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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第2章 恋する花子さん

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その袋の中はあたたかいですか?

 東矢との電話を切ると世界は再び柔らかな安息に包まれた。

 アンリには見透かされているのだろう。俺がここを快適に感じていることを。

 アンリは知っている。俺が最も求めているのは平穏だってことを。

 ここはとても生ぬるい。危険なものは何もない。花子さんは俺を大切にしている。正直、今では俺も花子さんに少しばかりは好意を抱いている。ここにいれば安全だ。平穏だ、そう感じ始めている。


 そっと手を伸ばすと、たまご色の壁はふよふよと後ずさる。

 なんだか、優しくて心地いい。外部刺激も何もない、やわらかな空間。

 こんな空間はいつぶりくらいだろうか。

 ここ十年ほど、平穏なんて俺の生活には影も形も見当たらなかった。


 俺は恐ろしく運が悪い。

 道を歩けば物は落ちてくるし車は突っ込んでくる。人間関係はすぐこじれるし、脅されたり襲われるのもいつものことだ。変なことに巻き込まれないよう注意を向けておかないと命がいくつあっても足りない。確かに俺はいつも平穏を求めている。

 ここでは花子さんが守ってくれる。

 いいことも起きないだろうが、俺の人生にはもともといいことなんて起きない。まともな好意を向けられるのも随分久しぶりだ。まともが何かというのはさておき。ここにいれば何も心配することはない。腹も減らなさそうだし、困ることもなさそうだ。何も。


 だが。

 霞がかかりそうな頭を振って切り替える。

 俺が求めている平穏はそういうことじゃないんだよ。

 組んだ甲に爪を立てる。ギリと唇を噛む。味わい慣れた痛みと血の味がなんだか久しぶりに感じられた。この兆候は危険だ。まだ捕まって半日ほどのはずなのにすでに時間の感覚もあやふやだ。


 平穏な暮らし?

 ああ、求めているとも。俺が一番に欲するものだ。

 だがそれは被害者として加害者から与えられたいものじゃない。

 与えられたものはいつ取り上げられるかわからない。そんなものには寄って立てない。将来を任せることなど唾棄すべき好意だ。


 俺の求める平穏は、俺が自分でつかみ取る。俺の人生は俺が切り開く。

 不運に屈しないと決めたとき、俺はそう決意した。

 意地とか、プライドとか、矜持とか、他人には大して意味がないものかもしれないが、俺が俺であるためには必要だ。そうでなければとっくにあきらめてその辺で野垂れ死んでいる。


 アンリは俺の感情にしか目を向けない。俺の魂には興味がない。

 面白いと思ったのが一番だろう。そしておそらく善意で俺をここに突っ込んだ。噛み合わないが、アンリは普通以上の善意は持ち合わせている。

 俺の頭の中を考えるなんて発想もなく、結論を与えて満足している。そんなことはわかっている。

 それなら俺は無理やり勝手にここを出るまでだ。俺が俺であるために。


 愚痴はここまでだ。俺はここをでなければならない。

 ならばその算段をつけよう。

 まずは現状の分析からだ。口元に手を当てて考える。思考を保つために唇に爪を立てる。

 まず、俺はこのままここを出られるか。


 最初に対象の特定。

 花子さんが『学校の怪談』であることは確定だ。

 花子さんは学校から出られない。それに、花子さんたちと話した結果、花子さんたちは名前等の個別の識別名称も設定以外の背景・過去の記憶も有していなかった。学校の怪談としての要素以外持ち合わせていない。


 次は『学校の怪談』の消滅要件だ。

 東矢の推論だと、学校の怪談は学校というフィールドが展開される限り維持される。ただ、学校の怪談といっても都市伝説の類と同様うわさを起点にしていると思う。そうするとおそらくうわさがなくなれば消滅する。

 それから学校に存在しないものや不自然なものは成立できない。桜の木が切り倒されたりプールがなくなれば『桜の下で首を吊った女子』や『プールで溺れて死んだ男子』は消滅するだろう。この学校に本物の『トイレの花子さん』がいないのは、おそらく高校のトイレに小学生がいるのはおかしいからだ。


 結論は否。仮に出られるとしても随分先だろう。

 こんな先の起こるかどうかわからないことを期待するのも難しいし現実的じゃない。

 俺の精神はもうそれほど保たない。その前に平穏に溺れて魂を失う。


 直接の解決が無理なら外部要因の検討。

 俺を閉じ込めているのは『学校の怪談』だが原因はアンリの命令だ。

 アンリに俺の感情が見透かされている以上『俺が外に出たほうが幸福である』という方向で説得するのは不可能だ。そうすると、俺がここにいる方が不幸であればいい。せっかく安全だと思って突っ込んだのに俺が危機的状況に陥る。結果は何も残らない。

 そんな状況ならばあるいは、アンリにとって期待外れだろ?


 このパターンは気が進まないが、仕方ないな。

 だが、やってやろうじゃないか。不幸は俺の隣人だ。

 いまさらどうということもない。

 俺はもともと不幸で、幸福なこの状況こそ俺の異常。


 東矢にメールを飛ばす。登校時に持ち込んだカバンから充電用ケーブルを取り出してシャツの長袖をまくり、左上腕をきつく縛る。ペンをケーブルに絡めてより硬くひき絞る。すぐに血流は悪化し腕から先は重くなり、冷たくなる。ハンカチを用意する。他はいらない。


「花子さん、手をつないでいいかな」

『て』


 手を伸ばすと、壁は逃げなかった。

 その表面がにゅるりと飛び出て人の手の形を作る。

 握手する。どことなく人肌より少し暖かいくらいだな。硬さはある。


「花子さん、俺は花子さんのこと結構好きだよ。でも、外に出してはくれないんだよね?」

『ここがいいです。わたしはハルくんをまもる』


 花子さん、いいひとではあるんだな。常識は違うんだろうけれど。

 花子さんは一時的にでも俺に平穏をくれた。ここが嫌いなわけじゃない。でも、俺はここにはいられない。だからこの時間はもう終わらせる。

 GPSで東矢が隣にいるのを確認して電話をスピーカーにする。


「花子さん、守ってくれてありがとう」


 ポケットに忍ばせていたツールナイフを素早く開いて左前腕に突き刺す。破れた動脈からどくりと血が吹き出る傷口にハンカチを押し当て心臓より上へ。

 花子さんがわたわたと慌てる様子を感じる。


「花子さん、ここ、血がでている。中身が出ないようギュッと押さえてて。東矢、すぐ救急車呼べ。花子さん、俺、このままだとこわれるから、200数えるくらいの間強くおさえた後に外に出して。外の東矢がなおしてくれる人のところまで連れて行ってくれる」


 それから。

 だめだ。朦朧としてきたな。耐えろ俺。


「東矢、外に出たら出血部位を強く押さえて止血しろ。傷は心臓より上をキープ、あとは……」

「藤友君⁉ なにがあったの!? すぐ救急車よぶから‼」


 通話が切れたところで俺の意識は薄らいだ。

 左腕を押さえる花子さんの手は温かく、予想以上に力強かった。


◇◇◇


 急いで来てほしい、という藤友君のメールを見て、僕は慌てて部屋を飛び出す。

 散らばった花子さんたちのところに着いた瞬間、藤友君から電話が鳴った。


「花子さん、ここ、血がでている。中身が出ないようギュッと押さえてて」

「藤友くん⁉ 何が⁉」

「東矢、すぐ救急車呼べ。花子さん、俺、このままだとこわれるから、200数えるくらいの間強くおさえた後に外に出して。外の東矢がなおしてくれる人のところまで連れて行ってくれる」


 電話口の藤友君は妙に冷静な声でこちらの返事も聞かずに話し続ける。

 どうしたら、どうしたら。手のひらがあわあわして震える。

 花子さんの中は安全なはずじゃなかったの⁉


「東矢、外に出たら怪我をしてるところを強く押さえて血が出ないように、傷は心臓より上をキープ、あとは……」


 意味がわからない。けれども聞こえる内容がやばい。一刻を争うのかも。

 急いで一度電話を切ってすぐに救急車を呼んだ。

 そうこうしていると、花子さんたちの真ん中に転がっていた分解しきれなかった塊がシュルシュルと大きくなり、藤友君を吐き出した。意識があるのかないのかわからないぼんやりした藤友君の左腕にはハンカチが巻かれ、そこからドクリと血の固まりが漏れ出した。駆け寄って急いできつく抑えるけれども僕の両腕の隙間から次々に血が流れおちてすぐに真っ赤な血だまりができる。

 すでに腕の先は紫色だ。ええと、これでいいのかな、強かったり弱かったりしないかな。

 それにしても一体何があったんだ? 手がかりを求めて周囲を見回す。


 そうすると、藤友君を吐き出した塊の中に、2センチくらいの緑色のくすんだ石が混じっていた。

 そこからしゅるしゅるとした糸のかけらのようなものを感じる。

 直感する。これが怪異の本体だ。急いで奪い取ってポケットに入れた。


 そうすると、それまできつく絡まっていた部分が自然にほどけてバラバラになり、さっき分けた4つの塊にそれぞれ合流していった。それまでノタノタと( うごめ)いていただけの4つの山がだんだんと固まって、人の形をとっていく。なんとなく花子さんぽい女の子。ちょっと潰れた男の子、ぬめぬめしている男の子、傷だらけの女の子。

 花子さんぽい子以外の3人は、僕と藤友君に軽く礼をして、それぞれに去っていった。


 花子さんぽい女の子は僕と藤友君の隣に座り、真剣な顔で両手でぎゅっぎゅっと空気を握るように動かす。もっと強くってことかな。ハンカチの上から力をこめる。その瞬間、ぷくりと血の泡が立つ。ハンカチはすでに血塗れで、僕の腕を伝ってどろりどろりと地面に滴り落ちる。垂れ込める血の匂い。力を籠めると指先がより青くなり、怖くなってちょっとでもゆるめるとどくりと真っ赤な血が流れはじめる。

 ああもう、どうしたらいいの⁉

 震える僕の手は力が入っているのかいないのか、よくわからなくなってきた。本当に怖い。人の命を預かるとか、こんなに怖いこととは思わなかった。

 そうこうしているとサイレンとともに救急車がやってきて藤友君が運び入れられた。僕も一緒に乗り込む。救急車後部の窓からは、花子さんが暗い学校の門からこちらを心配そうに窺っているのが見えた。


 救急隊員の人に適切な処置だってほめられた。僕はなにもしていないんだけど。

 お医者さんに状況を聞かれたけど、藤友君から怪我をしたから救急車を呼んでほしいって電話があって、行ったら血がいっぱい出てたって話した。止血が早かったせいで命に別状はないそうだけど、藤友君は目を覚まさないまま入院することになった。

 病院が連絡したのか担任の先生がやってきて、僕は交代で寮に帰った。


 新谷坂に戻ると学校の入り口で花子さんが待っていた。

 藤友君は大丈夫だけど、今はまだ治している途中、と伝えた。花子さんが手招きするのでついていくと、校庭の端にある大きな桜の木にたどり着く。

 花子さんの怪異のフィールド。

 夜の桜の木は堂々と枝葉を空に伸ばし、どっしりと力強く鎮座していた。


「とうや、ありがとう」

「僕は救急車を呼んだだけだよ。それよりなにがあったの?」

「ハルくんが出してくれないのかって聞いたから、わたしが守るからここにいようって言ったの。そうしたらハルくんがこれを腕にさした。どうして?」


 花子さんはうつむきながら僕に小さなナイフを渡す。

 万能ナイフから引き出された刃は、3センチほどの深さまで乾いた血が付いていた。

 これ、自分で刺したの……? 本当に?


「えっと、藤友君は外にでたかったんだと思うよ」

「外……?」


 花子さんはよくわからない、という表情をする。

 ひょっとしたら、『学校の怪談』は学校から出られないから『外』の意味がわからないのかもしれない。


「学校以外のところ、かな。藤友君は今も病院にいるけど、僕らはこの学校以外の外に出られるんだ」

「そう……ここはだめなの?」

「僕らはここに3年しかいられなくて、3年経ったら出て行かないといけない」


 なんとなくだけど、ここを動けない花子さんがなんだかかわいそうに思えてきた。

 花子さんは悪い人ではないと思う。花子さんの周りは他の怖い場所と違ってふわふわした不思議な空気が漂っているから。

 けれども、こればっかりは、どうしようもない。

 僕と藤友君は人間で、花子さんは人間じゃないんだから。

 僕はそれから東の空が少し明るくなるまで、桜の木に背を持たれて花子さんの話を聞いた。僕らがうまく収まるように。

 そして、ちょっとだけ作戦をたてた。

 ダメならダメでしかたがないねって花子さんと話しながら。

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