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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
同棲?同居?それが問題だ
19/70

その3

 同居問題も落ち着き、親友二人も敢えて触れないので空はほっとした。

 というより、皆定期テストに追われてそれどころではないのが実状である。なので、テストが終わった後の予定で現実逃避する生徒が続出している。

「カラオケ、行くぞ」

「遊びまくるぞ!!」

 空達も例外ではなく勉強そっちのけで終わった瞬間に思いを馳せている最中だ。

「テスト、終わったら打ち上げしようよ。あの駅前のドーナツショップでさ」

 言い出した玲奈が突然黙ってしまった。

「どうしたの?」

「いや、ドーナツであいつを思い出した……」

「あいつ?」

「ほら、空の居候よ。あれから慰めるのに大変だったんだから」

 単語帳を捲りながら智美が溜息をつくと上目使いの空とジト目の玲奈の視線がばっちり合った。

「何もないよね?」

 と、火に油を注ぎ兼ねない智美の発言に空は勢いよく首を縦に振って肯定する。

「でも、一番ドーナツトークで盛り上がっていたのってトレスと玲奈だったよ」

 少し拗ねた空の口調に玲奈は顔をしかめた。

「だってさ、あのシリーズは絶対チョコが美味しいのにプレーンがいいって信じられない!!」

  チョコだろうがプレーンだろうが空にはどうでもいい話だ。

 トレスの世界が広がるのは喜ばしいが、それだけ彼が人目に触れる機会も増えてくるしあの容姿では目立って仕様がない。

 悩み事が減ったものの心配事が増えて気が晴れない。

 そして、昨日トレスと玲奈が言い合っている様子に胸がちくりと痛んだ。それは、忘れていた感情でまだ空は何かは思い出さない。


 近頃の空は、話し掛けるのも躊躇われるほど必死の形相だ。

 直前で焦るよりは日頃やっておけばいいのにと声に出したらきっと睨まれるに違いない。

 退社時間になると飯尾がトレスを呼び止めた。

「おい、帰るんだったら俺も寄るから一緒に行こうや」

「寄るって何処へ」

「『ふくちゃん』だよ。お前もどうせ帰るんだろうが」

 そうだった、とトレスは慌てて頷く。採用にあたって、空と同居していると知ったら大騒ぎになると杉本夫妻の機転で住所はあの店になっていたのだ。


 ー早く帰っても空の気が散るだけだろうし、杉本さんにも会っておきたいから付き合うか。


 二人が歩いて『ふくちゃん』へ着いた頃には、既に常連客で盛り上がっていた。

「よお、空いているか?」

「あら、いらっしゃい。こちらへどうぞ」

 相変わらず明るい笑顔で久恵がカウンターの奥へ案内すると、飯尾は大きく息を吐いておしぼりで豪快に顔を拭いた。

「なんだ、空ちゃんは今日も休みか」

「ええ。テスト前なんですって」

 そうか、と残念そうに呟いた飯尾は、適当に料理を頼むとトレスのグラスにビールを注ぐ。トレスもこの世界の習慣に倣って飯尾に注ごうとしたが彼は既に大ジョッキだった。


 時間も経ち、飯尾の酒を飲むピッチが速ってきたところへ久恵が隣に座った。

「どう? トレス君の仕事ぶりは」

 久恵が訊くと福太郎も調理の手を休めて飯尾の言葉を待つ。

「そうだなあ。俺の若い頃に比べればまだまだだがよくやっているぞ。いい体しているから体力がある」

「あら、そうなの? 私達に見せたことないのよ」


 ーそう見せびらかすものでもないだろう。変態じゃあるまいし……。


 福太郎とトレスは心の中で久恵に突っ込んだ。

「仏頂面が気に入っているんだ。変に媚びないからな」

「もっと愛想が良ければ人気あるのに」

「俺の若い頃にそっくりだろ?」

「お前さんの家に鏡はなかったのか?」

 福太郎の切り返しが珍しくつぼにはまったのか、トレスはビールを吹き出して笑いを堪えている。

「おっ!! こいつ笑ったぞ」

「ほんと、笑ったら可愛いのね」


 ートレスって笑ったら可愛いのにー


 出会った当初、空に言われた台詞が耳に甦る。

 ここで、空の存在を思い出して壁掛けの時計に目をやると11時を回っていた。


 ーまずいな。心配しているんじゃないか。


 携帯電話もないので連絡せずにここへ来ているので急に不安になる。

「すみません。俺帰ります」

「帰るって何処へ?」

「空のとこ……」

 ここまでしゃべって久恵が飯尾の後ろで激しく手を振っているのが見えてはっとした。

「帰るってお前ん家ここだろうが」

「遅いから飯尾さん帰らないと。トレス君も疲れているから」

 飯尾の返事も待たずに久恵は早々に勘定を済ませると強引に店から追い出した。



 飯尾に見つからない内に急いでトレスが部屋に戻ると、空はテスト勉強でまだ起きていた。

「お帰り。遅かったね」

「『ふくちゃん』へ行ってた」

「道理でお酒臭いんだ」

「嫌か?」

「嫌というよりトレスも大人なんだなあってね。ねえ、オバジーンは何歳で成人なの?」

 空がノートから顔を上げて訊いてきたのでトレスも隣に座った。

「この世界で十八歳ってところかな。皆の前で成人の儀を行うんだ」

「へえ。成人式みたいなものなんだね。どんなことするの?」

「聖水が入った盃に自分の血を滴り落とす」

「うわ~、痛そう!!」

 空は想像して身震いするとトレスも苦笑した。

「今考えると凄いな」

「まさか、それを飲むんじゃないよね……?」

「いや、さすがにそこまではしない。『時の泉』に捧げる意味で聖水を振り撒いて終わりだ」

 『時の泉』。自分も数か月前に飛び込んだ泉の名を久々に口にして目を細める。

「オバジーンってどんな所?」

「大きな城下町があって人々が賑やかに暮らしている。文明はここほど発達していないが、色々と知恵を使ってやっているよ」

 酒のせいか今夜のトレスは饒舌だ。そして、故郷を語る彼の瞳は優しい。

「緑も豊かで広い草原があるんだが、今も昔も幼い子どもが遊んでいて……」

 目を輝かせて聞いている空に気付くと、気恥かしさ紛れに彼女の額を軽く叩いた。

「というか、これテストに出ないだろ? 聞くだけ時間の無駄だ」

「無駄じゃないよ」

 額を擦りながら空は言った。

「トレスのこと、知るの無駄じゃないよ。オバジーンは実在するし、トレスもそこで暮らしていたんでしょ?」

 金槌で殴られたような衝撃だった。

 トレスは異世界の存在を消そうとしていたのに対して、空はその全てを受け入れようとしていたのだ。

 過去は消えない。むしろ、現在に至った過去の経過を大切にしたいという空の心に愕然とする。


 ーああ、だから空にオバジーンのことを訊かれても嫌じゃなかったのか……。


 普通なら過去を忘れて現代に生きようと決心しているのに、掘り返されて落胆したり腹が立つところだが空には不思議とそれがない。

 あの人の良さと笑顔のせいかも知れないが、それだけではない何かが彼女にはあるに違いない。

「私も行ってみたいなあ」

 と、空が呟くと何故かまたオバジーンに戻れる気がして、自然と首に提げている『奇跡の石』を握りしめていた。

「行ったら案内してくれる?」

「ああ」

「そしたら、今度は私が居候になるんだね」

「その前にテストを無事突破しないとな」

 トレスの台詞に現実へ引き戻された空は悲鳴を上げて教科書に視線を落とした。



 何気ないこの時の会話が、運命の悪戯によって二人をいざなうとは知る由もない。











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