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休日の昼下がり。
家の中は静かだった。
両親は買い物へ出かけ、妹は友達と遊びに行っている。
リビングには正美一人。
「よし。」
時計を見る。
「鈴木さーん。来て〜。」
特に難しいことをするわけでもない。
ただ、呼ぶ。
数秒後。
部屋の空気が少しだけひんやりした。
「こんにちは。」
聞き慣れた声。
「こんにちは、鈴木さん。いらっしゃい。」
正美が手を振る。
鈴木は少し照れくさそうに笑った。
「お邪魔するわね。」
「どうぞどうぞ。」
「霊に『お邪魔します』って言われるの、なんか不思議。」
「礼儀はあるもの。」
「大事。」
鈴木はリビングを見回す。
写真立て。
テレビ。
ソファ。
壁掛け時計。
どこにでもある、ごく普通の家庭だった。
「今日はね。」
正美がエプロンをつける。
「今まで甘いものばっかりだったから。」
「うん。」
「料理とか作ろうかなと。」
鈴木は目を丸くした。
「私に?」
「そう。」
「お供え。」
「へぇ。」
冷蔵庫を開ける。
「えーっと。」
中を覗き込みながら呟く。
「卵焼き……。」
少し考えて。
「は無理だから。」
「スクランブルエッグでいいか。」
「卵焼き苦手なの?」
「巻くの難しい。」
「なるほど。」
さらに冷蔵庫を探る。
「あ。」
「ほうれん草と。」
「ウィンナー。」
「もやしがある。」
「野菜炒めしよ。」
ほうれん草の根本を洗い、
手際よく切り始める。
「……。」
鈴木はその様子をじっと見ていた。
包丁さばきは慣れている。
危なっかしさがない。
「慣れてるわね。」
「ん?」
「料理。」
「あー。」
正美は笑う。
「さすがに自分用はもっと手抜きするよ。」
「そうなの?」
「うん。」
もやしを投入。
「たまにお母さんに、みんなの夜ご飯頼まれて作ってるから。」
「へぇ。」
「その時はちゃんとやる。」
「偉いわね。」
「いやぁ。」
照れ笑い。
「作れる人が作るだけ。」
「お母さん忙しい時あるし。」
「そう。」
鈴木は少し羨ましそうだった。
「私も。」
ぽつりと呟く。
「昔はたまに手伝ってた。」
「そうなんだ。」
「味噌汁くらいしか作れなかったけど。」
「味噌汁作れるなら十分。」
「そう?」
「私は味噌汁、お母さん担当だもん。」
「役割分担ね。」
「うん。」
料理はほどなく完成した。
スクランブルエッグ。
ほうれん草ともやし、ウィンナーの炒め物。
そして冷蔵庫に入っていた、お母さんが朝作った味噌汁の残り。
「よし。」
正美は配膳を始める。
そして。
小さめのお椀を取り出した。
そこへ、ご飯をぎゅっぎゅっと詰める。
さらに。
円錐のような形になるよう丁寧に盛り付ける。
最後に。
箸を二本。
真っすぐ立てた。
鈴木はそれを見て少し驚く。
「ちゃんと知ってるのね。」
「一応ね。」
正美は頷いた。
「お茶碗にしようとは思ったんだけど。」
「うん。」
「食べるの私じゃん?」
「ええ。」
「さすがに食べれないなって。」
「ふふ。」
「だから器を小さくしてみました。」
「なるほど。」
鈴木は思わず笑った。
「ちゃんと現実的なのね。」
「供えたあと私が食べるし。」
「食品ロスもったいない。」
「大事な考え方ね。」
正美は料理を机に並べる。
「どう?」
「美味しそう。」
「匂いは?」
鈴木は静かに目を閉じた。
ふわりと漂う卵の香り。
炒めたウィンナーの香ばしさ。
味噌汁のだし。
湯気の立つ白いご飯。
「……。」
ゆっくり目を開ける。
「うん。」
優しく笑った。
「ちゃんといただいたわ。」
「そっか。」
正美も嬉しそうに笑う。
「じゃあ。」
箸を持つ。
「私もいただきます。」
「どうぞ。」
「いただきまーす。」
スクランブルエッグを一口。
「うん。」
「まあまあ。」
「自分で『まあまあ』なの?」
「七十点。」
「厳しい。」
「お母さんなら九十五点。」
「高いわね。」
「料理上手だから。」
鈴木はその光景を眺める。
誰かが料理を作って。
「いただきます」と言って。
何気ない会話をする。
それだけの時間が、もう自分にはない。
けれど、不思議と寂しいだけではなかった。
正美が「今日はこれを作ろう」と考え、自分を呼んでくれた。
その事実だけで、胸の奥が少しだけ温かくなるような気がした。
「ねえ、鈴木さん。」
「なに?」
「次は何食べたい?」
「……また聞くの?」
「うん。」
「せっかくだし。」
鈴木は少し考えて、柔らかく微笑む。
「じゃあ。」
「ハンバーグ。」
「おっ。」
正美は親指を立てた。
「任せろ。」
「……形は保証しないけど。」
「最後の一言で不安になったわ。」




