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翌週の休日。

昼食を食べ終え、正美は「そうだ」と思い出したように立ち上がった。

「ちょっと待ってて。」

「?」

部屋へ駆け込む。

ガサゴソと何かを探す音。

数十秒後。

小さな箱を抱えて戻ってきた。

「じゃーん。」

得意げに箱を掲げる。

「チョコレートの線香とかあったから買ってみちゃった。」

鈴木は目をぱちぱちさせる。

「……チョコレートの線香?」

「うん。」

箱を開ける。

中には色とりどりの小袋が並んでいた。

「お供え物について調べててさ。」

一本取り出しながら話す。

「その流れで、お線香とかも調べたんだけど。」

「へぇ。」

「結構あるんだね。」

「そうなの?」

「びっくりした。」

正美は笑う。

「コーヒーとか。」

「緑茶とか。」

「スイカとか。」

「メロンとか。」

「えぇ……。」

鈴木も少し驚く。

「そんなに?」

「つい。」

正美は目を逸らした。

「ポチっちゃったわ。」

「通販?」

「通販。」

「便利な世の中ね。」

「便利すぎる。」

箱を持ち上げる。

「これ。」

「五十種類くらいある中から。」

「七種類選んで詰め合わせ。」

「千円くらい。」

「お買い得だったの。」

「……確かに。」

「送料込み。」

「それは安いわね。」

正美は一つずつ机に並べていく。

「チョコレート。」

「アーモンド。」

「イチゴ。」

「サクラ。」

「バニラ。」

「キウイ。」

そして最後に一本。

「ローズマリー。」

鈴木は並んだ袋を見て笑う。

「それだけ聞くと。」

「お菓子のフレーバーみたいね。」

「でしょ?」

「私も最初そう思った。」

「じゃ。」

一本取り出す。

「最初はチョコレートやってみよー。」

ライターで火をつける。

細い煙がゆっくり立ち上る。

数秒。

鈴木は静かに目を閉じた。

香りを味わうように、ゆっくり息を吸う。

「……。」

「どう?」

正美が期待した顔で聞く。

鈴木は目を開ける。

「あら。」

少し驚いたように笑う。

「本当にチョコレートね。」

「美味しい?」

「ええ。」

もう一度煙を感じる。

「甘い。」

「ちゃんとチョコレート。」

「美味しいわ。」

「良かった。」

正美は満足そうに頷いた。

「成功。」

「成功ね。」

しばらく甘い香りが部屋を満たす。

「でも。」

鈴木がふと尋ねる。

「なんでローズマリーを選んだの?」

「食べ物じゃないじゃない。」

「あー。」

正美は少し照れながら笑った。

「とりあえず。」

「食べ物みたいなフレーバー選んでみたんだけど。」

「うん。」

「一個くらい。」

「ハーブも入れとこうかなって思って。」

「それで。」

「花言葉調べてみたの。」

「花言葉?」

鈴木は少し興味を示す。

「ローズマリーってね。」

スマホを取り出して読み上げる。

「『追憶』。」

「『あなたは私を蘇らせる』。」

「『変わらぬ愛情』。」

「『誠実な思い出』。」

部屋が少し静かになる。

正美は照れくさそうに頭をかいた。

「……まあ。」

「私が勝手にいいなって思っただけ。」

「深い意味はない。」

鈴木は何も言わなかった。

ただ、ローズマリーの袋をじっと見つめる。

「……。」

「鈴木さん?」

「ううん。」

鈴木はゆっくり笑った。

「深い意味、あるじゃない。」

「え?」

「『追憶』。」

「思い出すこと。」

「あなた、この前。」

少しからかうように笑う。

「『生きてる間に、もうちょっと話せたらよかった』って言ってたでしょう。」

「あ。」

正美は思い出した。

「言った。」

「だから。」

鈴木は穏やかに続ける。

「この香り、嬉しい。」

「……そっか。」

「うん。」

「ありがとう。」

その一言に、正美は少し照れながら笑った。

「じゃあ。」

箱を閉じながら言う。

「毎回違う香りにしよう。」

「今日はチョコ。」

「来週はいちご。」

「その次はバニラ。」

「楽しみね。」

鈴木は微笑む。

「生きていた頃は、お線香の香りなんて全部同じだと思ってた。」

「私も。」

正美は頷く。

「調べるまで知らなかった。」

「勉強になった。」

「私も。」

二人は、部屋に漂う甘いチョコレートの香りを静かに感じながら、しばらく他愛もない話を続けた。

死者を悼むための線香が、こんなふうに新しい思い出を運んでくるとは、どちらも少し前までは想像もしていなかった。

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