太陽園
「なぁ、ホントにやらなきゃダメか?」
「往生際が悪いわよ、高木くん」
教育委員会が入る庁舎を前に尻込みをする高木の背を、島田が叩いた。
「そうですよ、失敗しても命は取られません。湯島はどうか分かりませんが」
「千早さんも怖いこと言うなよ」
「ほら、高木くん。グズグズしてても千早さんの言葉が現実になっちゃう!」
「分かった、分かったから押すな」
不意に千早のスマホが鳴った。
「音尾さんです。......はい、千早です」
高木と島田は見守るように、千早の通話の結果を待った。
「今井加奈の父親が、姿を消しました」
焦りの混じった千早の声に、高木の顔から迷いが消えた。
「行ってくる」高木はそう言うと庁舎へと入って行った。
「私たちは?」
「まずは高木さんを待ちましょう。車が無くなっているようなので、釧路までは五時間以上は掛かるはずです」
出たのが今なら——とは口にしなかった。
「事件が解決したら、ゆっくりと観光しに来たいですね」
島田は空を見上げてそう言った。
青に灰が混じったような独特な空が、美しくどこまでも広がっていた。
「スパカツが美味しいらしいですよ」
「なんです、それ?」島田は首を傾げて千早を見た。
「スパゲティに、カツが乗ってるそうです」
「いやいや、どうして釧路まで来て海産物以外なんですか」
「なんか美味しいらしいですよ。食べたことないですけど」
「食べたことないんですか」膝が折れそうになった。いや、気負っていた肩から力みが消えた。
「きっと、何を食べても美味しいですよ」そう言って千早が笑いかけた時、庁舎から高木が駆け出してきた。様子がおかしい。
「嘘がバレましたかね」
「高木くん、大根演技だったのかな」
そんな二人を高木の言葉が戦慄させた。
「昨日、佐藤圭太が来てる」
「うそ......でしょ」
島田の首が、油を差し忘れた機械のように、ぎこちなく高木の方へ向いた。
「職員捕まえて、リハ通りに言ったんだよ。そしたら『湯島さんはとても慕われた先生だったんですね』って」
「それって」島田が唾を飲んだ。
「えっ、ええ。って答えた俺に『昨日も元教え子が尋ねて来たんですよ』なんて言うんだよ」
「佐藤圭太と聞いたんですか?」
千早の語気が、いつもより強く発せられた。
「ああ。僕は笠木西高校だったんですけど、知ってる人かなぁ?って惚けたら『佐藤圭太』って」
「湯島の住所は聞けましたか?」
「任せとき!」高木はそう言うとタクシーを停めて乗り込むと「しぃちゃん、千早さん!」と大きく手招きした。
「運転手さん、興津の太陽園って分かります?グループホームなんだけど」
「大丈夫ですよ、分かりますよ」
柔和な表情で運転手はこたえると、タクシーを静かに発進させた。




