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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
それぞれの分岐点
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決断は切なく その2

 翌日、空と美紗子は空港のロビーにいた。

 平日でも利用客は多く、ぼんやりしていたらいつの間にか美紗子と逸れてしまったほどだ。

「搭乗手続きしてくるわね」

 頷く空の目は泣き腫らして赤かった。

 目の前を行き交う人々を眺めているとトレスと出逢った頃が鮮やかに甦ってくる。


 -あの時はびっくりしたなあ。急に現れるんだもん。


 異世界から来たという彼に翻弄されながら過ごした日々も時が経てばいい思い出に代わるだろう。

 昨夜、トレスから感謝以外の感情はないと告げられたあの寂しさ、哀しさもいつかは消えてなくなるだろうか。

 淡く脆くそれでいて大切な初恋も……。


 -初恋か……。相手が異世界の剣士とは我ながらとんでもないよ。


 しかし、その相手が彼でよかったと思う。  

 

 

 空がいなくなった部屋でトレスは壁に寄り掛かって座っていた。

 心にぽっかりと穴が空いて虚脱感に見舞われる。

 未練が残らぬようにと心にもない言葉で彼女を傷つけた後悔が今になって押し寄せる。


 お前には感謝している。それだけだ。


 一瞬空の目が揺らいだのを見逃さなかったが、どうすることも出来ず拳を固く握って耐えるだけだった。

 出逢った頃から空の明るい笑顔に幾度も救われた。

 過去に戻れない自分に絶望し、未来へ進めない自分に躊躇していた時に空が手を差し伸べてくれた。そして、その手を取って今日まで生きてきた。

 栗色の髪を揺らして白い頬をほんのり赤く染めながらきらきらした大きな瞳で見つめている空が脳裏に浮かぶ。

 ふと手の甲に雫が落ちた。

 涙だと気付いたのは暫くしてからだ。両親が殺された時だけ流したそれを異世界の少女との別れでまた頬を伝うとは自分でも驚いた。

 空への想いと共に溢れて止まらない。


 -自分で決めたんじゃないか、ティエラ・トレス!!


 自分の名を呼ぶあの元気な声が聞きたい。



 どのくらい時間が過ぎたのだろうか。

 テーブルに置いていた携帯電話の着信音で目が覚めて初めて自分が眠っていたことに気付いたが、取る気もせず放っていると切れてしまった。

 ぼんやりと目の前に見える玄関を眺めているとドアのノブが動いたので慌てて涙を腕で拭った。

 追手がこの部屋まで嗅ぎつけたのかと緊張が走り、そっとドアに身を寄せて息を殺す。

 ノブが大きく動きドアが開いた瞬間……。

「きゃああ!!」

「!!」

 顔が至近距離まで近づいてその人物に驚愕する。

「空!?」

「……ただ今」

 とっくに出国したと思っていた空が目の前で照れ臭そうに笑っている事実にトレスはひどく困惑した。

「何故ここに!?」

「忘れ物を取りに……」

「戻ってくるほど大切な物なのか」

 あなたという忘れ物を取りに来た、と言ったらどんな顔をするだろうか。

 

 空港のロビーで待っている間にトレスと過ごした時間を思い出していると、智美達の会話が脳裏に浮かぶ。


 ほんとに後悔しないんだね?


 あの時自分はなんて答えたのかちゃんと覚えている。

 最初は腹が立ったがトレスを信じていると言っておきながら、彼の不器用なまでの策に心惑わした自分に嫌悪感を禁じえなかった。


 -彼が何者でも構わないじゃない。私は目の前のティエラ・トレスが好き。口が悪くて自信家で仏頂面だけど優しくて頼もしい彼が好き!!


 

 ふっと空の細い体がトレスの力強く優しい抱擁に包まれた。彼の体温が服を通して伝わり身も心も落ち着く。

「ひょっとして泣いてた?」

 トレスは体を離していつもの仏頂面に戻った。

「泣いていない」

「目が赤いですよ、ティエラ・トレス君」

  傷つけた報復なのか意地悪い笑みを浮かべて覗き込む空に顔を叛ける。

「人のこと言えるのか、蒼井空」

 フルネームを呼び合う二人の胸は弾み自然と笑みになった。

 

 空が淹れてくれたコーヒーの前に、トレスは彼女を遠ざけた理由を打ち明けた。

 お前を危険に晒すことよりも剣士としての残忍な自分を知られるのが怖かった、と……。

「ありがとう」

「えっ?」

 今の話から不釣り合いな言葉にトレスが怪訝な顔をした。

「この『有り難う』には二つあるんだよ。正直に話してくれたのとそこまで私のことを想ってくれたこと」

 いつでもこの栗色の髪の少女はいい感情に持っていくお人好しである。

「人それぞれの生き方があるんだから私はトレスを嫌いになったりしない。剣士のトレスをちゃんと受け入れる」

 

 -そうだったな。お前は初めから異世界の俺を疑いもせずに受け入れてくれた。

 

「俺からも礼を言う。ありがとう」

 頬を染めた空が嬉しそうに頷く。

「ところで、美紗子さんは放っておいていいのか?」

「そ、それは……」

 触れてほしくなかったのか身をよじらせている。

「そういえば、さっき電話が鳴ったが」 

 思い出して携帯電話を開くと美紗子からのメールだった。


 《私を利用してお互いの気持ち、確かめているんじゃないわよ!! この借りは高くつくから覚えてなさい!!》


 飛行機に乗る寸前で空が行かないと駄々をこねたか、ひょっとしたら美紗子はこうなることを予測していたのかも知れない。。

「誰から?」

「美紗子さんだ」

 アメリカ行きをドタキャンした気まずさに空は顔をしかめた。

「うわ~、なんて?」

「体に気をつけろと書いてある」

「それだけ? 怒ってなかった?」

 メールを見せれば済むのが、こんな内容を当人に見せられるはずもなく咄嗟に嘘をついてしまう。

「ああ」

 よかった、と空があっさり信じたのでトレスも安堵した。

「その……、ほっぺた痛かった?」

 と、恐る恐る訊いてきたので無言で頷くと空は「ごめんなさい!!」と、勢いよく頭を下げた。

「俺が先に約束を破ったんだ。これでチャラだな」

「うん」

「針を千本飲まなくて済む」


 -えっ? 本当に飲むと思ってたんだ……。


 何処までも真面目な彼に空は失笑した。

「何笑っているんだ!?」

「ん? トレスらしいなって」

「だから、何が可笑しいんだ!?」

 先程の雰囲気はどこへやら、結局二人で言い合いになってしまったがそれでもいいと思っていた。

 

 


 





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