14
チョコレートの香りが少しずつ薄れていく。
正美は空になった皿を台所へ運び、戻ってくるとソファへ腰を下ろした。
鈴木はそんな正美をじっと見ていた。
「ねえ。」
「ん?」
「あなた。」
少し困ったように笑う。
「私にお供えしすぎじゃない?」
「そう?」
「そうよ。」
指を折り始める。
「花。」
「線香。」
「お菓子。」
「料理。」
「ジュース。」
「そしてこの変わったお線香。」
「……。」
「結構な頻度よ?」
正美は少し考えてから笑った。
「大丈夫だよ。」
「お菓子とかは最終的には私が食べてるし。」
「そこまで心配しなくていい。」
「でも。」
「買い食いするタイプだったから。」
肩をすくめる。
「それの代わり。」
「買い食い?」
「学校帰りとか。」
「コンビニ寄って。」
「百円ちょっとのお菓子買ったり。」
「アイス買ったり。」
「それを今、お供えに回してる感じ。」
鈴木は少し安心したように頷いた。
「なるほど。」
「だから家計を圧迫してるわけじゃない。」
「趣味が変わっただけ。」
「趣味……。」
「最近、お供えコーナー見るのちょっと楽しい。」
「そんな高校生初めて見た。」
二人で笑う。
しばらくして。
鈴木が何か思いついたように手を叩いた。
「よし。」
「ん?」
「あなた。」
真面目な顔になる。
「私の家に来なさい。」
「え?」
「まだ私の私物は処分されてないわ。」
「そうなんだ。」
「ヘソクリもバレてない。」
「ヘソクリあるの!?」
「ある。」
「どこに。」
「教える。」
正美は思わず笑ってしまう。
「いやいや。」
「私、イジメた人だと勘違いされない?」
「大丈夫?」
「私が案内するし。」
鈴木は当然のように言う。
「会話してれば大丈夫でしょう。」
「それ。」
正美は即座にツッコんだ。
「おかしい人だと勘違いされるだけじゃない?」
「……。」
「……あ。」
鈴木も少し考える。
「確かに。」
「『うんうん、鈴木さん。』『そうだね鈴木さん。』って一人で喋ってたら。」
「普通に心配されるわね。」
「病院勧められる。」
「それは困る。」
少しの沈黙。
「でも。」
鈴木は首を傾げる。
「私がいると。」
「うん。」
「明らかに空気変わるでしょう?」
「まあ。」
正美は頷く。
「分かる。」
「何か『いる』って感じ。」
「ホラーみたいな。」
「でしょ?」
「ひんやりするし。」
「あとちょっと圧がある。」
「それなら。」
鈴木は腕を組む。
「ご家族にも分かるかもしれない。」
「……いやぁ。」
正美は苦笑した。
「『この子、誰もいない方向見て喋ってるのに急に部屋寒くなった』って。」
「余計ホラー。」
「それもそうね。」
鈴木も笑う。
「実は。」
少し真面目な顔になる。
「今まで真夜中に自室に帰る程度だったの。」
「家?」
「ええ。」
「みんな寝静まってから。」
「そうなんだ。」
「でも。」
窓の外を見る。
「日が上がっている頃に帰ってもいいかもしれないと思ってね。」
「……。」
「少しだけ。」
「家族の様子も見たい。」
その一言に、正美は何も言わなかった。
少しだけ寂しそうなその表情を見てしまったから。
「だから。」
鈴木はいつもの調子に戻る。
「とりあえず。」
指を一本立てる。
「線香。」
もう一本。
「花。」
さらに一本。
「お供え物。」
最後に。
「あとスーツケース持ってきなさい。」
「なぜに。」
即座に返す。
「服とかあるから。」
「え。」
「私とあなた。」
じっと見比べる。
「体格、似てるでしょう?」
正美も自分と鈴木を見比べた。
「……。」
「確かに。」
「身長も。」
「そんな変わらない。」
「でしょ?」
鈴木は頷く。
「いろいろ持っていきなさい。」
「えぇ。」
「どうせ。」
少しだけ笑う。
「捨てるだけでしょうし。」
その言葉には、どこか諦めと、それでも誰かに使ってほしいという願いが混ざっていた。
正美はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷く。
「……分かった。」
「でも。」
「もらうだけじゃなくて、ご家族が『残したい』って思うものには絶対手を出さない。」
「もちろん。」
「それと。」
正美は少し照れながら笑う。
「ヘソクリはちゃんとご家族に相談してからね。」
「勝手に持っていったら泥棒だから。」
鈴木は一瞬きょとんとしたあと、吹き出した。
「ふふっ。」
「そうね。」
「私が許可しても、生きてる人の家のものだもの。」
「そこはちゃんとしなきゃ。」
「うん。」
正美は満足そうに頷く。
「じゃあ、今度お邪魔しよう。」
鈴木は小さく微笑んだ。
「ええ。」
「今度は、生きている頃には招けなかった私の部屋へ。」




