという保証はどこにもないしプレタの家をうろつけばそのうち住人に気付かれてたちまち変質者扱いされるだろう。
-何やっているんだ、俺は。
来た道を帰ろうとした時だった。
深夜にも関わらずふらふらと彷徨っている影にトレスは腰に提げているであろう剣を弄るが部屋へ置いてきた事に舌打ちする。
気配を殺してその人物にそっと近付き背後から口を手で押さえたトレスは低い声で「動くな」と警告した。
もがいている人物は女らしく振り向かせるとそこには窒息しかけて顔を真っ赤にした空がいた。
「トレス!?」
「空か!?」
まさか、こんな時間にこんな場所で会えるとは夢にも思ってみなかった二人はつい大声で叫び慌てて各々の口を手で塞いだ。
「お前、なぜここに!?」
「トレスこそなんでいるの?」
今度は互いに声を潜めて話す。
「俺はその……警らだ」
「こんな夜遅くに? しかも歩いて?」
-うっ、こいつ痛いところ突くな。
「お前が心配で剣も取らず全速力で走ってきた」
とは言える筈もなく口ごもってしまった自分に毒づいた。しつこく追究する空にしまいには「俺の勝手だ」と開き直る始末である。
「すごい汗。ランニングしたみたい」
ふと懐かしそうな口ぶりの空に、向こうの世界で日課となっていたことを思い出したトレスも頬を緩める。
少し話そうか、と彼に誘われて近くにあったベンチに二人並んで腰掛けた。
改めて話すとなると言葉が続かず、結局は二人で月を眺めているだけとなるがそれでも空はこうして逢えただけでも満足だ。
ロングコートは羽織らず、きちっと首元を締めている襟を緩めているトレスを見ているとまた鼓動が速くなる。隣にいると時が止まる。あの頃のように……。
「ここで暮らすにはまず働き口を探そうと思うんだがどうだ」
ようやくトレスが口を開いた。
「うん。私も体動かしていた方がいい」
「お前は働き者だからな」
珍しく褒められて照れている空の頭に立ち上がったトレスが手を置いた。
「上手くいけば明日にでも城へ呼べるかも知れん。その時は迎えに来るから待っていてくれ」
頷いて空も腰を上げてプレタの家まで二人並んで歩いて行く。
月明かりで二人の影が乾いた道路に伸びて揺れている様子に空はふと思った。
-ひょっとして私に逢いに来たの? 心配だからこんなに汗をかいてまで走ってきたの?
仏頂面で口が悪いがさりげなく優しいトレスをまた好きになる自分がいた。そして、思い切ってこの間の告白の返事を聞く。
「ねえ、ここに来る時に言った私の台詞覚えてる?」
「台詞?」
生唾を飲み込み勇気を振り絞って大きく息を吸った。
「トレスのこと、す……」
「着いたぞ」
絶妙のタイミングでプレタの家の前に到着した空は張り詰めた糸がぷっつりと切れて脱力する。
「今夜は遅いから早く寝ろよ」
出た時と同じくそっと家へ入っていく空をトレスはドアが閉まるまで見送ってくれた。
隣に寝ているプレタを起こさないように足音を忍ばせて布団に潜る。
目を閉じると、汗をかきながら走って来てくれたトレスの姿や告白の返事とか悶々と湧き上がり、空の意識は冴え渡りついに一睡も出来ずに夜が明けてしまった。




