残された時間
「東矢くん、ひょっとして邪魔してる?」
放課後急いで教室を出ようとした時、眉間にシワを寄せてほっぺたを膨らませた坂崎さんが僕の席の前に立ち塞がった。
この場合の邪魔は花子さんの邪魔ってことだよね、多分。
「邪魔、してないよ」
「なんで邪魔するの。あの子はハルくんが好きなんだよ?」
こちらの話は全然聞いてもらえてない感。
でも藤友君の話では坂崎さんが藤友君を外に出そうと思えば出られるって言っていた。
「あの人が藤友君を好きなのは知ってる。でも、藤友君はあの人が好きじゃない。藤友君の気持ちはどうでもいいの?」
「ハルくんは嫌じゃないと思うよ? 嫌がってないでしょ?」
???
坂崎さんは何をいっているの?
藤友君はずっと外に出ようとしているのに。
「藤友君は外に出たいと思ってるよ」
「どうして?」
どうしてって、あたりまえじゃないの?
閉じ込められるのが好きな人がいるわけないじゃない。
「今のままじゃしたいこともできないでしょう?」
「ハルくんにしたいことはないよ?」
「ずっと一生出られないと困るでしょう?」
「そうなの?」
坂崎さんは少し首をかしげて心底わからないという顔をする。藤友君がいう通り藤友君の立場から説得するのは無理な気がしてきた。
「あの人は藤友君のこと以外に手伝ってほしいことがあるんだ。僕はそれを手伝いに行く。問題ある?」
坂崎さんは、んんん? っと考えてにこりと笑った。
「わかった。それならいいよ。でも邪魔しないであげてね」
やっぱり花子さんのための説得なら聞くのかな。どうしたらいいのかはまだ思いつかないけど。
坂崎さんと話して少し遅くなったけど学校と寮の境目近くの木の影でもぞもぞしている花子さんを見つける。昼と場所が変わっていない。
あまり動かない生き物なのかな。藤友君がいるから動けないとか?
でもやっぱりなんとなく幸せそうな雰囲気。……ひょっとしたらそんなに悪くはないのかな。
「さっき坂崎さんとちょっと話したけど邪魔するなって言われた。正直、説得は難しいかも。花子さんをうまくバラバラにしたらすき間から出れないかな」
「ここがどういう空間かにもよるな。俺ももう少し花子さんと話してみる」
始める前に少しだけ藤友君と打ち合わせしてスマホを一旦切る。電源は予備を持っているらしいけど節約しないと。外部との唯一の連絡手段だもんな。
よし、と花子さんを見る。
なんだか見慣れたせいか花子さんを前より不気味に感じなくなっていた。よく見れば人のパーツだし。ちょっと傷んでるところもあるけど基本的には僕と同じだよね?
とりあえず当たり障りのないところから始めるのがいいかな。
長い髪を取り除いてまとめて崩れそうなところや中身が出てるところははなるべく手を出さずに、大き目のパーツを引っこ抜く。なるべく似ているパーツは似ているパーツとまとめて保管。
花子さんの外側はぶらんと腕が垂れ下がってたりするけど、中の方はギチギチに絡まりくっついている。むりに引っ張ってもいいのかな。
「痛くない? このくらいなら引っ張っても大丈夫?」
「だ「だいじ」ぶ「ょう」」
「あなたたちは藤友君は外にいるより中に入っていたほうがいいと思う?」
腕を引っこぬく。この腕は藻が絡まっているから、あっちと同じ塊に。
「さわら、「だい」あ、ぶつかな、「んぜ」いいう」
安全。
花子さんは花子さんなりに藤友君が安全な場所を作っているつもりなのかな。藤友君もぬるま湯みたいだって言ってたもんな。やっぱり花子さん自体はいい人なのかも。
頭っぽいものを切り分ける。キョロリとこちらを向いた目と目が合う。意外とまつげが長い。この子はちょっとひしゃげてるから、あっちの体と同じかな。
そうやって完全に分離してしまうとそのたびに花子さんと繋がっている糸とは切れてしまうようで、感じ取れる意識は少なくなっていく。
少し、寂しい。
そうこうしているうちに花子さんは2時間程度でなんとなく同じようなパーツが集まった4つの山と、紐のようなものがギチギチに固まった切り分けられない部分に分かれた。
藤友君は出てこなかった。
でもGPSでは目の前にいる表示になっている。
「もしもし藤友君? 花子さんはわけてみたけど、藤友君は出てこなかった。どうしよう。まさか4つに割れてないよね?」
「こちらは全く変わってないな。異次元かどこかなんだろうか。花子さんは喜んでいる」
よかった。
でも新谷坂山の封印とは性質が違うのかな。あれは明確に入り口があったのだけど。藤友君はどうやったら出られるんだろう。
「僕の方はバラバラにしたら花子さんの声が聞こえなくなっちゃった。そっちはどう?」
「こちらはおそらく変わりないな。アンリは他になにか言ってたか」
「えと、藤友君が出たがっているって言ったら藤友君は嫌がってないって言ってた。あと、外に出てもやりたいことがない、とか」
電話口で舌打ちが聞こえる。
「俺は出たい、が確かに外に出てやりたいことはないな。もっと嫌がるべきか?」
なんだか独り言のような声。
「そりゃ急に言われても、やりたいことなんて浮かばないでしょ」
でも僕はこの怪異を封印しないといけない。
封印のためには藤友君には出てきてもらわないと困るんだ。藤友君ごと封印なんて無理。まあ封印の方法なんて知らないんだけどさ。
あれ?
よく考えると花子さんに感じた細い糸みたいなもの、新谷坂山との封印のつながりがどこにもなくなっちゃった。
4体分の何かからも感じない。4体のうちのどれかか全部が怪異だと思ってたけど違うのかな。
4体はもとの人の形に戻るわけでもなく、ばらばらのままのたのたと蠢いている。やっぱり怪異が影響して4体はもとに戻れないのだろうかな。藤友君も捕まったままだし。
「藤友君、そっちは花子さんから何かが増えたり足りなくなったりしてない?」
「うん? 特に違いは感じないが……それより東矢、そろそろ寮の晩飯が終わる時間だ。一度戻ったらどうだ」
スマホの時刻は20時半を示していた。寮の食事時間は21時まで。いつのまにか、あたりはすっかり暗くなっていて、学校と寮の間の塀沿いに設置された照明灯だけが冷たく光っている。
「もうこんな時間か。そういえば藤友君もご飯いるよね」
「いや、何故だがわからないが腹が減らない。体力が落ちてる様子もない。こちらは気にしなくていい」
その言葉に僕はちょっと嫌な感じがした。
ご飯も何もいらないなら、藤友君はずっとこのままかわらない。お腹が空いて藤友君が苦しめばひょっとしたら花子さんは出してくれるんじゃないかと少し思ってた。
でも状態が固定されてお腹も空かず中にいても困ることがないのなら、花子さんには藤友君を外に出す理由はない。
えっ? そうするとずっとこのまま?
この中では年をとるの?
永遠に1人ぼっち?
まさか。
僕は急に、ものすごく怖くなった。
それはいくらなんでも酷すぎるんじゃ。僕なんてたった3日話しかけてくれる人がいないだけで結構凹んだのに。
携帯の電池が切れたら藤友君は誰とも連絡がとれなくなる。中からは出られない。外からも探せない。藤友君を助けられる時間はもうあまりないのかもしれない。
そんな当然のことが今まで頭に浮かんでいなかった。
ニヤのいっていた『ねじれのせいで、見るものの認識を歪ませてゆく』という言葉が思い浮かぶ。
なんとなく、いつのまにか僕は花子さんに肯定的になっていてこのままでも悪くないんじゃないかと思い始めていた。花子さんは思ったよりヤバい性質を持つのかもしれない。
茂みの中にそっと花子さんを隠して一旦寮に戻った。




