一緒に生きる道
リバルバを見下ろしながらトレスの脳はこれまでの情報を整理していく。
『奇跡の石』にはまだ自分の知らない力が秘められていて、ティエラ家は代々それを護る『番人』であること。この石を自分が持っていることで時空を超えても生きていられたこと。王族の一部の者が謀略を企てていること。
そして、オバジーンに還らなければならない事実……。
更に詳しく問い詰めようとした次の瞬間、トレスは信じられない光景に目を疑った。
「どうやら時間がきたようだな」
リバルバの両足が黒い霧状となって空中に散っていく。
彼が言った通り、『奇跡の石』を持たない男達のタイムリミットを迎えていた。
「待て!! 話はまだ済んでいない!!」
「話? 話はとっくについている。貴様の心も既に決まっているはずだ」
黒い霧はゆっくりとリバルバの胸まで迫っていた。彼は倒れている部下たちの体が同じく黒い霧と化している姿に目を細めて呟く。
「せめてあの者達だけでも帰してやりたかった……」
部下に向けたリバルバの優しい眼差しにトレスは言葉を失い、徐々に空気と同化する彼をただ凝視するしかなかった。
やがて、全てが消えて恐ろしいほどの静寂が辺りを包むとようやくトレスは空の居る方向に歩いて行く。
空は思わず彼に駆け寄ってその胸に飛び込んだ。一緒にいなければこんなにも時間が長く不安なのかと思い知らされる。
「よく頑張ったな」
トレスはそっと彼女の耳元で囁いた。
-頑張ったのはトレスの方だよ。
紫紺のロングコートは埃と砂で白く汚れ、リバルバから肘鉄を受けた顎は赤く変色している。
「あの人達はどうなったの?」
「この世界にはそう長くいられなかったらしい」
「……死んだの?」
自分の頭より高い位置にあるトレスの顔を見上げると切ない眼で返された。
「これからどうする?」
言った後に空はひどく後悔した。リバルバという男が言っていたようにもうトレスが取るべき道は決まっているに違いない。
トレスはゆっくり体を離して空を見つめた。
分からない、とぽつりと言うと彼女の手を握って廃墟の出口目指して歩き始めた。
深夜、手入れされていない伸びきった雑草をかき分けるように二人は歩いていた。足元は満月の光で不自由はない。
その間もトレスは無言で空は話すタイミングを失い黙って手を引かれていた。堅く大きいその手は温かくすっぽり包まれて気持ちが落ち着く。
-何を考えているの? やっぱりオバジーンへ帰るの?
訊きたいことは山ほどあるが全て否定的な結論しかない気がして言い出せずにいる。
実際、トレスの戦いを目の当たりにして剣士として凄さも実感した。彼はオバジーンでかけがえのない存在で、むこうの世界にも彼の帰りを待っている人達がいる。
-私はどうすればいいの?
やっと草むらを抜けて整備された道路に出るとトレスの足が止まり名前を呼ばれたので彼の前にやって来た。
「この辺りに泉はあるか?」
静かに、だが何かを決心した強い声に返事を躊躇していると藍色の瞳をこちらへ向ける。
「あるんだな?」
案内を頼むと空が頷いた。その表情は哀しげだったがトレスは敢えて気付かないふりをして彼女を促してまた歩を進めた。
その場所は意外にも廃墟とそう遠くはなかった。
鬱蒼とした林の奥にある泉は何処か『時の泉』と雰囲気が似ているのは、ここがオバジーンと繋がっていると知ったからだろうか。
「……オバジーンへ帰るんだね」
空の口から出た言葉はもはや疑問ではなく確認に近い。
答えは解りきっているのに訊かずにはいられなかった。そして、トレスの沈黙がそれを肯定した時、空の心も決まった。
「一緒に行こうって言ってくれないの?」
気を許せば口から零れ出る台詞をトレスは唇を噛んで耐えていた。人間の最も醜い感情が渦巻いている向こうの世界に彼女の世界を捨ててついてこいとはどうして言えようか。
未知の世界で新たに人生をやり直す苦労を誰よりも自分が分かっているだけに軽々しく口に出せない。
苦悩した末に出した決断が独りでオバジーンへ行くことだった。
そんな彼の気持ちを察したのか空は明るく笑う。
「平気だよ。結構私って逞しいから」
-そうだ、お前は何処へ行ってもやっていける。だけどやはり言えない。
「よく聞いてくれ。俺とて無事に帰れるか保証はできない。仮に戻れたとしても今度はお前がこの世界に帰れないかも知れない」
そんなことは百も承知だ。それでも、トレスと一緒にいたい。好きな人の傍にいたいというささやかな願いも叶えられないというのだろうか。
「私、トレスが好き……」
胸に秘めた想いが言葉となった時、トレスは驚いた顔で空を見た。
「これだけじゃダメ? こんな理由じゃトレスの気持ちは変えられない?」
大きな瞳から涙が溢れた。滅多に流さないそれにトレスの胸が締め付けられる。
長い沈黙が続いた。二人の間に風が吹き互いの髪が乱れるがそのまま見つめ合い、やがてトレスが頬を緩ませた。
「一緒に行こう」
トレスが差し出した手を空が掴むと引き寄せて紫紺のロングコートにその体を包む。
トレスの背中に回した空の手が微かに震えている。
「俺がついている」
耳元で囁かれた低い声が空の不安を払拭する。
堅く抱き合った二人は静かに目を閉じて満月が映る泉へ身を投じた-




