音ちゃん
音尾の居ない純喫茶らでんに三人は居た。
ニュースで知っているのだろう。マスターは音尾の定位置に静かにカップを置くと「これはツケには入れないよ」と寂しげに笑った。
「なぁ、らでんに来いって音尾さんからのLINE。どういうことだろうな」
そう言うと、高木は珈琲を口に運んだ。
「ま、察しはつくけどな」
そしてカップを置くと、そう言って足を組んだ。
「予想通りでも暴れないでよ」
島田は高木の脇腹を肘で突ついた。
「足を組むのは敵意は無いですよって意味らしいですよ、欧米では」
千早がそう言うと「だから首脳会議とかのニュースでは、欧米のトップは足を組んでいるんですか!?」と、島田は驚いたように聞き返した。
「ええ。足を組んだ状態だと、すぐに立ち上がれませんからね」
「つまり殴りかかれないってわけか」
「でも、日本の首相とかって足を揃えていたりしません?」
島田が映像を思い浮かべるように、首を傾げて、天井から下がる照明の方を見た。
「欧米的には臨戦態勢ってことだな」
高木は膝を叩くと、可笑しそうに肩を揺らした。
カランカラン。
カウベルの音と共に、外の喧騒が店内に滑り込んで来た。
揺れていた高木の肩が止まり、振り向かずに、その客を待った。
足音が真っ直ぐに向かって来た。
そして高木の横を過ぎて止まってから、高木に向かって深く頭を下げた。
そのままの姿勢で息を吸い込むと「笠木警察署の三鷹です。過日は申し訳ありませんでした」と、頭を下げ続けた。
カウンターまで届く声だったが、マスターはこちらを見ることさえなかった。
「ちょっと、高木くん」
島田が耳元で強く囁いた。
「えっ、これ俺がなんか言わんとダメなやつ?」
三鷹は微動だにしないで、頭を下げていた。
「あー分かった、分かった。お前、舎弟な」
「高木くん、言い方!」
島田が強く責めた。
「すみません。舎弟にはなれませんが、良いパートナーになれるよう努力します」三鷹は警官としての矜持として、ヤクザ的な関係を固辞した。
「ったくよ、反社よりタチ悪い真似したくせにな。分かったから座って音ちゃんの珈琲でも飲んどけ」
「音ちゃん?」
「音尾さんだよ」
「そう言えば、病室では音尾さんって呼んでたね、高木くん」
「あ?奥さんの前で呼べるかよ」
「高木さんは、とどのつまりは優しいんですよね。音尾さんのメンツと言うより、奥さんのためですよね」
千早はそう言って目を細めた。
「いらん推理しなくていいから、三鷹の話を聞こうぜ」
高木は、耳たぶまで赤くしてそう言った。




