13
翌週の休日。
昼食を食べ終え、正美は「そうだ」と思い出したように立ち上がった。
「ちょっと待ってて。」
「?」
部屋へ駆け込む。
ガサゴソと何かを探す音。
数十秒後。
小さな箱を抱えて戻ってきた。
「じゃーん。」
得意げに箱を掲げる。
「チョコレートの線香とかあったから買ってみちゃった。」
鈴木は目をぱちぱちさせる。
「……チョコレートの線香?」
「うん。」
箱を開ける。
中には色とりどりの小袋が並んでいた。
「お供え物について調べててさ。」
一本取り出しながら話す。
「その流れで、お線香とかも調べたんだけど。」
「へぇ。」
「結構あるんだね。」
「そうなの?」
「びっくりした。」
正美は笑う。
「コーヒーとか。」
「緑茶とか。」
「スイカとか。」
「メロンとか。」
「えぇ……。」
鈴木も少し驚く。
「そんなに?」
「つい。」
正美は目を逸らした。
「ポチっちゃったわ。」
「通販?」
「通販。」
「便利な世の中ね。」
「便利すぎる。」
箱を持ち上げる。
「これ。」
「五十種類くらいある中から。」
「七種類選んで詰め合わせ。」
「千円くらい。」
「お買い得だったの。」
「……確かに。」
「送料込み。」
「それは安いわね。」
正美は一つずつ机に並べていく。
「チョコレート。」
「アーモンド。」
「イチゴ。」
「サクラ。」
「バニラ。」
「キウイ。」
そして最後に一本。
「ローズマリー。」
鈴木は並んだ袋を見て笑う。
「それだけ聞くと。」
「お菓子のフレーバーみたいね。」
「でしょ?」
「私も最初そう思った。」
「じゃ。」
一本取り出す。
「最初はチョコレートやってみよー。」
ライターで火をつける。
細い煙がゆっくり立ち上る。
数秒。
鈴木は静かに目を閉じた。
香りを味わうように、ゆっくり息を吸う。
「……。」
「どう?」
正美が期待した顔で聞く。
鈴木は目を開ける。
「あら。」
少し驚いたように笑う。
「本当にチョコレートね。」
「美味しい?」
「ええ。」
もう一度煙を感じる。
「甘い。」
「ちゃんとチョコレート。」
「美味しいわ。」
「良かった。」
正美は満足そうに頷いた。
「成功。」
「成功ね。」
しばらく甘い香りが部屋を満たす。
「でも。」
鈴木がふと尋ねる。
「なんでローズマリーを選んだの?」
「食べ物じゃないじゃない。」
「あー。」
正美は少し照れながら笑った。
「とりあえず。」
「食べ物みたいなフレーバー選んでみたんだけど。」
「うん。」
「一個くらい。」
「ハーブも入れとこうかなって思って。」
「それで。」
「花言葉調べてみたの。」
「花言葉?」
鈴木は少し興味を示す。
「ローズマリーってね。」
スマホを取り出して読み上げる。
「『追憶』。」
「『あなたは私を蘇らせる』。」
「『変わらぬ愛情』。」
「『誠実な思い出』。」
部屋が少し静かになる。
正美は照れくさそうに頭をかいた。
「……まあ。」
「私が勝手にいいなって思っただけ。」
「深い意味はない。」
鈴木は何も言わなかった。
ただ、ローズマリーの袋をじっと見つめる。
「……。」
「鈴木さん?」
「ううん。」
鈴木はゆっくり笑った。
「深い意味、あるじゃない。」
「え?」
「『追憶』。」
「思い出すこと。」
「あなた、この前。」
少しからかうように笑う。
「『生きてる間に、もうちょっと話せたらよかった』って言ってたでしょう。」
「あ。」
正美は思い出した。
「言った。」
「だから。」
鈴木は穏やかに続ける。
「この香り、嬉しい。」
「……そっか。」
「うん。」
「ありがとう。」
その一言に、正美は少し照れながら笑った。
「じゃあ。」
箱を閉じながら言う。
「毎回違う香りにしよう。」
「今日はチョコ。」
「来週はいちご。」
「その次はバニラ。」
「楽しみね。」
鈴木は微笑む。
「生きていた頃は、お線香の香りなんて全部同じだと思ってた。」
「私も。」
正美は頷く。
「調べるまで知らなかった。」
「勉強になった。」
「私も。」
二人は、部屋に漂う甘いチョコレートの香りを静かに感じながら、しばらく他愛もない話を続けた。
死者を悼むための線香が、こんなふうに新しい思い出を運んでくるとは、どちらも少し前までは想像もしていなかった。




