立場、逆転しました その2
馬を駆り城門の前までやってきたトレスの顔は緊張で強張っていた。
あのリバルバの言うことが本当ならこの城にいる誰かが自分と『奇跡の石』を狙っている。しかも、相手はここの人間を異世界へ送り込める力も持っている。その事実に自然と背筋が伸びて大きく息を吸って叫んだ。
「ティエラ・トレスが帰還した!! 女王様にお目通り願いたい!!」
「トレスが帰って来た!?」
その一報に銀色の髪の青年が剣術の鍛錬する手を止めた。
「間違いないのか!!」
彼はラヌギ・ノーサ、トレスの親友でもありライバルでもある。最高位の剣士として彼と共に近衛隊に所属しており、肩まである銀色の髪に蒼い瞳は穏やかな顔立ちによく合っている。
「はい。私も確認致しましたがご本人です」
-やはり、生きていてくれたか。
トレスが『時の泉』に身を投げる直前まで行動を共にしていただけに安否が気になっていたが、生きていると聞いて全身の力が抜けていくのを感じた。
「それで、彼は今どこに?」
「謁見の間です」
ノーサは額に光る汗もそのままに急いでその場所へ走って行った。
トレス帰還の話はたちまち城内を駆け巡り謁見の間には大勢の人々が集合した。
重厚な扉が開いてざわめく場をトレスは、左右に並んでいる王族達の一挙一動、表情など些細な反応も見逃すまいと神経を研ぎ澄まして前へ進む。
やがて、正面に鎮座する女王マリーナ・エデンローズに跪いた。
「ティエラ・トレス、只今帰還致しました」
「よく戻って来てくれました」
オバジーンの王女マリーナは十六歳と幼くして王位を受け継いだ。透き通る水色の髪は腰のあたりまで伸びており、光が差すと金色に見える神秘的な瞳の持ち主である。
「ラヌギ・ノーサから何者から襲撃を受けたと報告がありましたが心当たりは?」
「ありません」
即答だった。
ここへ来る際に自分なりに質疑を想定していたのが役に立った。
「あの後、行方不明になっていましたが今まで何処で何をしていたのですか」
幼くも凛とした声が響き渡る。
「崖から転落して流れ着いたところに異民族に助けれました」
七割は事実だが後の三割は、空との生活で随分と作り話が上手くなったとトレスは心の中で苦笑した。
そんな彼の嘘に微塵の疑いもなく純粋な瞳で見つめている幼い女王に罪悪感を抱くがこれも秘密を守る為やむを得ない。
「詳細は明日にでも聞くとして今日は休養を命じます」
おもむろに立ち上がったトレスが一礼するとコートを翻して部屋を後にした。
「話を聞かなくてよろしかったのですか?」
あれからまもなく謁見の間を出て自室へ戻るマリーナに側近の一人が耳打ちをした。
幼少の頃から仕えているこの側近は、マリーナがトレスを慕っているのを承知の上で提言した。
「ええ。彼は私の元へちゃんと帰って来てくれました。これからはずっと一緒です」
ほんのりと頬を赤く染めたマリーナが答えると彼はわずかに口元を上げて頷く。
「女王様のお心のままに」
謁見の間を出たトレスはこちらへ向かってくる銀髪のノーサを見つけて頬を緩ませた。
「よく無事で」
ノーサの力強い抱擁で心痛の深さを知ったトレスもまた力をこめて応える。
「きっと生きていると信じていたよ」
「心配掛けたな」
「近衛隊の皆も待っているから。早く顔を見せるといい」
二人並んで話しながら廊下を歩いていると、すれ違う侍女達は羨望の目で見ていた。
藍色の髪に銀色の髪、トレスが紫紺のロングコートに対してノーサのそれは純白である。穏やかな笑顔を浮かべているノーサの横でトレスは仏頂面と正反対の二人だが、言葉にしなくとも互いの胸の内は分かっている。
だが、そんな友でも『奇跡の石』や異世界へ行っていたことは伏せなければならない心苦しさをノーサは見逃さなかった。
「何かあったのか」
「リバルバ・フォリアという名を知っているか?」
しばらく考えて「いや、ない」と答えた。
「必要なら調べるが?」
「大したことじゃない」
そう言うとトレスが押し黙ったのでそれ以上はノーサも聞けなかった。
訓練場へ着いた二人の元へ、神妙な面持ちの美女が赤く長い髪を靡かせてこちらへ一直線に向かってきた。
フローラ・エバー、トレスの幼馴染で上級剣士の女性だ。
トレスの前で歩を止めて剣士にしておくには勿体ない白い両手で彼の頬を撫でて……。
むぎゅっ!!
「!!」
フローラに両頬を思いっ切り引っ張られた際にリバルバに殴打された顎の皮膚まで掴まれて、あまりの痛さにトレスは手を振り払うと涙目で怒鳴った。
「何、するんだ!?」
「……夢じゃない」
「俺で試すな!!」
茫然としているフローラと真剣に怒っているトレスについノーサは失笑する。
「まあまあ、フローラもすごく心配していたんだ。許してやれ」
切れ長のブラウンの瞳には涙が溜まり、きりっとした口元は歪んで必死に泣くのを堪えているフローラにトレスは軽く息を吐いた。
「すまなかった」
「トレス……」
「分かったから泣くな」
とうとう溢れる涙には勝てず子どものように泣き出したフローラを持て余しているトレスを見兼ねてノーサがハンカチを差し出す。
「全く、帰って来た早々罪作りな男だなあ」
「……」
先程は感動の再会ですっかり忘れていたがこの銀髪の親友は一言多いのだ。
ようやくフローラが落ち着くと、ノーサはこれまでの経緯を要約してトレスに伝えた。
「お前が消息を絶って、脱国しただの他の国へ亡命しただの噂が飛び交ったが、女王様が最後までお前を庇護して下さっていたよ」
マリーナがあの華奢の体を張って自分の立場を守ってくれたかと申し訳ない気持ちで胸が痛い。
「勿論、近衛隊はそんな噂信じていなかったがな。ところで、今まで何処にいたんだ?」
目を真っ赤にしたフローラの一言で、トレスは何かを思い出したのか近くにいた剣士を呼び寄せた。
「どうした?」
怪訝な顔のフローラに「ちょっとな」と、トレスにしては歯切れの悪い返事にノーサも首を傾げる。
-あいつ、感じが変わった……か?
しばらく説明を受けていた剣士が一礼して彼の元を離れた。
一方、空はプレタの部屋から街の様子を眺めていた。
-さすが異世界ね。髪の色も鮮やか。
オレンジや水色、金髪と目にも鮮やかで、こうして見るとトレスの藍色の髪など目立たない方である。
窓枠に頬杖をついて考えることはトレスのことだ。
-今頃、何しているのかな……。落ち着いたら迎えに来るって言ってたけど……。
玄関口で誰かと応対していたプレタが喜々として部屋へ入ってくるなり一通の手紙の封を丁寧に開け始めた。
一枚の便せんを彼女は一心不乱に読んでいる。
-誰からだろ?
好奇心で背後からそっと覗いてみるとなんとオバジーンの文字が読めるではないか。流れるような字体だが上手か下手かは判断し兼ねる。
《まだ状況を把握していない為、しばらく迎えに行けない。金銭を預けておくから世話を頼む。
ティエラ・トレス》
「トレス!?」
「トレス様!!」
二人の声が重なりプレタは勢いよく振り向いた。
「盗み見しないでよ!! というかこの手紙、私宛てなんだからあげないわよ!!」
口を尖らせると手紙を胸に抱いて死守するプレタだった。




