最強の叔母、現る!!
ガチャッ
ドアの鍵が開く音で居間で眠っていたトレスの目がおもむろに開いた。
ベッドを見やると空は寝息を立てている。
起こさぬよう静かに立ち上がったトレスは気配を消して玄関のドアに身を寄せる。
そっとノブに手を置き、動いた瞬間にタイミングを合わせて勢いよく開けると不審者の腕を掴み玄関へ引き込んだ。
「痛い!! ちょっと何するのよ!?」
女らしき声が悲鳴を上げたのでトレスが背後から口を塞いで低い声で囁く。
「大人しくしろ」
彼の常人離れした動きに観念したのか女が頷いたので口から手を外した。
「あんた誰!?」
「お前こそ何者だ!?」
二人の押し問答が続くと、やがて部屋の灯りが点いた。この騒ぎに空が起きてきたのだ。
「どうしたの?」
「来るな」
鋭いトレスの声に足が止まったが、彼が羽交い締めしている人物を凝視した空が叫ぶ。
「美紗子叔母さん!!」
「元気にしてた?」
「知り合いか」
「ほら、私を引き取ってくれた叔母さんだよ」
慌てて美紗子を解放するよう頼むとトレスはようやく腕を緩めた。
美紗子は眉をしかめてトレスを一瞥する。
「何なの、この男は!?」
「えっと……」
海外を拠点に仕事をしている美紗子が近々一時帰国するとは聞いていたが、まさか急にしかも深夜に訪問してくると夢にも思っていなかったので対策が間に合っていないのだ。
「それより、どうしてこんな夜遅くに?」
幾ら合鍵を持っているからとはいえ、深夜に侵入したらトレスでなくとも不審者とみなしてしまう。それに剣士である彼だから美紗子を無傷で確保したが、他の者だったらただでは済まなかったに違いない。
「突然ごめんね。驚かそうと思って……」
と、美紗子は罰悪そうに肩を竦めた。
豊かな黒髪に切れ長な瞳で知的美人の容姿を持つこのお騒がせな女性は相原美紗子、空の母親の妹である。
両親を幼い頃に亡くして親戚をたらい回しされそうになったところへこの美紗子が引き取った。
日本でキャリアウーマンとして実績を上げると、海外進出を果たして世界を飛び回る多忙な生活を送っている。
仕事大好き人間なため未だ独身だ。
「時差ぼけってやつね」
笑って誤魔化そうとする美紗子にトレスが溜息をついたが、それを彼女は聞き逃さなかった。
「で、この男は誰なの?」
ーやっぱり忘れていなかった……。
「まさか、空の彼氏じゃないよね!? それとも、この男が転がり込んできた!?」
このままだと、美紗子の怒りに触れかねないので筋の通る言い訳を思案しているとトレスが余計な一言を放った。
「オバサン、悪かったな」
「……誰がオバサンよ」
切れ長な目を更に細めて美紗子が睨んだ。これにはトレスの方が意外な顔をしている。
-『オバ』という名前じゃなかったのか?
『オバ』という姓に敬称を付けて『オバ』さんかと勘違いしていたのだ。
「だいたい、あんたねえ。いい若い者が空のお人好しに付け込んで居座っているんじゃないわよ!!」
オバサンと言われるのが微妙な年頃の美紗子は怒り心頭でトレスを怒鳴りつけた。
ー何故、初対面のやつにこんなに怒鳴られなきゃいけないんだ!?
釈然としないトレスが睨み返す。
「来るならちゃんと順番を踏まえろ」
「うるさいわね、このむっつりスケベが!!」
「なにっ!!」
と怒鳴った後に顔は美紗子に向いたままトレスが空に小声で尋ねる。
「むっつりスケベってなんだ?」
「エッチなことを言動に出さずに妄想する人のこと」
ワンテンポ遅れて改めて「なんだと!!」と怒鳴る彼が滑稽で空は顔を逸らして笑いを堪えた。悪口を言われていたのは、意味が分からなくてもどうやらニュアンスで理解したらしい。
「さて、蒼井空さん。そろそろ本当のことを話してくれるかしら?」
にこやかだが目が笑っていない美紗子の笑顔に慄きながら空はトレスと並んで座らされた。
もうこうなったら逃げ場はない。覚悟を決めて話し始めた。
「実はアパートの前に倒れていて、記憶喪失みたいだったからうちで介抱したの」
「ふうん。名前は?」
以前、玲奈達に詰問されたことを思い出してげんなりする。
ーまたこのパターンか……。
「ティエラ・トレス」
「外国人? その髪って地毛なのね」
美紗子が変に納得しているのは世界中の様々な人種と会う機会が多いからだろう。
「どこまで記憶がないわけ? 名前は分かっているのに?」
「そ、そんな例もあるらしいよ」
「その話、誰まで信じた?」
「えっ?」
ーダメだ。美紗子叔母さん、絶対疑ってる……。
昔から心の中まで見透かしているような鋭い視線に何度嘘を見破られたことか。
「だから……」
「もういい。空、やめろ」
空がまだ言おうとしたがトレスが首を横に振って制した。
「俺から話す」
「でも……」
「もうこれ以上お前を苦しませたくない」
異世界から来た自分の為に友人や親しい人達にもずっと嘘をつかせてきた心苦しさが常にあった。そして、今も親同然の美紗子に必死で嘘をつき通そうとしている健気な空をこれ以上苦しませなくなかった。
トレスは美紗子に向き直ると真剣な表情で口を開く。
「これから話すことを信じようが信じまいがあなたの勝手だが、これは紛れもない真実だ」
藍色の瞳を美紗子は正面から受け止めて頷いた。
「どうぞ、ティエラ・トレスくん」
トレスは自分の身の上を語り始めた。
美紗子は途中で口を挟んだり馬鹿にしたりせず黙ってトレスの話に耳を傾けている。
異世界から来た剣士ー
通常なら作り話だと嘲笑されるのがおちだが、美紗子は一切なかった。
証拠と押し入れから取り出した己のいぶし銀の剣と最高位だけが纏うことを許される紫紺のロングコートを目の当たりにした美紗子はわずかに表情が崩れた。
全て語り終えると、重く静かな時が三人の間に流れた。
「分かった」
その一言に空達が顔を上げる。
「信じてくれるの?」
「信じるしかないでしょう。というか、空も信じたんでしょう?」
「……お人好しだもん」
それを責めずに美紗子は微笑んで空の肩を抱き寄せた。
「そこが空のいい所なのよね」
ふと見せた空の甘えた表情にトレスの頬が緩む。
「まあ、普通なら信じ難いけど私は違うわ。世界中を回っているから少々のことでは驚かないものよ」
得意げな顔で二人を見比べるとスーツケースの中を広げた。
「詳細は後で聞くとして寝ようか」
「うん。一緒にベッドに寝よう」
-空、嬉しそうだな。
自分とは違う空の素顔に少々嫉妬してしまう。
その日の夢は、オバジーンで空同様幼い頃に両親と死に別れてこれまで育ててくれた『おじさん』と呼んでいる人物と語っているものだった。
昨夜の不審者騒動で就寝が遅かったのにも関わらず、トレスは日課になっているランニングへと部屋を出た。
そっとドアを閉めたつもりだったが、時差ボケで神経が過敏になっている美紗子も目が覚める。
「ねえ、空」
隣で眠っている空を無理矢理起こした。
「ん……、なに?」
「トレス君、出て行ったわよ」
「ランニングに行ったんだよ。日課だから」
そこまで説明してまた寝息をたて始めた姪に美紗子は半分呆れた。
「あんたって子は、少しは危機感を持ちなさいよ」
異世界から来ようが宇宙人だろうが相手は妙齢の男に違いないのだが、空はよほどトレスを信頼しているらしくこちらが驚くほど無防備で同居している。
「案外、空の方が逞しいかもね」
勝手に納得して美紗子もまたベッドにもぐり眠りについた。




