古傷
「どこからお話ししましょうか......」
音尾は過ぎ去った遠い昔を思い出すように、ゆっくりと口を開いた。
笠木西高校の正門から入り、職員通用口前の駐車場に覆面パトカーを停めた。
職員や数名の教師たちの車が並ぶ中、来客用と書かれた駐車枠に入れた。
事務室の小窓から声を掛けると、先日の女性が慌てて上長を呼びに走った。
きっとあの後、叱責でもされたのだろう。
気の毒なことをした。そんなことを考えていると樋口主事が現れ「どうしましたか?」と、物腰柔らかく尋ねられた。
「恐れ入りますが、もう一度書庫を拝見させていただきたいのです」
そう言うと「では安田さんを向かわせますので——書庫の場所は大丈夫ですよね?こちらに呼びましょうか?」と快く応じていただけた。
「大丈夫です。迷わず行けます」
私はそう言って笑うと、一礼をしてから廊下を歩き始めた。
今井加奈がたった数ヶ月だけを過ごした校舎。希望を抱いて入学した彼女の無念を晴らす為に捜査を続け、縮小する本部からやがて外された私の無念 。
決して並列では語れないものだが、高木さん、島田さん、そして千早さんのお陰で手が届くところまで来たと思えた。
階段を登りきり、廊下の先を見ると図書室の前に男性が立っていた。先日の用務員だ。
私は駆け足で彼の元に向かうと「安田さんというお名前だったのですね。先日はありがとうございました」と頭を下げた。
「こちらこそ名乗りもせずにすみません。安田実と言います」
「音尾金吾です。改めてよろしくお願いします」
そう言うと「行きましょうか」と鍵束を取り出して図書室の戸を開けてくれた。
本の独特の匂いの中を歩くと「最後に警察の人が来たのは、十五年以上も前でした」ボソりと安田が口を開いた。
「申し訳ありません」
「いいえ。先日、お二人でみえた時は嬉しかったんですよ。刑事さんは、まだ諦めないでくれているのですね」
安田はそう呟くと奥の書庫のドアに鍵を差した。
「安田さんは今井加奈さんを、今でも気にかけているのですね」
私がそう言うと、安田は図書室を見回すようにしてからゆっくりと話し始めた。
「学校は大きな生き物なんですよ。生徒はもちろん、教師も数年で入れ替わるんです。十年もすれば昔を知る人間なんて誰も居ません。不祥事のような傷も人間同様、いつしか消えてしまうんです」
「我々警察もそうですね。基本的に移動がありますから」
私は安田の真意を計りながら、そう相槌を打った。
「でもね、私は唯一あの事件を刻んだこの学校の古傷なんですよ。『じゃぁ、咲いてはいけないものは深く埋めればいいのかな』彼女の言葉の真意に気付いてあげていれば——今でも声が耳を離れないんです」
そう言って安田は差した鍵を回した。
私は掛けるべき言葉を見つけられずに、頭を下げて中へ入るしか出来なかった。




