約束
「今は小康状態だそうです」
事情聴取を担当した桜田刑事が、音尾の状況を知らせてくれた。
「今井さんの方はどうでしょうか?」
千早そう尋ねると、首を振って「こちらにはまだ」と答えた。捜査上の秘密なのか、事実なのかはその表情からは読み取ることは出来なかった。
「釧路駅と空港、どちらに送りますか?あ、覆面なので大丈夫ですよ」
桜田はそう言うと、車を取りに外へ出て行った。
夕方の飛行機には乗れそうだったが、着いたところで病院に入れる時間ではなかった。それに、面会謝絶は明らかな状態だった。
「駅でお願いします」
千早たちはそう言って、後部座席に三人並んだ。
「私は音尾巡査部長とは、面識がありません」
署を出てすぐに、桜田はそう言った。
「ですが全国二十六万の警察官は、音尾巡査部長の行為を誇りに思い、無事を願っています。警察は個であり全です。そして全であり個です」
「でもね、桜田さん。私たちにとって、音尾さんは音尾さん以外に居ないんです」
千早の千早らしくない物言いに、高木は目を丸くしながらも、その頬を緩ませていた。
「そうですね、軽々な発言でした」
桜田はミラー越しに千早を見て、頭を下げた。
「いえ。警察組織はそうあるべきですし、私たちの暮らしはそうした人達に支えられているのは事実ですから」
同様に千早も、ミラーに映る桜田の目を見て言った。
駅前のロータリーには数台のタクシーが客待ちをしていた。
車輪のオブジェは今朝見た時と変わらず、ただそこにあった。
「半日しか経ってないのにな」
高木が感慨深そうに呟くのと同じくして、桜田が車を停めた。
「炉端焼きのいい店知ってるんですよ」ドアハンドルに手を伸ばした千早に、桜田はそう声を掛けた。
そして運転席から降りて、千早が手を掛けた後部ドアを開けると「今度、"五人"で行きましょう」と言って笑った。
「ええ、必ず」
雲間から覗いた陽射しが、握手を交わす千早たちの背中を暖めるように照らした。
改札を抜けてホームに入ると、釧路駅始発のおおぞらが四両の編成で停車していた。
「こうして見ると、なんだか短いわね」
「なんか、昔は倍くらい長かったよな」
「そうですね。子供の頃を思い出せば、後ろの方が見えないくらいに長く思いましたね」
千早の言葉に、高木はステップに足を掛けて車両の後方へ首を向けた。すぐ後ろには、駅周辺のビジネスホテルが見渡せていた。
「やっぱり短いな」
高木はそう言うと小さく笑った。
出発のメロディが流れた。
見送りに窓辺に寄っていた人達は、名残惜しげに数歩下がると手を振っていた。
ゆっくりと過ぎてゆく景色は、徐々に加速する列車に、鈍色の彼方に折り重なっていった。




