6月5日 追いかける足音のうわさ
なんとなく、赤司れこの発言が気になってTwiterを開く。
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赤司れこ@obsevare0430
赤司です! いろいろ書いちゃうよ!
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赤司れこ@obsevare0430 4時間前
フォロワーさん見てるー?
見てくれる人がいるとはりきっちゃう♪
体育祭の注目はやっぱりリレーかな?
次に探すとすれば、放送とかかなぁ? だから早く帰ったほうがいいよー?
体育倉庫行っちゃだめっていったのにぃ。
赤司れこ@obsevare0430 6月5日
あ! 初めてのフォロワーさんきたっ!
よろしくお願いシャス!
えっと、せっかくだし。
あっ怪我注意です! 寮のとこぬかるんでるから!
それから誘われても体育倉庫に行ってはいけません!
赤司れこ@obsevare0430 6月4日
今日から梅雨入りだってーやだなー。
俺雨きらい。
帰りはめっちゃ豪雨だから、気を付けてね!
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やっぱり体育倉庫。でも次に探すってなんだろう。
あれ? なんだかわからないけど違和感がある。
「ボッチー、とりあえず係は中止だってさ。朝早くから悪かったな。」
ぼんやり画面を眺めている僕に、係の集まりから戻ってきたナナオさんから声がかかる。ボッチーは僕の『一人』という名前からついたナナオさん特有のあだ名だけど、僕らの関係は良好だ、と思う。うん。
「人がたくさんいたけど、なにがあったの?」
「あー、2年の係の子が怪我したみたいなんだけど……なんか変なんだよね、先生たちの様子」
「変?」
「なんか隠してる感じ」
「そんなひどい怪我だったのかな」
「どうだろ? あっちで先生が何人か集まって話し合ってるんだけどさ。単なる怪我ならあんな風に話し合ったりしないんじゃないかな?」
ナナオさんが指差すのは体育倉庫の裏。5人くらいの先生がなんだか真剣な顔をして話し合っている。確かにちょっと変な雰囲気。時折、体育倉庫の屋根を指さしていた。
体育倉庫の屋根から落ちたとか? でも屋根に用なんてないよね。それに体育倉庫はプレハブで、はしごでもなければ上に登りようがない気がするけど。それに女子がいたのは体育倉庫内なんだよね?
そのうち先生の1人が僕らのことに気がついて、あっちに行け、という風に手を振った。
体育倉庫の入り口は今は鎖で施錠されていて、それがなんだかひき結んだ口みたいに硬く閉ざされていた。
午前の授業はだらだらとおわってお昼時。
僕はいつも学校の屋上で昼ごはんを食べているんだけど、今日は雨がザァザァと降り続いている。仕方なく購買でパンを買って教室に戻ると、同じように行き場をなくしたクラスメイトで教室は騒がしくごった返していた。
席に戻って窓の外の灰色の雨をぼんやりと見ながらカレーパンをかじる。聞くとはなく教室の声に耳を傾けていると、今朝の体育倉庫の件が話題に上っていた。
「今朝の救急車って2年の女子でしょ?」
「あー友達に聞いたんだけどさ、文芸部の子っぽい」
「文芸? なんか地味。何があったんだろうね」
「それがさ、先輩に聞いたんだけど先週末から誰かにストーカーされてたんだって」
「え、なにそれ怖い」
どうやらそのストーカーは校内で発生していたらしい。
朝の登校時や昼休み、夕方部活に行く時、学校を出る時や一人で行動する時、いつも少し遅れて足音がついてきた。その子を追いかけているように歩けば後ろから足音がして、止まればピタリと音がやむ。振り返っても誰もいない。
だから、その子は友達に相談して離れて後をつけてもらった。その時も後をつける足音がしたけど、振り返ると遠くに友達が立っていて、間には誰もいなかった。途中の教室のドアは閉まっていたし、ドアが開く音もなかった。友達もその子の後をつける人影もみていない。
結局、考えすぎじゃないの? ということで落ち着いたそうだ。その友達の中では。
女の子は、今朝左足が折れた状態で見つかった。解放骨折というやつでかなり酷い怪我だったらしい。
それでやっぱりストーカーは本当にいて、襲われたんじゃないかっていううわさ。
僕はこういう、足音だけが聞こえる妖怪の話を聞いたことがある。
『べとべとさん』という妖怪で、姿は見えないのに足音だけが聞こえるものだ。けれどもべとべとさんは足音が聞こえるだけで『先にお通りください』というと追い越して歩き去っていくし、人に危害は加えない。
「くだらねぇ」
隣の席の藤友君が、頬杖を付きながら窓の外を眺めながらぼんやりつぶやく。
「藤友君はうわさ話嫌いだよね」
「嫌いだ。……お前、これも首つっこむのかよ」
藤友君と目が合う。
この間の『腕だけ連続殺人事件』で僕が首を突っ込みすぎたことを気にしてるんだろう。
藤友君は怪異のうわさが嫌いだ。うわさをするとかえって怪異が寄ってくるっていう。それはなんとなく、わからなくもない考え方。
「これは違うかなと思う」
「そうか」
ぶっきらぼうにそう言うと、藤友君は興味をなくしたようにまた窓の外に視線を移した。
「そういえば、ペットの件なんとかなった?」
「ならねぇ。アンリは決めたら諦めないからな。そのうち何か拾ってきそうで怖い」
「大型犬だと世話が大変そうだよね。小型犬も騒がしいみたいだけど」
とりあえずお茶を濁した感じ。
2人でぼんやり窓の外を眺めながら、ゆっくりとした時間が流れる。
「お前は動物飼ったことあるのか? あぁ、そういえば猫がいるんだっけ」
「ニヤは飼ってるとかそういうのじゃないよ」
「せめてそういう理性的なものがいいな……」
何を飼うつもりなんだろ……。
藤友君はすでにあきらめモードに入っているようだ。
それにしても、と僕は先ほどのうわさに頭を戻す。
僕は新谷坂の封印から逃げた怪異を封印しないといけない。新谷坂から逃げ出した怪異と封印を解いた僕は、細い糸のようなものでつながっていて、新谷坂の怪異が近くにいれば僕にはわかる。
でも今朝の体育倉庫では、事件直後なのにそんな気配は全くなかった。だからこれは新谷坂の封印とは関係ないんじゃないかな、と思う。
体育倉庫にはいろいろな資材があるから、倒れたとかきっと何か事故がおこったんだろう。
昼休みの最後にナナオさんがやってきて、今朝予定されていた倉庫の整理が放課後に回ったことを聞かされた。
昼休みのうわさ話はこれでおしまい。
そして放課後。
僕とナナオさんは体育倉庫前に集まった。他にも3人の生徒。体育の先生から、今朝、体育倉庫の中の物が崩れて2年生の女子が怪我をした、だからお前らも気をつけるように、という注意があった。
今日の作業は体育祭で使う用具をチェックして体育館の中に移動しておくこと。今週末も雨の見通しで、体育祭が行われるのは結局体育館になりそうだから。
僕とナナオさんはそっと体育倉庫の中をのぞき込む。体育倉庫の中は小さな電灯がついていたけど、窓が高いところと足元にしかなくてなんだか薄暗い。それにほこりっぽい匂いがした。古いマットのしけった匂いっていうのかな。
「ナナ、今朝のこと聞いた?」
「ん? 2年の子が怪我したって話?」
「そうそう、実は文芸部の先輩なんだ」
ナナオさんに不安そうに話しかけてきたのは隣のクラスの女子、名前がわからないから仮にA子さん。カラーコーンを積み上げながらこっそり耳を傾ける。
A子さんは今朝僕らより早く体育倉庫について、その先輩と一緒に体育倉庫に入ったらしい。
別々のところで作業していると、急に先輩の『やめて』という声が聞こえて、そのすぐ後に大きな悲鳴が聞こえた。急いで見にいくと体育の先生がいて、大きな声でくるなと言われたそうだ。
A子さんは、先生が何かしたのかも、と心配そうに言っている。
そんな話を聞いているとふと雨音が急に途切れた気がして、体育倉庫の天窓を見て、目があった。
天窓に逆さまに張り付いた、人の顔。
僕はひょっとしたらそこで恐怖を感じるべきだったのかな。天窓に張り付いたその彼は無表情に倉庫内を見渡していた。薄暗い体育倉庫内にいる僕より彼は明るい外にいた。彼の後ろには明るい灰色の曇り空があり、まるで僕の方が薄暗い中にいる怪異みたいに感じられて、妙な現実感のなさを感じたんだ。真昼の幽霊とでも言うような。
彼は光を背にぱちくりと瞬きして、僕を見た。
次の瞬間、彼の背後がさらに明るくなって、そのあとバリバリというとても大きな音が響き、同時にナナオさんたちの悲鳴が上がる。
一瞬、ナナオさんの方を向いてからまた窓側を振り返ると彼はもういなくなっていた。
なんだったんだろう、ひょっとしたら見間違いかもしれない。新谷坂の怪異の気配はやっぱり全くしなかったし、現実感も全然なかった。
その後つつがなく体育倉庫の整理は終わる。
体育倉庫を出た僕は倉庫をぐるりと周り、さっきの顔が見えた窓を探す。朝に先生が指さしていたその窓は、2メートルより上の高さについていた。周りにははしごも足場もまるでなかった。到底登れない、人ならば。やっぱり見間違いなのかな。
ナナオさんに、どうした? と聞かれたけど、なんでもないと答えて寮に戻ることにした。
部屋に戻った僕は、座布団でくつろぐニヤに話しかける。
ニヤは猫の姿をしているけど新谷坂山の封印を守っている神様のようなもので、怪異には一番詳しい。僕が封印を解いた時に少し意識がまざったのが原因で意思疎通が可能。
「今日さ、学校で変なのを見たんだ。倉庫の高いとこから男の人がのぞいてたんだけど、多分人じゃないと思う。でも新谷坂の怪異の感じはなかった。なんだったんだろう?」
ニヤはちらりと僕をみてつまらなそうに答える。
「怪異は現世と隠世の壁を超えてくるものだ。新しくきたものであれば、新谷坂の封印には縛られておらぬ」
そっか。
僕は昔から封印されていた怪異のことしか考えていなかった。けれども新しく来ることもあるのか。
「そういう時って、僕はどうしたらいいのかな」
「お主が気にする必要はない。新しく隠世から来たものであれば、必要があれば我が封じる。ただし呪いの場合は封じることはできぬ」
呪い?
「呪いや、お主らがいう『都市伝説』というものは、現世のことわりによって生じる実体のない現象だ。新谷坂の封印は主に隠世の怪異、そして実体のある物を封じるものだ」
そういうものなのかな。
確かに呪いっていうと現世の人が現世の人を呪うものだよね。そもそも捕まえられるような『物』感がない。それを捕まえる方法も想像もつかないし、無理なのかもしれない。そういう場合ってどうするんだろう。
「呪いは呪物を用いるものでなければ、多くは時がたてば薄まる。呪物を用いたものであれば、この間お主が行ったように、封じることは可能だ」
この間、というと花子さんたちの時のことかな。あれは確かに新谷坂の封印のつながりを感じた。そうすると、あの男の人は新しくやってきた怪異か、呪いなのかな。物っていう感じは全然しないんだけど。
よくわからないや。
でも藤友君も言った通り、不用意に近づかない方がいいよね。
体育倉庫の準備はもう終わったし、近づかなければ大丈夫だと思う。
今日はなんとなく、いつもよりニヤとおしゃべりしたせいか夜がふけるのが早い気がする。
じゃあ、おやすみなさい。
電気を消すと、いつも通りニヤは闇に溶けたけど、小さな息遣いが聞こえた。
そういえば、ニヤって生き物なのかな?
昼休みの藤友君との会話を少しだけ思い出した。




