老人
浄化槽から四十メートル離れた場所に立坑が掘られた。シートパイルと呼ばれる鋼鉄の壁が、四方を囲むように建てられた。
「なんか浅くね?」立坑を撮影した高木が感想を漏らした。
「工事の記録で四千五百から地下水が出たらしいからな。ここから五パーセントの勾配で二千下げるんだ」
休憩中の作業員がそう言って近付いて来た。
「えっと、四千五百って......メートル?」
「ミリだよ、ミリ。メートルじゃ水じゃなくて、天然ガスが吹き出てくるぞ」老人は缶コーヒーを一口飲むと、そう言って笑った。
「あの、四十メートルも手で掘るんですか?」
「土だろ?俺たちは岩盤を掘ってたんだぞ」骨ばったように見えた腕を曲げて見せると、そこには大きな力こぶが見えた。
「じいさん、腕相撲で勝てる気がしないよ」高木が老人をカメラ越しに映すと「十六から半世紀近く掘り続けたんだ。今度は石炭じゃなくて、真相を掘り当ててくるよ」と二の腕を叩いた。
「ちょっと、今のカッコイイな。俺が言ったことにしていい?」
老人は大きな声で笑うと「好きにしろ。俺たちは口で仕事をしないからな」と、年齢からは想像のつかない真っ白な歯を見せた。
高木はカメラを自分に向けると「何ひとつ勝てる気しない」と言って現場から離れた。
間もなく休憩が終わる。
しばらくは何も無い時間が続いた。動画の同接も、数字が減って行くのが分かった。
「監督、この作業ってどのくらいかかるんですか?」
昼休憩の時間に高木はカメラを監督に向けた。
「一週間の工期を貰ってるよ」
「え、今日じゃ終わらない?」
「スペース的にも大型の機械は入れられないし、二十年前とは言え一度掘削した地層にアプローチするからね。慎重に進まないと、証拠どころか人命も失われてしまうよ」
「あー、そうか。そうですよね」
高木は「マジかぁ」と天を仰いだ。
「みんなぁ、動画切り抜きOKね。訓練された視聴者諸君も、この絵面で暫く続くんで、切り抜き動画を見て本編に来ても大丈夫っす」
顔をカメラに戻した高木は、そう言ってカメラをスタンドに固定した。
「しぃちゃん、これかなりシュールだな」
「そうね、コンベアマニアが居れば刺さるかもだけど」
島田はモニターの中で、延々と土を運び出すコンベアを見て言った。
「ところで聞いた?未だに否認してるって」
「音尾さん、ねちっこいんだけどなぁ」高木は眉根を寄せて、悪夢の留置生活思い出していた。
「経験者は語るってやつね」
「このまま鈴木と西野のせいにして、湯島の話は年寄りの妄言ってとこで逃げ切りか」
「二十年だものね。証拠なんて指紋も何も出ないって確信してるのよ」
「天罰下りゃいいのに」
高木は足下の小石を蹴ると、そう言った。




