撮影現場
「島田さん。ここ、何か音入ってません?」
もう何度見ただろうか。
もう高木っちの口上は暗記してしまった。
「どの辺りです?」
「乱入前ですね。シークバーで五分八秒のところです」
「トリミングしてノイズ除去しますね」
島田は手際よくPCを操作すると、幾つもの波形を取り除いていった。
「これですね」
再生をクリックすると短い悲鳴のような叫び声が入っていた。
「ああ、選挙ですね」
島田の声は落胆を隠す様子もなかった。
『きまた!きまたゆういちをお願いします』
動画でも選挙の話は触れていた。
「これ、もう終わってますよね」
「市長選は一週間くらいですから、きっと終わってますね」
島田はもう興味を失ったように、知識として答えた。
「鈴木淳也さん。三十八歳、事務職。どうして平日のあの時間にあの場所に居たのでしょうか?」
千早はそもそもの疑問を口にした。
誰もそれを口にしないからこそ、それを疑問として生み出した。
「八月十三日の鈴木淳也さんの一日を気にするのに、八月五日の鈴木淳也さんを無視するのは何故でしょう」
「えっ!?」
島田は千早を振り向いて見つめた。
「もしも高木さんが事件の切っ掛けなら、この動画が原因だったなら——今年の八月五日と二十年前の八月七日を知る必要があるのは当然じゃないですか」
千早がそう口にすると、目の前の島田の肌が粟立つのが見て取れた。
高木の撮影現場はすぐに見つかった。
笠木市の中心、繁華街から少し離れた丘の上のアーケード街の近く。
自分のスマホを向けながらタブレットと画角を比較した。
なるほど。
高木はこの場所でカメラをパンさせて、笠木市の全景をグーグルアースから繋げたようだ。
遠くに見える特徴的な煙突はゴミ処理場だろうか?
港湾やショッピングモールも収まることから、この場所が撮影現場で間違いは無い。
そしてカメラはアーケード街の入口を向いて固定され、高木っち登場の流れだ。
入口の店舗は曜日の違う今日もシャッターが下りている。
高木なりに営業してる店舗の迷惑を考えたのだろうか。
そして画面の右——
つまり高木の左側から鈴木淳也が現れるのだが......
千早がその方向を見るが、特に何も無い。
アーケード街とは逆の方向だ。
ひび割れたモルタルの建物は一階が車庫なのだろうか?
サビの浮いたシャッターが下りていて、人の出入りの感じない、雑草に塞がれた玄関が隣にあった。
道路を挟んだ向かいには、選挙ポスターを貼る看板が立っていた。
市長選と間を置かず、市議選が行われるらしい。
少し歩くと元は新聞配達店だったのだろう。
数台の車が停められる駐車場を備えた建物が、奥まってあった。
大きなガラス窓には『きまたゆういち』と笑顔の若い市長候補と、『山本しゅうぞう』という老練な市議候補のポスターが貼ってある。
ここは政治団体の事務所らしい。
そして市長候補が市長になった事務所だ。
鈴木淳也はここから歩いて来たのだろうか?
そう言えば木全裕一ち鈴木淳也は年齢も近そうだ。
何か関係は無いだろうか?
千早はそう思い、呼び鈴を鳴らしてみたが反応は無かった。
確かに今は駐車場に一台の車も無い。
その辺は盟友に任せよう。
千早は音尾の番号をスマホに呼び出すと「鈴木淳也の卒業した小学校から大学まで調べてください」と言って即切りした。
木全のプロフィールは公人なので聞くまでも無い。
ググると鈴木と木全が同じ年齢だということはすぐに分かった。
踵を返して道路を向いた千早の視界に、色褪せた今井加奈のビラが飛び込んで来た。
電柱に貼られた笑顔の今井加奈の写真入りのビラ。
いつからそこにあるのだろうか。
長持ちするよう覆われた透明のビニールも、裂けたり割れたりしていた。
「?」
千早は木全の経歴をもう一度確かめた。
今井加奈は木全裕一の高校の後輩だ——
千早は再びスマホを取り出した。
『なんですか、やってますよ』
明らかに機嫌の悪い音尾の声を無視して「鈴木淳也の出身高校は笠木西高校じゃないですか?」と言うと『会いませんか』と音尾はアーケード街の喫茶店を指定した。




