ラストノート
音尾と別れて歩いていると着信音が鳴った。
島田からだ。
千早は画面をスワイプすると耳に当てた。
「千早です」
『お疲れ様です、島田です。例のラストノートの件です』
「何か分かりましたか」
『結論からいうと私たちには分かりませんでした。でも千早さんならどうかと思って......』
「材料はあるということですね」
笠木市から札幌のネットカフェに戻った。
先に着いていたのは島田達だった。
千早に気付いた島田が大きく手を振った。
「こっちです」
言われなくてもその異質な光景は、目立っていたのですぐに分かった。
ドリンクバーのテーブル席に、香水のボトルが所狭しと並べられていた。
「当時の女子高生の間で流行っていた香水です」
島田はハート型の可愛らしいボトルを小さく揺らして言った。
「もう売っていないものは、友人や個人売買で揃えましたよ」
「なんだかデパートの一階みたいな匂いがします」
千早がそう言うと「高木くんも同じこと言いましたよ」と笑った。
「一階だよなぁ」
「一階ですね」
高木と千早が確かめ合うように言うと、島田はもう一度クスクスと笑った。
「それでですね、封を切っていない新品以外は香りが変質しているかもしれないんですよ」
「もしかすると最初からラストノートかもな」
島田のあとを高木が続けた。
千早はハート型のボトルを手首に少量吹きかけた。
「エンジェルハートって言うんですよ」
島田の言葉を聞きながら手首に鼻を寄せた。
「ああ、なんだかあの頃に地下鉄とかで嗅いだ気がします」
「懐かしいですよね。私はまだ幼かったけれど、高校生のお姉さん達から香っていた記憶がありますよ」
「俺はよく分からないけど、でも香りって記憶に直結することがあるよな。子供時代のなんでもないある日を思い出したりするのは、ばあちゃん家の匂いを嗅いだ日だったりしたよ」
千早は少し考え込むと「集めて貰えた分でも十数種類——もしかすると男性のものかもしれない」と、顎に手を当てた。
「ですよね、藁の中から針を探すようです」
島田が落胆したように力なく言った。
「いや、これは我々が探すべきは藁の中でも針でもないということですよ」
「どういう事です?」
「私たちはラストノートと言われてすぐに香水と結びつけました。では四半世紀前の高校生で、ラストノートと香水をイコールで結び付けられる人はどれだけいるでしょうか?」
「俺は大学に入ってからだな」
「私は——高二か高三くらいかな」
「加奈さんも男子よりはそう言った知識は早いとは思うのですが、彼女の部屋に香水の類は無かったと思います。そう考えると——」
千早はカバンから今井家から借りた加奈のノートを取り出して、ボランティア部の組織図を剥がした。
「あっ」
島田と高木が同時に声を上げた。
直後、全員が息を飲んだ。
【1981.5.25】
組織図の下、裏表紙の裏面に鉛筆でそう書かれていた。
透けないよう、薄い芯で書いたのだろう。
二十五年間見つかることなく、ここに秘密は守られ続けていた。




