秋風
秋風が路上の枯葉を舞わせた。
「つむじ風!」
島田はクルクルと渦を巻く葉を指差して言った。
「珍しくもないだろ、そんなの」
高木は興味なさげに言うと、ウォルナットのドアに手を掛けた。
ドアの隙間から漏れ香る珈琲の香りに、自然と鼻が動いた。
カウベルが来客を告げると、いつもの奥の席で大きく手を振る男がいた、
「音ちゃん、久しぶり」
高木はヘッドギアの外れた音尾に、軽く右手を挙げた。
「音尾さん、千早さん、ご無沙汰してます」島田は二人に会釈をすると、外で見たつむじ風を話題にあげた。
「もう、秋なんですね」
「四人で駆け回った数日は、随分と昔に感じます」
千早と音尾の返答に「ほら」と高木を冗談っぽく睨みつけた。
「なんだよ」
「情緒が足りてないの、高木くんには」
そう言いながらいつもの席に腰を降ろした。
「木全、認めてないんだってな。新聞で読んだぜ」
高木は眉間に皺を寄せて「往生際の悪い」と吐き出すように続けた。
「殺人については鈴木がやったの一点張りで、今井加奈さんについては金を持ち逃げしたと言い張っています」
「はぁ!?仲間扱いな上に持ち逃げ?」
高木は思わずテーブルに手をついて立ち上がった。
「座って」
島田が裾を引いて高木座らせた。
その斜め後ろで、珈琲をトレーに乗せたマスターが苦笑いを浮かべて立っていた。
「本日のおすすめ珈琲。ブルボンとコロンビア、マンデリンのブレンドです」
マスターは四つのカップをそれぞれの前に並べた。
「セットのケーキをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「この香りに負けないケーキってどんなのがありますか?」
島田が立ち上る湯気を吸い込みながら尋ねた。
「レアチーズケーキやフルーツケーキが、このブレンドの甘みとコクと酸味に合うと思います」
マスターは嬉しそうに目を細めて言った。
思えばいつも場所代とばかりに、ブレンドやアメリカンを頼んでいた気がした。島田はそんなことを考えながら、フルーツケーキをオーダーした。
対して千早も音尾も高木も、男たちはレアチーズケーキだった。
島田は思わず吹き出して笑った。
「男の人ってレアチーズケーキが好きなんですって、オジサンになればなるほど」
「主語を大きくすると良くないですが、フルーツが好きじゃない男性が少なくないからかもしれませんね」
千早はそう言って出された珈琲に口をつけると「ああ、このブレンドには確かに甘酸っぱさが合いますね」と納得したように頷いた。
「さて、話を戻しましょうか。最初の逮捕の拘留期限の最終日に、窃盗の疑いで再逮捕しました」
「アイツ、まだ何か盗んでたのか?」
音尾の話に高木が反応した。
「佐藤圭太と安田実の証言です。鈴木から引き出した情報の中に、例の穴の場所がありました」
話の続きに千早の表情が曇った。
「千早さん、どうしました?」
島田が怪訝な表情で尋ねた。
「命乞いで情報を差し出したんですよね、鈴木は。両名の量刑に影響が出ないと良いんですが——」
「まぁそこは蛇の道は蛇です。湯島に情報を与えて思い出して貰いました」
「つまり?」高木が首を傾げた。
「湯島が突然思い出したという事実だけが記録に残っています」
「やっぱ警察怖いわ。いつか動画で闇を暴いてやる」高木は大袈裟に身震いした後に、そう言って笑った。
「湯島の情報提供で掘り出した木全の戦利品は、全て時効だと言うことが分かっていましたが、再逮捕に踏み切りました」
「時間稼ぎか」
「はい。このまま検察に引渡しては、今の罪でしか裁けませんから」
「でも木全は過去の強盗殺人を認めないんだろ」
「ですが、湯島の証言でこれら時効案件の物品が見つかったことで、浄化槽の証言に信ぴょう性が生まれました」
「まさか——」
「はい。明日、本人立ち会いで実況見分です。やっと浄化槽に手が届きました」
音尾は深く大きく息を吐き出すと「初めて配属されたのが笠木署で、初めての事件が草森ギン強盗殺人事件と市内女子高生失踪事件の合同捜査でした」と言った。
「つまり警察は端から今井加奈さんを疑っていたんだな」
高木が鼻じらむように言った。
「専従捜査から外れ、転勤で道内を転々としてここへ戻った時には、二つの捜査は形骸化していました。毎年のチラシ配りと、情報の小出しです」
「あの、やってる感すら出せてなアレね」島田も残念そうに口を挟んだ。
「そして今年の夏になって、高木さんの動画で全てが動き始めました。あなたは本当にファンタジスタだ。ただ、起きてしまった事件は、喜ぶことの出来ない重大なものでしたが」
「まぁ、あれは俺もショックだったよ。誤認逮捕までされたしな」
揶揄するような高木の表情は笑っていたが、音尾は頭を下げるしか無かった。
「あと五年で定年です。長い長い事件でした」
「ケーキをお持ちしました」
音尾が天井を仰いだと同時に、マスターがケーキを運んできた。
「わぁ」
島田の目の前に置かれたケーキには、カラフルな盛り付けで沢山のフルーツが散りばめられていた。
「美味そうだな」
「あげないわよ」
「はいはい。ところで明日の実況見分だけどさ——」
「プレス許可、出てますよ。撮影禁止場所もありますが、LIVE配信可能です」
その言葉に二人はハイタッチをすると「高木くん、もう何回でも捕まって来て!」と島田が叫んだ。
正面に居た音尾は、噎せてしばらく咳き込んでいた。




