閑話 藍色の髪の剣士とともに
トレスの回想で登場するオバジーンの人物を中心に描いています。
異世界でのトレスの様子も一緒にご覧下さい。
銀色の髪の青年は夢を見ていた。
久し振りに見る藍色の髪と瞳を持つ親友。その彼は『奇跡の石』とともに姿を消してしまった。
あの時、一緒にいれば……と後悔が生んだ虚遇なのかも知れない。
今、全てが色褪せることなく甦る……。
早朝から剣術に励む藍色の髪の剣士はティエラ・トレスである。
歳はまだ二十代と若いが、最高位、上級位、下級位、兵士と分かれているこの国で最高位の剣士として女王マリーナ・エデンローズの近衛隊に仕えている。
「朝から精が出るね」
階段から銀色の髪を靡かせてやって来たのは親友のラヌギ・ノーサだ。無愛想なトレスと違って穏やかな笑顔で城勤めの女性達に人気がある。
「ノーサか。一戦どうだ」
顔から滴る汗を手で拭いながら親友を誘ってみたが、当の本人は首を横に振った。
「やめておくよ。お前とやり合ったら模擬戦じゃ済まなくなるしね」と、つれない返事である。
仕方なく剣を鞘に納めようとした時だった。
「待て!! 私と勝負しろ!!」
女性の叫び声に二人は肩を竦めた。トレスが声のする方向に振り向くと、そこには燃えるような長い赤毛を振り乱して走ってくる女剣士の姿があった。
「息が上がっているぞ、フローラ・エバー」
かなり全速力で走って来たのか息が荒い。
この女剣士はフローラ・エバー。トレスの幼馴染で赤い髪に切れ長の瞳、きりっとした口元でなかなかの美人だが、勝気な性格で子どもの頃からトレスと張り合っていた。もっぱら、彼は相手にしないのでフローラが一方的に突っかかっているだけなのだが。
だから、トレスが剣士になると彼女も追い掛けるように迷わず剣士の道を選んだのだ。
「ほんと、トレスが好きなんだね」
ノーサがくすくす笑うと、フローラは顔を真っ赤にして叫んだ。
「バ、バカ言うな!! 私は純粋に剣士としてだな……」
恋愛に疎いトレスにはどうでもいいことで、早く汗まみれの体をさっぱりさせたかった。
「やるんだったら早くしろ」
「お、おう!!」
フローラは喜々として模擬戦の準備をしたのでノーサが二人の間に立った。
「じゃあ、俺が審判するよ。一本勝負でいいかい?」
「ああ」
「異存はない」
トレスが剣を抜くとフローラも自身の細く鋭い剣を抜いた。
「始め!!」
ノーサの合図で二人は初太刀を窺う。
これまでの対戦成績はトレスの全勝である。最高位の彼と上級位のフローラとは実力が違い過ぎるがそれでもトレスは決して手を抜かない。ちなみに、最高位のノーサに言わせれば「大人げない」の一言だ。
そして、今日もトレスの容赦ない攻撃をまともに喰らって見事に吹っ飛んだ。
「勝負あり!! 勝者ティエラ・トレス!!」
ノーサが声高らかにコールすると、フローラは手も足も出なかった自分の不甲斐なさに唇を噛み地面を拳で叩く。
「くそ!! また負けた……」
トレスは軽く息を吐いて彼女に手を差し延べた。
「ほら、立て」
フローラは一瞬躊躇ったが頬を赤く染めて彼の大きな手を掴むとそのまま引き揚げられた。その際、勢い余ってトレスの胸に飛び込む形となり彼女の思考はパニックに陥る。
ーお、落ち着け!! これは事故だ。私が望んだことでない……多分。
「男の剣士に交じってもお前は腕がいい。だから、焦らなくても……、おい、聞いているか!?」
「へっ?」
妄想から覚めたフローラが間抜けな声を上げたのでノーサは失笑した。
いつの間にかトレスの体から離されていたので少しがっかりした表情をノーサは見逃さない。
ーやれやれ。惚れた相手があのトレスとは、フローラも苦労するなあ。
もっとも、彼女はトレスへの想いをひた隠しにして現在に至っている。
「お前は剣に頼り過ぎだ。接近戦になったらきついぞ」
「どんな風に?」
「例えば、さっきの攻撃だが」と、模擬戦の再現をしようとトレスがフローラの腕を掴んで引き寄せた。
ーちょ、ちょっと待て!! 心の準備が!!
もはや指導どころではない。フローラの感情のメーターが振り切る寸前でノーサが呼び止める。
「もうすぐ朝の巡回だ。着替えてきなよ」
「もうそんな時間か。続きは帰って来てからな」
トレスとノーサが巡回へ行くと、一人残されたフローラはまだその場に茫然と立ち竦んでいた。
オバジーンの城下町は活気があり、特に朝市は国民の台所として大いに賑わっている。
剣士達は二人一組で巡回するのが任務になっている。今日は、最高位の剣士二人の番とあってすれ違う人々が振り向いて行った。
それもそのはず。トレスは紫紺の、ノーサは純白の最高位の剣士にしか与えられないロングコートを着用しているので一層目立っている。
「おい、見ろよ。今日はあの二人だ」
「堂々としたものだな」
人々が称賛していると、トレス達の前に一人の少女が現れた。
「お早うございます!!」
「やあ、プレタ。今日も元気だね」
栗色の髪を二つに結んで明るい笑顔が可愛いこの少女はプレタ・ポルテといってこの城下町に住んでいる。
二人とは仲がいいが、特にトレスに懐いているので彼も妹のように接している。
「今日の巡回はトレス様とノーサ様だったんですね。知っていれば朝ご飯作って差し上げたのに」
「それは惜しいことをしたな」
口を尖らせるプレタの頭にトレスが手を置いて撫でる様子をノーサは凝視していた。
ーなんだかんだ言ってお前は優しいよ。
人は、ノーサを思いやりのある優しい人間だと言うが、彼から言わせればトレスの方が情が厚いと感じる。
仏頂面で少々口が悪いが、決して揺らがない正義と忠誠は何かと欲や誘惑が多いこのご時世で大したものだと感心する。
だから、頼りになるし女王や近衛隊からの人望も厚いが一つ難を言えば恋愛沙汰に疎いことだ。
フローラやプレタのように彼を慕う者は多くはないがその愛情は深い。
そして、女王マリーナもトレスを見つめる瞳は熱い。
ー全く羨ましい限りだよ、ティエラ・トレス。
「ノーサ」
名前を友に呼ばれて振り向いた。
「ん?」
トレスが雲一つない青い空を見上げて呟く。
「オバジーンはいい所だな」
「そうだな。俺達が守らないとな」
ノーサの言葉にトレスは今までに見せた数少ない笑顔で頷いた。
と、ここで青年の目が覚めた。
おもむろに上体を起こして辺りを見回したが、藍色の髪の親友はいないという現実に心が痛む。
彼の消息、安否ともに不明だが願わずにはいられない。
どうか生きていてくれとー




