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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
それぞれの分岐点
35/70

護るべきもの

 今日もまたバイトの帰りに空とトレスは肩を並べて歩いていた。

「自転車の方がよかったんじゃないのか?」

「たまにはいいじゃない」

 まだ追手の正体が判明しない以上少しでも危険性は減らしていきたいが、今夜はどうしても歩いて帰りたいと空が言って譲らなかった。

 周囲を警戒して眼光を鋭くしているトレスの横顔は精悍で頼もしい。

 二人の関係は依然として変わらないが、トレスの眼差しが少しだけ優しくなったのを空は感じていた。

 視線を感じた彼がこちらを見る。

「怖いか?」

「ううん。ほら、月が綺麗」

 空が指差す方向に目を向けると美しい満月が夜の空に輝いていた。

「ああ」

「オバジーンの月もこんな感じ?」

「そうだな、もう少し赤かった気がする」

「赤い月か……」

 感慨深く眺めるトレスに空も同調する。

「俺はこの世界の月が好きだ。そして空も」


 -今、何て言った? 私が好き……?


 突然の告白に空の心臓は全速力で駆け上がる。

「向こうと変わらないが場所によって違うだろう? おい、顔が赤いぞ」

 暗闇でも分かるほど空の顔は上気しているらしい。

「だって、今……」

 怪訝な顔していたトレスがようやく自分の言葉に勘違いしていることに気付いて呆れた口調で言う。

「お前じゃない。天の空だ」


 -あっ、この台詞前も聞いた気がする。


「わ、分かってるよ!!」


 -ええっ!? いい感じと思っていたのは私だけ!?


 すかさず反論したが動揺は治まらず俯いた空は、口角をわずかに上げたトレスに気付かなかった。


 そんな二人の様子を気配を消して遠くから見つめている人物がいた。

「そろそろ決着をつけようか、ティエラ・トレス」



 登下校は空は一人で帰ることにした。彼が同行して追手を刺激させたくないし、学生が大勢いるところでは手出ししないとのトレスの見解だ。

「いいか。極力人がいる所にいろ。一人になったら店の中に入って電話するんだ」

 幾つか助言して藍色の目が真剣さを増してくる。

「もし、連中に捕まったら逆らうな。じっと機会を待つんだ」

 ゆっくり空が頷いた。

「『奇跡の石』のありかを訊かれたら俺が持っていると言うんだ。そうすれば、お前に危害を加えることはない」

 万が一の場合を想定したトレスの話に空は唾を飲んだ。その様子を察した彼が空の頭に手を置く。

「大丈夫だ。最高位の剣士の名に懸けてお前を必ず護る」

 大きく剣だこで堅くなった掌の感触に絶対的な信頼を寄せた。


 気が付いたら人がまばらになっていたので慌てて辺りを見渡してコンビニを探すもこんな時に限って店が見当たらない。

 焦った空が鞄から携帯電話を取り出してトレスを呼ぶ。

「トレス? ……うん、……うん。それじゃあ、走って……」

 会話の途中で不意に背後から手で口を塞がれてもがいている空の手から男が電話をもぎ取った。


「空? 空!!」

 急に声が途切れた空に不安を感じて叫んだ。

『ティエラ・トレスだな?』

 数回しか交わしたことのないがはっきりと分かるあの男の声にトレスは身を固くした。

『手荒な真似はしたくなかったが、我々も悠長にしていられないんでね』

「石は俺が持っている。彼女は何も知らない」

 電話の向こうで男が嘲笑しているのが聞こえたが、トレスは慎重に言葉を選んで男を打診する。

『取引といこうか。娘は預かっておく。貴様は石を持ってくるんだ』

「分かった。四王坂に廃墟がある。場所は彼女が知っている。時間は夜の十二時」

 連中は恐らくこの世界に来て日が浅くこの町の地理もまだ詳しくないと踏んでの決断だった。これなら空を案内人として自分を誘き寄せる餌として生かしておくに違いない。

 暫く間が空き男が「承知した」と言うと空に代わるよう頼んだ。

『トレス……』

「今の会話聞いていたな?」

『うん』

「もう少しの辛抱だ。頑張れるか?」

『うん』

 かすかに震える彼女の声。無理もない。いきなり襲われて心細いだろうが空に託すしかない。

 更に続けようとしたが向こうから電話を切られてしまった。

 トレスは険しい表情でクローゼットの扉を開けた。



 約束の刻限、空の案内で指定された製材所跡の廃墟に追手達は集まっていた。

 日中でも薄暗く廃れた雰囲気を漂わせているこの一帯は、夜が更けるにつれて一層不気味さを増した。

 取り壊す予算がなかったのか数年にわたって放置されていた建物は壁は崩れかけて機材は埃にまみれている。

 後ろで両手を紐で縛られた空は男に突き飛ばされて地面に倒れ込んだ。

「娘、あの男の女か?」

 空の小さな顎を掴んで無理矢理こちらを向かせると大きな瞳で睨みつける。

「オバジーンでは冷酷な人間だったが随分と飼い馴らされたようだな」

「トレスは優しい人よ。今も昔も!!」

 一瞬男の眉が上がったが、すぐに冷ややかな目で空を見下ろした。

「お前はこの状況が怖くないのか」

 言われてみれば恐怖はない。事前にトレスから助言されたのもあるが藍色の髪の剣士を信じているから……。

「どうして彼を狙うの? 石だけ奪えばいいじゃない」

 石のことは知らない設定だったが、少しでも情報を集めてトレスの役に立ちたいという思いが裏目に出てしまった。

「石とトレスは一対だ」

「命を狙っていたでしょ!?」

「仮にも最高位の剣士だ、あの程度では死なんよ。お前もこのことは知っているのだろう?」

 相手の真意を探ろうにも知識がない空にはこれが限界だった。

 男が後ろをおもむろに振り向きにやりと笑う。

「どうやら、お前のナイト《騎士》が来たようだ」

 男が体を開けると、月明かりに照らされたトレスが立っていた。

 初めて会った時と同じ、紫紺のロングコートを身に纏いいぶし銀の剣を腰に差しているその雄々しい姿に空の口から感嘆の溜息が漏れる。


 -やっぱり、トレスはこの格好が一番似合ってる……。


「覚悟を決めたか」

 男もまた彼の姿に生死を懸けた決意を知る。

「お前に訊きたいことがある」

 トレスの低い声が廃墟に木霊した。

「何故、この世界へ来れた?」

「成程、確かに疑問に持って当然だ。こう上手くいくとは正直、私達も驚いているよ」


 -ここへ来れる確証はなかったのか!?


 目の前の男の表情、言動を見逃さぬよう神経を張り巡らす。

「では、逆に訊こう。何故、貴様はこの世界へ辿り着けた?」

「どういう意味だ」

「時空を超え生死すら定まらない禁断の泉に飛び込んだ貴様はどうして生きている?」

「それは偶然……」

「本気でそう思っているのか」

 トレスは言葉に詰まった。頭の片隅に引っ掛かっていた疑問を見透かされた気がしたのだ。

 そんな彼の様子を空は不安げに見つめている。

 男は突然大声で笑い出したので皆一斉に注目した。

「番人のくせに何も知らないのだな。いや、知らないのも無理はない」

「なんだと!?」


 -この男は何を知っていると言うんだ。


 思わず生唾を飲み込む。

「そもそもこの石にそんな力があるとは思えんな」

「異民族との意思の疎通が瞬時に可能になる……か。確かにそれだけでは命を懸けられない」

 男が座り込んだ空の腕を掴み荒々しく立たせた。

「異世界の女に飼い馴らされた貴様には分かるまい」

「空に触るな!!」

 鋭い怒号に男が一瞬たじろぐがまた薄笑いを浮かべる。

「石は渡さない」

「ではこの娘を見殺しにするか」

「空も渡さない」

 男は口を歪ませて初めて不快感を露わにした。

「減らず口を!!」

「俺は最高位の剣士だ。護るべきものは必ず護る」

 藍色の瞳が強い光を帯びて剣士としてのティアラ・トレスを呼び起こす。













 

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