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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
38/70

立場、逆転しました

オバジーン編突入!!

空の奮闘と剣士としてのトレスにご期待下さい。

 頬を撫でるそよ風で意識を取り戻したトレスは、ぼんやりとした視界と感覚でしばらく体が動かせなかった。

 しかし、この空気は忘れようのない懐かしさで溢れている。


 -ここはオバジーンなのか? 俺は帰ってこれたのか……?


 おもむろに上体を起こすと、軽い眩暈がしたので頭を振って気分を一掃させた。

 ゆっくりと見渡す風景は見慣れた懐かしいものだが、確定するには情報が足りな過ぎる。

 急に空の存在を思い出して隣を見ると、互いの手がしっかりと結ばれていたので安堵した。

 何度か名前を呼ぶと「う…ん」と、唸って目を覚ました。

「……ここは?」

「恐らくオバジーンと思うが正直俺も自信がない」

 女性の空には時空の流れは負担が大きかったのか、まだ起き上がれずにうつ伏せになってトレスを見つめている。

「立てるか?」

 空が気だるそうに体を動かしたので、トレスも脇を抱えてやった。

 青々と茂った草むらに色とりどりの小さな花が風に吹かれて揺れていて、見上げると白い雲と青い空が何処までも広がっていた。その色は、彼女がいた世界よりも澄んでいる気がした。

 二人は並んで暫くここの風景に見入っていたが、トレスが口を開いた。

「この草原を抜ければ城下町へ行けるはずだ。状況も知りたい」

 神妙な口調だが生き生きとした表情のトレスに、空も頬が緩む。


 -やっと自分の世界へ帰れたんだもん。嬉しいよね。


 トレスの道案内で城下町の入り口までやってくると、空は目を輝かせてその街並みを眺めた。

「わあ、綺麗な街!!」

 レンガ造りの古い家が石畳の通りに整然と並んでおり、ヨーロッパの地方にある村を連想させるただずまいに思わず走り出すと、不意にトレスから腕を掴まれて細い路地裏に連れ込まれた。

 そのまま抱き締められて、空の胸の高鳴りは止まらない。


 -トレスって意外と大胆……。

 

 思い切って告白してみたものの、あんな切迫した状況だけに彼がどのように捉えたかは空も気になって仕方がない。

 しかし、当人は顔を通りに向けて警戒している様子に憮然とした。

「そんな恰好で歩いたら目立つぞ」

 指摘されて、改めて自分の姿とこの世界とのミスマッチに気付く。

 白いシャツにワインレッドのリボン、モスグリーンの生地に黒地のチェック柄と女子高生スタイルは、質素なデザインが多い街の人々から完全に浮いていた。

 先程抱き締められたのも、彼女を通行人の眼から隠すためと今頃になって理解する。

 そっと半分だけ顔を出して周囲を窺っていたトレスは、やがて知っている人物を見つけると石を拾って軽くぶつけた。

 最初は眉を顰めてきょろきょろしていた少女が、トレスを発見すると大きく口を開けて声を掛けようとした。

 トレスが唇に人差し指を当ててそれを制したので、娘はわざとらしく鼻歌交じりで路地裏へ近づいてくる。

「トレス様!!」

「久し振りだな、プレタ」

 躊躇いもなくトレスの胸に飛び込む少女に、空の心中は穏やかではない。

「心配したんですよ!! 城では死んだと噂されてて……」

 その厚い胸板に頬を擦りつけている間も、プレタと呼ばれた少女は隣にいる空を観察している。

 栗色の髪に白い肌、大きな瞳にふっくらした唇。


 -誰、これ!? 私とキャラ被っているじゃない!!


「この人、誰ですか……?」

 トレスに体を離されてやや不機嫌なプレタが尋ねると、返事に困惑している空の代わりに彼が答えた。

「俺の命の恩人だ。お前に頼みがある」


 -あれ? それだけ?


 あっさりと一言で関係を片付けられて、空は拍子抜けした。もう少し説明があって然りだが、ここは彼に任せるしかないのだ。

「なんなりと!!」

 プレタの目が輝いた。

「彼女の服と馬を一頭、調達してほしい」

 プレタは空の服装を見て「変な服」と、鼻で笑ったが今いち言葉が通じない空はきょとんしている。

「言葉が分かるか」

「う……ん、よく分からない」

 トレスが首からペンダントを外すと、空の首に掛けてやった。

「これでどうだ?」

 すると、今まで雑音と化していた通行人の話し声が鮮やかに聞こえてくるので、空が目を丸くした。

「分かるよ!! 凄いね」

 

 -でも、これって確かその世界の人を抱き締めて……。


 当時『奇跡の石』の力を借りるため、トレスに抱き締められた事を思い出して顔が上気する。そして、泉に飛び込む際に二人強く抱き合った光景にまたもや恥ずかしさで悶絶寸前になった。


 -うわ~、よくもまああんな大胆なことしたよ!! 穴があったら入りたい!! 


 一人でじたばたしていると、プレタが呆れた目でこちらを見ている。

「ちょっと、トレス様もう行ったわよ」

「へっ?」

 どうやら空が悶えている間に二人の会話は終わり、トレスは馬を取りに人ごみに消えていったようだ。

「こっちへ来て。まず、着替えなきゃ」

 人目を忍んで込み入った路地をすり抜けていくプレタに、逸れないように空も必死についていくと、ようやく一軒の家の前で足が止まった。

「早く、こっちへ」

 家の中を覗いて両親がいないのを確かめて、プレタが手招きする。

 二人は急いで部屋へ入ると、ドアを閉めたプレタがタンスから何枚か服を引っ張り出した。

「取り敢えず私の服着て」

 差し出された服を受け取り、タンスの影に隠れて着替え始めた空が申し訳なさそうに口を開いた。

「あの……」

「なに?」

「ちょっとサイズが小さいかな?」

「そんなに変わらないと思うけど、何処が小さいのよ!?」

「その、胸のあたりが……」

「それこそ、一緒くらい……」

 と言い掛けたプレタは、自分のわずかに膨らんだ胸と空のふくよかなそれを見比べて言葉に詰まる。


 -この人、何を食べたらこんなに胸が大きくなるのよ!? というかトレス様って巨乳好き!? 


 わざとらしく咳払いをして誤魔化すと、違うタンスから一枚服を取り出した。

「お母さんの服を貸すから後で返してね」

「ありがとう」

 少々気まずかったが、急いで別の服へ着替え直した。

 

 馬を連れてトレスが戻ってくると、空は恥ずかしそうに姿を現した。母親の物は大人っぽいタイトなワンピースで、爽やかな白に緑色のリボンで腰のくびれを強調しているデザインだった。

 似合っている、とトレスの一言で空の頬がたちまち赤く染まる様子にプレタは口を尖らせる。

「それ、早く返してね」

「すまない。今手持ちがないから城へ戻ったら改めて礼をする」

「お礼はいいです!! こうしてトレス様にお会いできただけで」


 -私の時と態度が違う……。


 今度は言葉が理解できる空は、自分とトレスに対するプレタの非対称的な態度に憮然とした。

「俺はひとまず城へ行く。状況が分かり次第迎えに来るから、それまで空を頼む」

 ええっ!! と不平を洩らすも慕っている彼の頼みでもあり、また会える確約にもありつけるとあって渋々承諾する。

 ロングコートを翻して、颯爽と馬に跨ったトレスは人ごみをかき分けていった。


 -トレス、カッコいい!!


 自分のいた世界ではクロスバイクに乗っていたが、それとは比較にならない迫力と雄々しい姿に見惚れていると、プレタから腕を引っ張られた。

「あなた、トレス様とはどういう関係!?」

「どういうって……」

 向こうではかなりいい雰囲気だったと思うし、こちらへ来る間際に告白もした。だが、空は肝心なことを忘れていた。


 -トレスの気持ち、聞いてない!!

 

 そう。全ては空の想像でしかならないのである。茫然としている空の隣で、わめいているプレタの声が遠くに聞こえた。

 

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