交番
野次馬の集まる中で自ら後部座席に座った千早は、いきなりドアを開けた。
シートベルトを着けかけた警官が「アンタ何やってるの!」と鋭い声を浴びせた。
「いや、後ろは内側から開かないって聞いてたから」
「ミニパトですよ、これ。移送なんて考えてないからチャイルドロックなんてしてないの」
「ああ、あれはチャイルドロックでしたか。てっきり特殊な改造をしているのかと思いました」
「まぁ、そういう車輌もありますけどね。ほら、さっさとシートベルトして!これ以上なんかやったら逮捕しますからね」
警官は本当に怒っているようだった。
「はーい」
千早は叱られた悪戯っ子のような返事をすると、野次馬に手を振りながら笑顔で会釈をして通り過ぎた。
さながらV.I.Pのようだった。
「笠木警察署の一課に音尾さんが居るでしょ。彼に伝えたい話があったんだよなぁ」
住宅街を抜けて国道に出たところで、千早がボヤいた。
「アンタ、免許証とかあるかい」
ミニパトはスズキ車特有のウィンカーの音をカチカチと鳴らしながら路肩に寄った。
そして無線機のキャリアを握ると免許証を読み上げて、音尾を呼び出した。
「アンタ何やってるの!!」
無線機越しに数分前に言われたセリフで、千早は再び怒鳴られてしまった。
「こんなのね、前代未聞ですよ」
警官は音尾に憤慨するように言った。
「パトカーをタクシー代わりにしようとするわ、音尾刑事を呼び出させるわ——」
怒りが収まらないのか警官の口は忙しく動き続けていた。
「音尾さん、鈴木淳也の現場ってこの交番から近いですね」
終わりそうもない話の腰を千早が折った。
正直な話、現場などどうでもいい。
音尾が持っているであろう、鈴木の最後の足取りが欲しかった。
「ん、寄っていくか?」
音尾も警官の話を振り切るように、千早に顔を向けた。
「正直、現場よりも最後の目撃証言が欲しいんですけどね」
「ああ、それなら——コイツ、西久保巡査だ」
音尾は口やかましい警官の肩を抱いて、千早の前に押し出した。
「えっ」
「えっ」
二人同時にそう口にすると、改めて顔を見合った。
「被害者はここまで徒歩で来ました」
「交番へですか?」
千早が少し驚くと「違います。交番の前を歩いていました」と答えた。
「では西久保巡査は、歩いていた男がどうして鈴木淳也だと言えるのですか?」
「音尾さん、取り調べみたいなんですけど」
西久保巡査は音尾に顔を向けて、情けない声を出した。
「まぁまぁ、答えてやってくれ」
音尾は交番の机でお茶を啜ってそう言った。
「足取りがおぼつかない様子だったので声を掛けました。縁石の辺りでフラフラと。その時に交番の椅子に座らせて一応身分証の確認をしました」
ため息をひとつ吐いてからそう話した。
「酔っていたのですか?」
「そこのラーメン屋で締める前に、三軒ハシゴしたと言っていました」
「司法解剖の報告でもラーメンの具材が上がってたな」
音尾が裏付けるように言った。
「調書とかは......」
「取ってませんよ、泥酔という程でも無いですから保護した訳でもないですし」
「ありがとうございます。西久保さんが声を掛けたことで、きっと手掛かりが見つかると思います」
千早は西久保の手を取って礼を言った。
悪い気はしない——
そんな表情の西久保に「また何かあればお話を」と言うと、断る隙も与えずに音尾と交番をあとにした。




