護るべきもの その2
「面白い。その言葉、確かめてやろう」
男が腰の鞘から剣を抜き空の喉元に突き立てると、トレスが叫ぶ。
「待て!! 石はくれてやる。だから、空を離せ」
「ダメ!! 早く逃げて!!」
男の手を振り切ろうと暴れる空を、トレスは首を横に振って制した。
「石を持ってこちらへ来い」
「空を離すのが先だ」
トレスが首からペンダントを外して顔の前に掲げると、男も空から離れた。
ゆっくり両者は歩み寄り、手に握られているペンダントを男が掴もうとした時だった。
トレスが高々と放り投げて、一同がその軌道を目で追う隙に男のみぞうちに鞘がめり込んだ。激痛に思わず膝が沈む男の背中を踏み台にして、宙を彷徨う部下の腕より更に高く跳び上がったトレスがそれを掴む。
この一連の華麗な動きを、まるでアクション映画でも観ているように空の目には映っていた。
ロングコートの裾がひらりと舞い、軽やかに着地したトレスはすかさず剣で縛られた空の紐を切った。
「俺の傍から離れるな」
顔は敵を見据えたまま囁くと、空は返事の代わりに差し出された彼の手を強く握る。
「貴様、よくも……!!」
足蹴にされて尚もペンダントまで手に入れられなかった屈辱に、血相を変えた男が鋭く睨んだが、藍色の瞳も正面から受けて立つ。
男の合図に、数人の手下達が二人を囲んだ。あの公園の乱闘から人数が増えていないのは、増援が見込めないせいのか。
走り出した二人を一斉に剣士達が追っていく。その様子を男が忌々しく見つめていた。
追手に気配を意識しながら出口を探すも、空の息遣いが次第に荒くなる。鍛えられたトレスとは体力に差があり過ぎるのだ。
機材の影に隠れると、トレスは素早く息を整えたが、空はしゃべることもできないほど乱れていた。
「ここは俺が食い止める。その隙に逃げるんだ」
「捕まったら向こうの世界へ帰されるかも知れないんだよ!!」
「どういうことだ」
「あの人が言ってた。トレスと石は一対だって」
-『奇跡の石』だけでは成り立たないということか。
そう考えれば、あの男がすぐに殺さないのも『時の泉』に身を投げて命が助かったのも頷ける。
「もう独りは嫌なの!!」
空の悲痛な叫びに、トレスは弾かれたように振り向いた。
-そうだったな。一緒にいると約束したんだったな……。
精一杯の力を込めて握った手を離そうとしない空に、優しく諭す。
「俺は何処にも行かない。だから、手を離してくれ」
-ずるいよ……。こういう時だけ優しくしないで……。
「このまま逃げて奴等に怯える日々が続けば、お前の笑顔が見れないだろう?」
仏頂面のトレスが今までにない優しい微笑みを浮かべたので、空はつい手を離してしまった。
小さく笑ったトレスが静寂の闇へと消えていくのを、ただ見送ることしかできなかった。
トレスは柱に身を隠して、高い位置にあるガラスが割れた窓から漏れる月明かりを頼りに辺りを窺う。
相手は剣士と主格のあの男を含めて五人、いずれも凄腕でまともに組合ったら苦戦を強いられる。
不意に上から降ってくる殺気に、トレスは頭上に剣を掲げてそれを阻止した。
キイィィン!!
互いの剣が激しくぶつかる金属音が耳を劈く。
鍔迫り合いで近付いた相手を蹴り倒した。音を聞きつけた男達がこちらへ向かってくる足音に、トレスは舌打ちをする。
相手に突進して真横に振られた太刀筋を、膝を折って滑りながら紙一重で交わしたトレスが素早く反転して背後から斬りつけた。
-二人目!!
機材の物陰に蹲る空の耳にもぶつかり合う金属音が届いていた。
彼なら大丈夫、そう信じていても空の心は落ち着かず「逃げろ」という彼の指示を無視してたまらず立ち上がった。
空なりに周りを警戒しながら音を辿って廃墟を彷徨っていると、声がしたのでそっと様子を窺うと、藍色の髪を振り乱して軽く息を荒げたトレスと主格の男が対峙していた。
「お前の名は!?」
「そうか、まだ名乗っていなかったか」
男は意外そうな顔をした。
「私の名はリバルバ・フォリア」
わずかに記憶に響くその名前に、トレスは思い出そうと男を凝視するが途切れてしまう。
「俺を『番人』と言っていたな」
「『奇跡の石』を代々受け継ぐティエラ家の人間をそう呼ぶのだ。そして、その存在は王族でもごく限られた者しか知り得ない」
何かに気付いて目を見張るトレスに、男は嘲笑した。
「貴様が忠誠を誓っている王族も一枚岩ではないようだな」
-王族の誰かが俺を売ったというのか!?
トレスの動揺は藍色の瞳にも現れて、更に男は言葉を続ける。
「いずれにせよ、貴様はオバジーンに戻らなければならない運命にある」
「なんだと!?」
「あの方は非情だ。貴様がここへ留まる限り刺客を送り続け、オバジーンにおいては貴様に関わる者達も殺していくだろう」
-もし、それが本当ならノーサや近衛隊、養父まで手に掛けるというのか。
つまり、トレスは両方の世界に人質を捕られているのだ。
これ以上の問答は無用とばかりに、リバルバが剣を抜き身構える。
「真実が知りたいなら私を倒せ」
間合いを計り、地面を蹴っての初太刀はほぼ同時だった。
火花が飛び、相打ちになると二人は遠間に退き構え直して再び相まみえる。
剣を薙ぎ払われたトレスは、リバルバの肘鉄が顎に入りふらついたところへ回し蹴りで蹴り飛ばされた。
「トレス!!」
空の叫び声に見向きもせず、ゆっくり立ち上がったトレスは口端に流れる血を手の甲で拭う。
ぐっと柄を握る掌に力を込めて、こちらへ突進してくるリバルバの剣を受け流すと、二人の影が重なった。
鍔迫り合いで互いが接近すると、トレスが訊いた。
「この石にどれほどの力がある!?」
「それも私を倒してからだ」
忌々しくトレスは舌打ちしてリバルバの体を押しやると、先程の仕返しとばかりにリバルバの胸を蹴り返して転倒させることに成功した。
起き上がろうとする彼の額に、剣先を突きつけた。
「こちらの質問に答えてもらうぞ」
暫く間が空き、リバルバの口が開いた。
「いいだろう」
「どうやってここへ来た!?」
「正確には貴様に導かれたといった方が正しい」
リバルバのグレーの鋭い眼光が光る。
「番人でもない私達が、ここに留まれる時間は限られている。あの方の力と貴様の存在が我々を連れて来たのだ」
「そいつは誰だ!?」
「それは言えんな」
トレスの剣先が更にリバルバに近付くが、彼は眉すら動かさず見据えていた。
「俺はどうやったら戻れる!?」
「番人である貴様が身を投じる所は、全てオバジーンへ繋がっている」
-トレスがオバジーンに戻れる……?
二人のやり取りを、近くで聞いている空の心臓が激しく波打つ。




