12
数日後の日曜日。
昼前から、正美はエプロン姿で台所に立っていた。
「よし。」
スマホを見ながら気合いを入れる。
「今日はハンバーグ。」
テーブルの上には、レシピサイトが表示された画面。
「料理初心者でも失敗しにくい!ふっくらハンバーグ!」
「……これでいこう。」
コンコン。
「鈴木さーん。」
いつものように声を掛ける。
部屋の空気が少しだけ冷える。
「こんにちは。」
「いらっしゃい。」
鈴木が現れると、正美は笑って手を振った。
「今日はリクエストメニュー。」
「覚えてたのね。」
「もちろん。」
冷蔵庫からひき肉を取り出す。
「玉ねぎ……みじん切り。」
「そこからなのね。」
「ハンバーグって意外と工程多い。」
包丁でトントントンと玉ねぎを刻む。
目が少し潤む。
「染みる……。」
「大丈夫?」
「涙出る。」
「泣いてるみたい。」
「玉ねぎのせい。」
鈴木はくすっと笑う。
玉ねぎを炒め、粗熱を取る。
ボウルにひき肉、玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵を入れて混ぜる。
「うわ。」
「冷たい。」
「ひき肉だもの。」
「なんか粘土みたい。」
「その例えは食欲が。」
「ごめん。」
二人で笑う。
「空気抜き。」
正美は両手で丸めた肉だねを、ぺちん、ぺちんと手のひらに打ちつける。
「テレビで見た。」
「ちゃんと勉強してる。」
「形。」
「丸……。」
少し考える。
「いや、楕円。」
「焼いたら膨らむんだっけ。」
「そのはず。」
フライパンに並べる。
ジュゥゥッ。
香ばしい音が広がる。
「おお。」
「いい音。」
正美は少し得意そうな顔をした。
「料理って音も楽しい。」
「分かる。」
鈴木は懐かしそうに目を細める。
「家でお母さんが作ってる音、好きだった。」
「それ。」
正美は頷く。
「なんか安心するよね。」
「ええ。」
焼き色が付いたところで裏返す。
「成功。」
「崩れてない。」
「すごい。」
「やった。」
蓋をして蒸し焼き。
その間に付け合わせを作る。
ブロッコリー。
にんじん。
ポテト。
「色合い大事。」
「偉い。」
「写真映え。」
「インスタはやらないのに?」
「撮るだけ。」
「投稿は?」
「しない。」
「やっぱり。」
完成。
皿の中央にハンバーグ。
付け合わせを添え、ソースをかける。
湯気が立ち上る。
「どう?」
鈴木は静かに目を閉じた。
ゆっくり香りを吸い込む。
「……。」
数秒後。
目を開けて微笑む。
「すごく美味しそう。」
「よかった。」
正美は小さな皿にも同じように盛り付け、お供えとして置いた。
「いただきます。」
鈴木が静かに手を合わせる。
「いただきます。」
正美も続く。
しばらく静かな時間が流れる。
「どう?」
「匂いだけだけど。」
鈴木は嬉しそうに笑った。
「ちゃんとハンバーグ。」
「そりゃそうだ。」
「いや。」
少し首を振る。
「こういう普通のご飯を、もう一度誰かが私のために作ってくれるなんて思ってなかった。」
その言葉に、正美の箸が止まる。
「……。」
「ありがとう。」
鈴木は静かに頭を下げた。
正美は少し照れたように笑う。
「いいよ。」
「どうせ作るなら二人分考えた方が楽しいし。」
「それに。」
一口ハンバーグを食べる。
「おいしいものは、一人で食べるより『これおいしいね』って言える相手がいた方が、なんか得した気分になるから。」
鈴木は、その何気ない一言を聞いて、小さく笑った。
「そうね。」
「生きてる頃に、あなたと友達になってたら。」
「毎週こんなことしてたかも。」
正美は笑いながら頷く。
「あり得る。」
「私、友達少ないし。」
「私も。」
「じゃあ成立してたね。」
「してたわね。」
二人は顔を見合わせる。
一人は生者。
一人は怪異。
それでもその昼食の時間だけは、どこにでもいる女子高生二人が休日を過ごしているような、穏やかな空気に包まれていた。




