5
夕焼けは少しずつ紫色へ変わり始めていた。
屋上には二人だけ。
生者と死者。
けれど、その空気はもう先ほどまでの重苦しさではなく、どこか世間話でもしているような穏やかさがあった。
ふと鈴木が辺りを見回す。
フェンス。
立入禁止のテープ。
壊された南京錠。
そして正美。
「……ところで。」
「ん?」
「ここって立ち入り禁止のはずよね?」
「あー。」
正美は目を逸らした。
「えへ。」
「誤魔化さないの。」
「ごめんなさい。」
即座に頭を下げる。
「先生に見つかったら怒られるわよ。」
「見つからなかったからセーフ。」
「アウトよ。」
「ですよね。」
二人で苦笑する。
鈴木は少し呆れたようにため息をついた。
「よくもまあ。」
正美を見る。
「全く話したこともない私に、お供えする気になったわね。」
「うーん。」
正美は少し考える。
「なんか、自然に?」
「自然に?」
「そうしなきゃなって思った。」
照れくさそうに笑う。
「あと。」
少し視線を落とす。
「あのクズ共とは違うって。」
「……。」
「鈴木さんに言い訳したかったのかも。」
鈴木は黙った。
その言葉は、自分を良く見せようとする言い訳ではなかった。
「私は知らなかった。」
「でも。」
「私はあの人たちとは違う。」
「それだけは知ってほしかった。」
そんな、不器用な気持ち。
「……そう。」
鈴木は静かに頷いた。
「伝わったわ。」
「よかった。」
正美は本当に安心したように笑う。
少しして。
「ねぇ。」
今度は正美が尋ねる。
「お供えするのってどこがいい?」
「え?」
「ここ?」
屋上を見る。
「それとも、お墓?」
「……。」
「ぶっちゃけ本人がいるから。」
鈴木を指差す。
「決まった場所じゃなくてもいいなって気がして。」
鈴木は少し考えた。
「そうね。」
風が吹く。
「……とりあえず。」
少し笑う。
「もう不法侵入はしなくていいわ。」
「あっ。」
正美はぱっと顔を明るくした。
「ありがと。助かる。」
「助かるじゃないの。」
「これで先生に怒られない。」
「最初から昼休みとかに入りなさい。」
「正論。」
鈴木は苦笑しながら続けた。
「あと。」
「うん。」
「あなたの家でもいいわよ。」
「え?」
「たぶん、こっくりさんとか降霊術とか。」
少し考えながら言葉を選ぶ。
「そういうのと同じ要領。」
「呼んでくれたら行けるわ。」
「マジ?」
正美は目を丸くした。
「レベルの高い悪霊だ。」
「褒めてる?」
「褒めてる。」
「そう。」
「便利だね。」
「便利なのかしら。」
「お墓遠かったら会えないし。」
「まあ……。」
鈴木も少し納得したようだった。
「でも。」
鈴木は真面目な表情になる。
「たまに、私のお墓に来てくれると嬉しいわ。」
「そうなの?」
「ええ。」
夕暮れの空を見上げる。
「お墓って。」
少し微笑む。
「残された人のためのものだから。」
「残された人。」
「死者を追悼する場所でしょう?」
「なるほど。」
正美は何度も頷く。
「本人は来られるけど。」
「区切りをつけたり、思い出したりする場所でもあるの。」
「へぇ。」
「だから。」
鈴木は少し照れながら笑う。
「来てくれたら嬉しい。」
「教えてくれたら行くよ。」
正美はあっさり答えた。
「普通に知らないんだ。」
「それもそうね。」
鈴木は少し考えてから答える。
「○○霊園。」
「駅から歩いて十分くらい。」
「へぇ。」
「来てくれる時には。」
少し誇らしげに笑う。
「案内するわ。」
「よろしく〜。」
「ええ。」
その何気ないやり取りは、生前ならきっと交わされることのなかった約束だった。
「そうだ。」
正美が思い出したように言う。
「お墓にお菓子持って行くなら、袋開けるね。」
「覚えてたのね。」
「匂い食べるんでしょ?」
「ええ。」
「じゃあ好きなお菓子もちゃんと教えて。」
鈴木は少し考え、
「……チョコ。」
と、小さく答えた。
「ビター?」
「甘いやつ。」
「了解。」
正美は親指を立てる。
「次はチョコ持参で。」
「楽しみにしてる。」
死者がそう言うのは少し不思議だった。
けれど、その言葉には、復讐に囚われた悪霊ではなく、ごく普通の女子高生だった頃の鈴木の面影が、確かに残っていた。




