ホット・リーディング
「島田さん。いや、島田穂乃香さん」
目の前の青年は、島田の名前を呼んだ。
「配信者の高木っちはご友人でしたね」
すり足で後ずさったのは、きっと彼女の本能だったのだろう。
「配信中にトラブルになった相手がお亡くなりになったのは、先週でしたか」
島田は返事の代わりに喉を鳴らした。
いや、唾を飲み込むことしか出来なかった。
「彼の配信が止まってから、一週間になりますね」
千早はひとつひとつ事実を並べていった。
そして「貴女が高木さんの窮状に気付いたのが逮捕の数日後とすれば、彼の拘留期限が延長された——違いますか?」と、ここで初めて推論を述べた。
「そうよ」
カラカラの喉からそれだけを搾り出した。
「メロンソーダ、飲みます?」
「アイスコーヒーがいいわ」
島田はそう言うと千早とラウンジに戻った。
「会わせて貰えないんですよ」
「拘留期間中は弁護士だけですからね」
開口一番の島田の訴えを、千早は静かになだめた。
「他に何にもないんでしょうね、警察は」
続けて千早がそういうと「どういう意味ですか?」と、不愉快そうに眉根を寄せた。
「つまり警察の捜査は既に行き詰まっているんですよ。高木さんを犯人にするくらいに」
「そんな!」
島田はその形の良い瞳を見開くと、口元に手を当てた。
「私に依頼するということは、彼の無実を信じている——で、良いですか」
島田は鼻の付け根に皺を寄せると「当たり前です」と、千早に鋭い視線を向けた。
「分かりました。では私も全面的に彼を信じましょう」
千早は彼女に手のひらを向けるとそう言った。
「根拠は?」
「依頼人を信じるのは探偵の義務です」
その言葉に島田の表情がふと緩んだ。
「依頼としては無罪の証拠を集める——で良いですか?」
「はい。お願いします」
島田は差し出された千早の手を握ると、そう答えた。
「ところで、私の名前を呼んで高木の件を話したのはホット・リーディングですね」
対話を通じて相手の情報を引き出して、さも心を読んだように、守護霊にでも聞いたように相手を騙す手法がある。
コールド・リーディングと呼ばれる会話術だ。
対して事前に収集した情報を、心を読んだように、守護霊にでも聞いたように相手を騙す話法がホット・リーディング。
千早がそんなペテンを仕掛けたと島田は言った。
「ええ、ホット・リーディングです。子供に相手をさせている間に調べました。不信感を持ちましたか?」
千早はしれっと隠すことなく回答した。
「ふふ」
島田の口元から笑みが零れた。
「あの子は本当に助手?」
「何人かカネも無しに、出入りする子が居ましてね。仕方が無いので仕事をさせてます」
零れただけの笑みが咲く花のように変わった。
「短時間での収集能力、信頼感が増しただけです」
この数日の間で凝り固まった心の奥が、優しく解けるような気がした。




