敗北者たちの宴
「日付けなのは間違いないですね」
らでんのいつもの席で、音尾が目を丸くしていた。
「どうさ、音ちゃん。アンタならその日に何があったか調べられるんじゃないの?」
「ちょっと高木くん!」
「俺は散々な目に遭ったんだ、これくらいいいじゃねぇか」
「構いませんよ」
音尾はそう言うと「加奈さんの無念さえ晴らせれば」と力強く続けた。
「それなんですけど、ちょっと気になるんですよ」
千早は首を傾げてノートを見ていた。
「彼女、用務員さんに言ったんですよ。ラストノートって」
全員が千早を見た。
「そして、咲いてはいけないものは深く埋めるとも」
「どこに......埋めたの?」
島田の喉がゴクリと鳴った。
「音尾さんが言ったんですよ。『まるで地層ですな』って」
「書庫の書類!」
膝を叩いた音尾が叫ぶように言った。
「そうです。あの書類の中、1981年5月25日と記された何かです」
千早は深く頷くとそう言った。
「学級新聞とかクラス通信......」
高木の呟きに島田が「それね!」と指を差した。
「その時代ならガリ版印刷のわら半紙ですね」
音尾は探すべき地層を口にすると「マスクとアレルギー薬を買って来ます」と店を出て行った。
「私たちは何をしましょうか」
音尾の背中を見送った島田は、立ち上がってそう言った。
「しぃちゃん、早いって」
高木が島田の袖を引いた。
「市長は、後援会長の件で少なからず動揺しているはずです。鈴木、西野とくればその目的は明白でしょう」
「市長の再取材ですね」
島田は頷くと、今度は高木の腕を引いて立たせた。
「行くわよ」
千早は一人残った店内で珈琲を口にした。
苦味の中にほんのりとした酸味を舌で探り当てると、喉の奥に落とし込んだ。
鈴木、偽装、西野......
鈴木殺害の前後どちらかで、誰かが鈴木を演じている。
それから自殺に偽装。
この意味はなんだろうか。
佐藤が本当に自殺すると——
真犯人が得をする、市長が安心......
そうか、この事件の大元は今井加奈さんだ。つまり当時の犯人たちは、彼女に近い人間が、今回の連続殺人の犯人だと思っている。
テーブルを二度、指先で叩いた。
トントンと、鈍い音が鼓膜を震わせ思考を加速させた。
追うべきは佐藤ではなく市長——いや、顧問の湯島秀樹だ。
おそらく今井加奈失踪事件は湯島が主体となって、あのトラックで彼女を運んだ。鈴木、西野の共犯者が殺害され、今井サイドの人間が自殺した。
木全市長と湯島教諭は安堵——いや、油断しているはずだ。
だが、彼らがターゲットだと断定するにはまだ証拠が無い。
彼らが今井加奈に関わった証拠が。
カップの珈琲の深くに、天井のスポットライトが見えた。
奥底に宿る光りは、見えているのに届かない現状に似ていた。
皮肉なことに、彼らを救うには彼らの犯罪を証明する必要があった。
今の状況では警察を動かせない。
湯島の居場所を探せない。
そう、次は湯島だ。間違いない。
千早の奥歯が鳴った。
指先は届いているのに誰も救えない。
完敗だ——ただし、勝者など何処にも存在しない。敗北者たちの宴だった。




