その5
夜も更けたコンビニにトレスの姿があった。手には求人雑誌が握られている。
家計については空はああ言ったものの剣士として男として放ってはおけない。
部屋に帰り、求人誌を広げていると空が横から覗き込んだ。
「気にしなくて大丈夫なのに」
恐縮と不満が入り混じった空の声にトレスが顔を上げた。
「ヒモみたいな生活は俺の誇りが許さないからな」
-ヒモなんて言葉、どこで覚えたんだか……。
「じゃあ参考までに聞くけど、トレスは何が得意?」
「得意なもの……か」と、呟いて少し間が空く。
「その、剣士関係以外で」
うっと言葉に詰まってまた間が空いた。どうやら剣士関係の特技を言おうとしたらしい。
「逆に訊くが、ここではどんな特技が有利なんだ?」
「やっぱり資格かなあ。私みたいなバイトはいらないけど」
「体力には自信があるぞ」
「他にも履歴書も出さなきゃいけないし、結構面倒なんだよ」
意外な盲点だった。
履歴書の類は城へ仕える時も重要になってくる。剣士自体は実力主義だが、女王の護衛隊ともなると身辺調査は念入りにされてそれなりの人柄でなければ推薦はしてもらえない。
軽く溜息をつくトレスに空は続けた。
「でも、ここで生き甲斐を見つけるのもありだと思うし私も探してみるね」
異世界から来た剣士、住所不定、経歴なしの彼を雇う所など雲を掴む話である。
あれから、バイト先のディスカウントショップの店長にも求人について訊いてみたが、やはり履歴書を提出してからと言われた。
嘘の経歴をでっち上げれば……と、悪知恵が浮かんだがバレたら後々面倒なので断念する。
なにせ、トレスの場合は全て嘘で固めなくてはならないし、たとえ採用になっても仕事先で支障をきたすに違いない。その都度、つらい思いをするのは彼である。
折角、この世界で生きる決心をしたトレスの気持ちを無駄にしたくない。
「あら? 空ちゃん。悩み事?」
大衆食堂『ふくちゃん』の財務兼法務大臣でもある久恵が溜息連発の空に声を掛けた。
「いえ、特に」
「さっきから溜息ばかり。何か心配事なら聞くわよ」
両親を亡くして一人暮らしと聞いている空を我が子のように久恵は心配してくれる。
「大した理由じゃないんです。ただ、仕事がないかなあって……」
言い終わらないうちに、物凄い形相の久恵が空の肩を掴んだ。
「空ちゃん、ここ辞めるの!?」
その声はあまりにも大きく、厨房で腕を振るっていた福太郎も不安げにこちらの様子を窺っている。
「あ、いや、そうじゃなくて知り合いの話です」
ああ、よかった、と久恵は息を吐いてテーブルを拭き始めた。
「そうねえ。仕事はいっぱいあるけどなかなか採用がないのよねえ」
そう考えれば、自分は一発即採用だったので本当に運がいいと空はこの二人に感謝した。
「ほら、雇い主との相性もあるじゃない? どんなに仕事が出来ても相性が悪かったら雰囲気がねえ」
久恵の言葉に一理あると空は頷く。
ーあのトレスに合う仕事なんてある?
仏頂面で口が悪くおまけに朴念仁の彼に合う仕事といったら、まずサービス業は却下だ。
空が頭を抱えていると、荒々しく大男が店へ入って来た。
「いらっしゃい」
「おお! 空ちゃん、今夜は間に合ったな」
この近くの建設工事で現場監督をしている飯尾が厳つい顔から柔和な表情に変化させた。
「お久し振りです、飯尾さん」
「今日は早いのね」
飯尾がカウンターに座ると、すかさず久恵がおしぼりを福太郎が通しを前に置く。
「いやあ、参ったよ。仕事が立て込んでいるっていうのに、一人辞めちまってな」
「それは大変ね」
「お袋さんが入院しちまって実家に帰ったんだよ」
飯尾は、待ってましたとばかりに出された特大の生ビールジョッキを喉に流し込むとあっという間に空になった。
「すぐ人を入れればいいんだが、最近の奴はきついだの怖いだの言ってすぐ辞めちまう」
「もう少し穏やかに接してやればどうだ」
福太郎がやんわりとアドバイスをしたが、飯尾は聞く耳を持たない。
「バカ言え。こっちは命懸けなんだぞ。御丁寧にやってると日が暮れちまう!!」
その調子じゃ来る者も来んぞ、と呟くと飯尾の目が福太郎に向いた。
「この際誰でもいいんだが、お前、心当たりないか?」
「急に言われてもなあ」
料理を持ってきた久恵にも訊いたが首を捻る。
「そうねえ。要するに、体が頑丈で飯尾さんの横暴さに耐えられる根性のある人ってことでしょう?」
さりげなく失礼な台詞だが、久恵のふんわりした人柄のせいか皆聞き流していた。
そこへ、丁度隣の席を片付けていた空はつい聞き耳を立てる。
ー体が頑丈で根性のある人……? トレスにぴったりじゃん。
「あの……」
「なんだい?」
おずおずと話に割り込んだ空を飯尾は快く受け入れた。
「そのお話、本当に誰でもいいんですか」
「空ちゃん、心当たりあるのかい?」
久恵はこの時ピンときた。溜息の相手を紹介するのだと。
「私の知り合いなんですけど、仕事がしたいけどなかなか難しくて」
ほらね、と久恵がほくそ笑む様子に福太郎が眉をしかめた。
ーまたあいつ、何か企んでいるな。
幸い、久恵の仕掛けたことはいい方向に転ぶので放っておく。
「体は鍛えています。口は悪いけど根性はあります」
出逢った頃に見たあの腹筋の割れた見事な肉体美は見かけ倒しではないはずだ。
「でも……」
言葉が続かない空に久恵が助け舟を出す。
「訳ありってとこね。どの程度なの? 犯罪者とか」
『犯罪者』の言葉に福太郎と飯尾が目を剥いたので空は慌てて首を左右に振った。
「違います!! そんな危険な事情じゃなくて」
「じゃあ、なんだい?」
穏やかに福太郎が促すと空は黙って俯いてしまった。
ー言わなきゃよかった……。この事態をどう収拾するのよ。
自分で自分を叱責する。トレスを同情するあまりに、この親切に接してくれる人達に無理を言って迷惑を掛けていると今になって気付いく。
幸か不幸か、客足も途絶えて四人はカウンターを挟んで沈黙していたが、それを破ったのが久恵だった。
「じゃあこうしましょう。私達がその人に一度会って話をしてみるわ」
「久恵さん……」
不安げに見つめる空に久恵は器用に片目を瞑った。
「色々とその訳ありな事情を聞いて飯尾さんに報告する。後は、飯尾さんの判断に従う、これでどう?」
「うちのやつは人を見る目だけは確かだ。焦って次々と辞められるよりはましだと思うが」
だけは余計よ、と久恵が口を尖らしたが福太郎はさらりと流した。
「まあ、二人がそこまで言うなら」
「いいんですか!? 無理言ってすみません」
「おっと、喜ぶのはまだ早いぞ空ちゃん。会うだけだ。俺が気に食わないやつなら、たとえ空ちゃんの頼みでも断るがいいかい?」
いいも何もここまで話が進んだだけでも願ったり叶ったりだ。
「はい!! どんな結果になっても飯尾さんを嫌いになりません」
この一言で飯尾は安堵したのか三杯目のジョッキに口を付けた。
「なら、早い方がいいわね。明後日はどうかしら? 丁度定休日だし」
だが、久恵の提案に異議を唱えたのは意外にも福太郎だった。
「明日、ここに来てもらおう。勿論、客としてだ。いいかい? 空ちゃん」
「……はい」
福太郎の狙いが何なのか計り兼ねる空はおもむろに頷いた。
バイトが終わり自宅へ帰った空がいつになくぐったりしているのでトレスがコーヒーの入ったマグカップを差し出した。
「仕事、忙しかったのか?」
気遣う口調に空はトレスを見た。身の上話をしてから、気のせいか彼の態度が少し優しくなっている。
「ある意味疲れた。先にお風呂入るね」
肩を回してこりをほぐしながら浴室に向かう空を見送るとトレスは軽く息を吐く。
湯船に肩までどっぶりと浸かって空は今夜の出来事を振り返る。
久本夫妻のことだから、悪いようにはいないと思うがトレスにとってはこの世界に来て初めて自分の以外の人間と接する機会なのだ。
ー決戦は明日だ……。




