古地図
列車は明かり一つない暗闇の中を抜けて、光の奔流のような街並みへと車体を滑らせて行った。
「じゃぁ、明日。笠木病院で」
高木が 網棚のリュックを下ろす隣で、島田はそう言った。
千早は新さっぽろ駅で降りた二人と別れて、終点の札幌駅へと向かった。
改札を抜け、地下街へは行かずに外へ出た。見上げるJRタワーの無数の窓には明かりが灯り、札幌の夜を彩っていた。
今井が運ばれた病院の見当は付いていた。ここからほど近い距離だが、流石に会わせては貰えないだろう。
千早は足早に道を歩くと、細い路地を曲がった。飲み屋の裏口が続く薄暗い小路の中ほどに、明かりが見えた。目当ての店だ。小さな引き戸を開けると、カビ臭い匂いが出迎えた。
「まだ、大丈夫かい?」
「閉める言っても居座るんだろ」
店主の老人はフンと鼻を鳴らすと「ファイターズ戦を見とるから、欲しいものがあれば呼べ。ぼったくってやるから」とニヤリ笑って奥へと姿を消した。
千早は早速店内の古地図を漁り始めた。当時の笠木市の地図だ。二十年前というのが難しい立ち位置だった。古地図としては新しすぎた。昭和初期、せめて半世紀前なら——平成は、まだ遠い過去ではなかった。
「なんだ、まだいたのか」
店主の老人が再び顔を出した。
「二十年前の地図は古地図ではないですね」
「新しいな。どこのだ?中央区か、厚別区か?」
「いいえ、笠木市の地図なんです」
「笠木市か——」
店主は僅かに黒い部分が残った白い顎髭を撫でると「ちょっと待ってろ」と言って奥へと戻って行った。
「ほら」
店主は大きな地図本を、無造作に放るように置いた。
それは大手地図出版社の物で、当時の宅配業者が使う個人名まで載った地図だった。
「七万だな」
「高いな、当時の売価で三万だろ、倍でどうだ?」
「今日はファイターズが勝って気分が良いからな。普段は十万だ」
店主は両手のひらを開いて見せた。
「六万五千で頼む」
「優勝セールの値段だぞ」
店主は黄ばんだ歯を見せて笑うと、地図を千早に押し出した。
「カードは......」
「現金のみだ」
千早は薄くなった財布と分厚い地図本を手に店を出ると、欠けた月を見上げた。
「コンビニと牛丼、どっちが安いかな」夜風に混じってため息が漏れた。




