入院
足を伸ばして寝るのは久しぶりだ。ネカフェのリクライニングとは全然違う。
消毒液の匂いさえ無ければ環境としては申し分ない。千早は点滴の一粒一粒が落ちるのを眺めながら、勤勉な脳細胞が堕落していく過程を楽しんでいた。
「千早くん、大丈夫?」
島田がチェストの花瓶に花を飾りながら声を掛けた。
「果物、置いとくぞ」
小さなバスケットに入った果物セットを高木が花の前に置いた。そして中のぶどうから一粒つまむと口に放り込んだ。
「甘っ」
「ちょっと、高木くん!」
小言を言いかけたその口に、高木はぶどうをつまんで押し込んだ。
「甘っ」
島田の頬が少し緩んだ。
「皮も食べれるやつだぞ」
高木はそう言うと、もう一粒口に入れた。
「じゃな、また後でな」
「ここの病院って、ご飯美味しいらしいですよ」
二人がそう言って出て行った病室には、千早と静寂と、三粒欠けたフルーツバスケットが残された。
——カチャ。
ドアノブを回す音に目を覚ました。
ドアの隙間から廊下の明かりが差し込み、人影が見えた。
人影は真っ直ぐベッドまで進むと、枕元で止まった。薄目を開けて様子を伺うと、点滴のツマミを捻った。
点滴は速度を上げてポタポタと落ち始めた。
人影はポケットから何かを取り出すと、それを点滴に混入させるとそのまま踵を返した。
ドアノブに手を伸ばした瞬間、勢いよく外からドアを開かれた。ドアの直撃を受けた人影がよろけて尻もちをついたところで、部屋の電気が点けられた。
「市長、こんなところで何をしてるんですか?」高木の棒読みのセリフに「わ、私を助けてくれた刑事さんのお見舞いだよ」と木全は床に座ったまま答えた。
「こんな時間にですか?」高木より少しだけ島田は上手だった。
「公務でなかなか時間が取れなかったんだ」木全は真剣に二人に答えていた。
「私の見舞いに来てくれたとは、恐縮です」二人後ろ、廊下からヘッドギア着けた音尾が顔を出した。
目を丸くして驚く木全の背中から「それで、点滴には何を混ぜたのですか?」と、千早が声を掛けた。
「点滴の針、刺してなくて効果効能が分からないんですよ」
「大丈夫ですよ、千早さん。鑑識で調べますから」三鷹がそう言って病室に入ると、手錠を音尾に渡した。
音尾は頷くと「二十一時五十三分。建造物侵入及び殺人未遂の現行犯で逮捕する」と宣告した。
カチャン——
冷たく大きな金属音が病室に響いた。




