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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
同棲?同居?それが問題だ
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その6

 ある日の土曜日、トレスは近所のディスカウントショップに来ていた。

 そこでバイトをしている空から数量限定の自転車を購入したから取りに来てくれとの電話が掛かって来たのだ。

 初給料で空に夕食を奢った帰り道、自転車を買おうかという話になってあれこれ探している最中だったのでトレスの足取りも軽い。

 店内へ入ると、整然と並んだ陳列棚と広々とした空間に戸惑いながら空の姿を探している時だった。

 商品を棚に並べている見覚えの男性の店員を凝視する。


 ーあれは確か、空と話をしていた奴じゃないか?


 トレスがこの世界へ来た当初、突然キレた空が部屋を飛び出したことがあった。夜も更けてきたというのになかなか帰ってこない彼女を心配してアパートの外へ出た時にこの店員と空が楽しそうに話しているのを目撃した。

 身長はトレスと同じくらいだろうか。穏やかな顔立ちと柔らかい物腰はオバジーンの親友を彷彿とさせる。

 その人物の名前はラヌギ・ノーサ。銀色の髪を持つ剣士で、階級はトレスと同じ最高位だ。女王マリーナ・エデンローズの近衛隊に同時期に配属された二人は対照的な存在にも関わらず行動を共にすることが多かった。

 一言多いのが気に入らないが、戦場においては誰よりも頼りになり心強い友である。


 -俺が死んだと気落ちしていなければいいが……。


 感慨深くしていると、店員がこちらに気付いて声を掛けてきた。

「何かご用でしょうか」

 爽やかな笑顔が悔しいほど似合う。

「いいえ」と一言で済むのだが、こういう状況に慣れていないせいか躊躇している。


「トレス、遅いなあ」

 黒のクロップドパンツに白いTシャツの上からここのユニフォームでもある紺のエプロンを付けた空が彼の到着を今かと待っていた。

 傍らにはオレンジのクロスバイクが置いてある。

 広告の品で値段も手軽だが数量限定の為、バイト時間よりも早く来て並んで購入した。


 ー喜んでくれるといいなあ。絶対お得だよ、この自転車。


 だが、肝心のトレスが来ない。仕方なくまた電話をしてみる。


 戸惑っているトレスのシャツから携帯電話の着信音が鳴ったので、店員は一礼して彼の元を離れようとしたが次の一言で足を止めた。

「あっ、空か」


 -空? 空ちゃんの知り合い?


 店員の柳井が振り向くと、既に自分と同じくらいの背であろうトレスの後ろ姿しか見えなかった。

 最近、会う度に楽しそうにしている。あの夜を除いては……。


 -彼氏でも出来たかな? 


 ずっと一緒に働いて、妹のような存在でもあり今では一人の女性として接してきた柳井にとっては複雑な心境である。


 携帯電話片手に教えられた通路へ行くと空が同じく電話片手に手を振った。

 これ、と体を開けてオレンジ色のクロスバイクを見せるとトレスの藍色の瞳が輝く。

「へえ。これか!!」

 まるで玩具をプレゼントされた子どもみたく自転車の周りを歩いて眺めている姿は少年だ。

「私はまだ帰れないけどこれに乗っていく?」

「ああ」

 即答である。

「スピードは出さないでね。信号は守ること。それと……」

 更に空の注意事項は続くが今回は彼も真剣に聞いていた。

 やがて、早速自転車で帰るトレスを見送ると柳井がやって来た。

「空ちゃん、店長が呼んでいるよ」

「分かりました」

「意外だな。クロスバイクなんて乗るんだ」

 本当は空の物ではないと今先知ったのだがつい意地悪く訊いてしまう。

「と、友達のお兄さんに頼まれて」


 ーまた『友達のお兄さん』か……。君はいつもそうなんだね。


 あの大きな純粋な瞳に見つめられるともうこれ以上何も言えない柳井は軽く息を吐いて空の頭を撫でる。

「早く行かないと」

「はい」

 柳井の横をすり抜けて空は駆け出した。



 ディスカウントショップを出たトレスは空の言い付けを守りつつサイクリングを楽しんでいた。

 といっても、方向音痴なので取り敢えず見覚えのある風景を頼りに軌道修正していく。

 風を切る音は馬に乗ったそれと似ていて心が落ち着いていくのが分かる。

 そして、アパートに着いたのは日没だった。部屋には一足先にバイトから戻って来た空がいた。

「早速サイクリングしてきた?」

「会社まで行ってきた」

 珍しくご機嫌な彼だが、空を見て何かを思い出したらしくまた仏頂面に戻ってしまった。

「あれ、道に迷った?」

 空が怪訝な顔で訊く。

「……今日、あいつに会った」

「あいつ?」

「この前、アパートの前でお前が話をしていた男だ」

 この前っていつ?、と記憶を手繰ると柳井に辿り着いた。

「ああ、柳井さん?」

 トレスが頷いたので空がいきなり声を上げた。

「嘘!? あの時いたの?」

 まさか、あの現場を見られていたとはこの瞬間まで思いも寄らなかった。

「いたらまずかったのか!?」

「そういうわけではないけど」


 ーだから、クロスバイク乗るのかって聞かれたんだ。


 今になって柳井の含みのある台詞に気付いて額に手を当てた。 

 そんな彼女の様子に面白くないトレスが小声で呟く。

「あいつとどういう関係なんだ」

「ん? なに?」

 聞き直すと今度は「なんでもない」と口を噤んでしまった。


 -あいつと空がどういう関係か俺の知ったことではない。

 

 そう自分に言い聞かせたものの妙に心が騒ぐ。



 時を同じくして、一人の女性が国際空港から降り立った。

 豊かな黒髪は緩やかに肩のあたりで巻いており、顔の半分が隠れる大きなサングラスをしている。一本の棒が入っているかのようにぴんと伸びた背筋はハイヒールのせいではなく、彼女の毅然とした人生を表しているかのようだ。

 待合室のソファに腰掛けるとスマートフォンを取り出して何処かに連絡をしている姿は迫力があり、通り過ぎる旅行客や外国人までこちらを振り向いている。

「今、日本に着いたわ。……その件はあなたに任せるとして先方には休暇から帰り次第こちらから連絡すると伝えて」

 通話が終わると大きく息を吐くと暫く行き違う人を眺めた。

「何処も人が多くて嫌ね」

 すらりとしたスラックスの脚を組み直してミネラルウォーターを喉に流し込むと立ち上がって人ごみに紛れて行った。


 

 

 



 

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