純喫茶らでん
アーケード街の中ほどにある純喫茶らでん。
音尾が指定した店だった。
赤みがかったウォルナットの重厚なアーチトップドアを開けると、珈琲の豆の香りに出迎えられた。
カウンターでグラスを拭く店主の手が止まった。
口を開きかけた千早の視界に、手を振る音尾の姿が入った。
店主もそれに気付き、特に案内する様子も無かった。
音尾御用達の店なのだろう。
店主は呼ばれるまで水すら持ってくる事は無かった。
刑事の密談など、聞いてしまうのはリスクでしかない。
店主は音尾が手を挙げると、注文も取らずにアンティークなデザインの珈琲カップをふたつ置いて言った。
湯気に鼻腔を刺激する芳醇な香りが広がった。
「音尾さんの事務所ですね」
千早がそう言うと音尾はニヤリと笑った。
「千早さん。アンタ、この短時間で何を考えて何を結んだ?」
音尾はその無骨な指先で、カップの華奢な取っ手を摘むと口元へ運んだ。
「木全と鈴木が同級生で今井がその後輩だ......笠木西高校の」
「ほう」
音尾の目が細められた。
「あの日、高木が今井の事件の取材——野次馬配信をあの場所で始めて鈴木が過剰な反応を見せた。鈴木は木全の事務所から、何かの偶然で通りがかったのだろう」
「木全と鈴木が今井加奈失踪の犯人で、過剰な反応を危険視した木全に殺害された?」
そう口を挟んだ音尾をあからさまに不愉快な視線で見た千早は「ありえない」と言い捨てた。
「鈴木が過剰な反応を見せたのは強盗事件の方だ。まだどんな事件かは調べてないが、おそらくは今井加奈が絡んでいるのだろう?被害者か加害者か分からない未成年者が関わる事件に捜査が難航した結果、未決になった」
千早は最後に「違うか?」と尋ねた。
「ふはははは」
音尾は拍手をして大きく笑った。
それにはさすがに店主も驚いた様子で、こちらを見た。
「いやぁ、素晴らしい。当時の"我々"は今井加奈をホンボシとして追いました。結果、今井加奈もカネも見つかっていません。そしてひとつ訂正です。強盗事件ではありません」
音尾はそう言うと、再び珈琲に口をつけて低く言った。
「強盗殺人事件です」と。




