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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第2章 恋する花子さん

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18/61

荒ぶる魂の暴走

 翌日、藤友君が学校を休んだ。

 僕は午前中に気が気じゃなかった。本当に体調不良? それはあの花子さんのせい、なのかな。そうすると僕のせい?

 ドキドキしていると昼休みに入って着信があった。表示を見ると藤友君だ。


「東矢か? よかった、繋がった。俺は今どこかに捕まってる」

「藤友君⁉ 大丈夫⁉」

「今のところは大丈夫だ。GPSで俺の位置がわかるか?」


 急いで藤友君の場所を調べる。寮と学校の間。昨日僕が花子さんと会って指差した、歩道から少し離れた木のあたり。とりあえずスマホを片手に息を切らしながら全速力で走ると、その木の背後の茂みの陰に、昨日と同じように花子さんが小さく蠢いていた。

 GPSは花子さんと同じ場所を差している。


「ごめんっ藤友君。花子さんには昨日藤友君に近づかないようにお願いしたんだけど」

「お願い? いやお前のせいじゃない。LIME転送するからちょっと待ってろ」



あんり♡ : ハルくんおはよー♪ あのね、さっき昨日の子にあったの 07:12

あんり♡ : それでー、なんかハルくんを見守るって言ってたけど、恋♡してるなら捕まえなきゃっていっちゃった♪ 07:12

あんり♡ : いい子っぽいし、やっぱためしに付き合ってみたらどうかな!? 07:13



 その画面を見た瞬間、背筋が泡立つ。

 なんだ……これ……。

 坂崎さんは正気なの? 坂崎さんは正しく花子さんの姿が見えている。

 本気で勧めているの? それとも何かの嫌がらせ?


「おい東矢、聞こえてるか?」

「藤友君ちょっとまって、花子さんと話してみる」


 僕は木陰に腰をおろしておそるおそる花子さんに手を伸ばし、しゅるしゅる伸びた糸をつかむ。


「昨日ぶりだね、ちょっといいかな?」

「と、や「と」い」

「藤友君、ちょっとびっくりしてるみたい。一度出してあげてもらえないかな」

「い、だ「だめ」た、て「いわれ」た、しさわ「てな」、い、ゆ」


 言葉は相変わらず複数の四年が混ざってぶつりぶつりと千切れている。

 けれども糸からは、ふんわりと幸せそうな気持ちが伝わってくる。

 ええと、そうじゃなくて。


「東矢、ちょっといいか。確認したい。お前、昨日花子さんに俺に近づかないよう言ってくれたんだな?」

「うん……。一応今も触らないようにしてるみたい。苦しかったりしない?」

「苦しくは、ないな、ぬるま湯の中にいるようだ。何か、そうだな、革袋の中に入ってるような感じがする。それより元凶はアンリだ。昨日もそうだったが花子さんはアンリの言うことに従っている」

「従ってるってどういうこと?」

「昨日、アンリがつきあえって言うと花子さんはつきあうと言った。今日も捕まえろって言ったから捕まえた。だからおそらくアンリが花子さんに俺を出せと言えば出れると思う」


 花子さんが坂崎さんに? 

 だって花子さんはおばけでしょう? そんなことがありうるの?

 それに、なんでそんなことを。


「アンリは俺と花子さんが付き合ったほうが面白いと思っているだけで悪気はないbだ。アンリに『俺を外に出した方が面白い』と思わせれば出られる、多分。糞。なんつう難易度だ。さっきからアンリにLIMEを送ってるが、『お幸せに』しか帰ってこない。東矢、巻き込んですまないが、アンリを説得するのを手伝ってほしい」

「それはもちろん……。でもなんで坂崎さんは花子さんと藤友君をくっつけようとしてるの? 花子さんに恩か何かあるの?」

「花子さんは多分関係ない。……相手が人間だろうと妖怪だろうとアンリは俺がコクられたのを面白がってるだけだ。アンリは一見普通にみえるが狂っている。人と同じ思考はしない。どう話すのがいいのか、俺も考えて後で連絡がする。頭が痛ぇ」


◇◇


 ここは暖かく狭い袋の中。まるで胃袋の中に放り込まれたようだ。

 正直言って、ぬるめの温泉に浸かっているようで快適だった。気温は20度くらいだろうか? 携帯の時刻は昼を過ぎているのに腹が減る様子もない。生理現象が作用しない空間なのか? 刺激も何もない。このままここにいると人としてだめになりそうな気がする。

 たまご色のぽよぽよした壁のようなものにすっぽり包まれているが、手を伸ばせばその分壁がそろそろとよけていくのから視覚以外に窮屈さはない。なんとなく丁寧に扱われている気はする。


 外のことはさっぱりわからないが、GPS上さきほど東矢は俺のすぐ隣にいて花子さんに聞いてみると言っていた。

 それならばここは花子さんの腹の中か。動きようがないな。当初の予定通り情報収集が得策か。

 試しに声をかけてみよう。


「君は昨日俺を呼び出した人?」

『そうです』


 たまご色の壁がふよふよ動いて壁に文字が表示される。

 几帳面そうなゴシック体。返答があるのは幸先がいい。


「俺はこれからどうなるのかな?」

『ここにいます』

「外に出してもらいたいんだけど」

『つかまえるのがいいと、ききました』


 花子さん、アンリより断然話が通じるな。

 すこし不毛な気分になる。


「さっき君と話してたやつ、東矢って言うんだけど、東矢は近づかないように言ってなかった?」

『とうや、は3メートルくらい、はなれるのがいいといいました。あと、はるくんは、すぐこわれるから、さわらない。あさのひとにそういいましたが、はるくんは、すぐけがするから、つかまえておくほうがいいといいました』


 アンリ……。

 心底ろくなことしないな。

 それから東矢は想像以上に働きかけてくれたようだ。

 なんだかすまない。ありがとうな。


「君はどうして俺とつきあいたいの?」

『はるくんは、たすけてくれた』

「助ける? 呼び出したとかじゃなくて?」

『よるに、あさのひとにとじこめられた。はるくん、だしてくれた』


 いろいろ聞き出した結果、アンリが元凶だった。

 ことの始まりからだ。俺も失敗に関与していた。むしろ花子さんは巻き込まれた犠牲者だった。

 アンリが願えばその幸運でたいていことは叶う。人も怪異の類でもアンリに従う。多少の運命は押し通す。


 アンリは見たいと思って4つの怪談を持ってきた。

 その怪談を見たいと願って『トイレの花子さん』を探した。


 今の花子さんは4体の霊、というか4体の『学校の怪談』の集合体だ。

 桜の下で首を吊った女子。

 体育倉庫で惨殺された女子。

 屋上から飛び降りて死んだ男子。

 プールで溺れて死んだ男子。

 並べるとどれも昨日の夕方アンリが持ってきた怪談だった。

 ところが俺は全部を却下してトイレの花子さんで押し切った。アンリは4体に会うために『トイレの花子さん』を探すというねじれが生じた。

 普通、そこを混同したりしないだろ。


 東矢の離していた学校の怪談の法則に則れば、この4体の『学校の怪談』はこの学校にポップ(出現)していた。

 ところがアンリはこの4体を『トイレの花子さん』と定義し、どういう法則が発動したのか4体を3階の奥から3番目のトイレという『トイレの花子さん』の領域に押し込んだ。4体は『トイレの花子さん』ではないから、トイレのフィールドを活用できない。出ることもできずに困っていたところを、俺が『トイレの花子さん』の法則に則り扉を開けて解放したから感謝された。

 4体は既に自らでは離れがたいほどくっついてしまって元の姿に戻れずよくわからない『学校の怪談』として校内を彷徨い歩いている。なんとなくそういう1つの『学校の怪談』と化しそうだ。


 とはいえ俺もこのままなのは困る。

 俺が話した感触では花子さんは外に出してくれそうにない。この4体は初めからアンリに呪われている。ようするにアンリが作った『学校の怪談』にも等しい。生みの親であるアンリの言うことに背くことはできなさそうだ。


 アンリを説得する方向性を検討する。

 誘導じゃなく説得。クラリと気が遠くなる。


 1つ目の方法。

 アンリの希望を実現する、つまり花子さんと付き合う。今はお試しで捕まっているわけだからまじめにお付き合いしたいからとか適当に返事をすれば、すぐに出られるかもしれない。

 けれども花子さん自体に悪い感じはしないが常識が合致するとは思えない。

 それぞれの『学校の怪談』の着地点を検討する。


 『桜の下で首を吊った女子』。

 これは通るたびに恨みがましく見つめられる奴。

 多分、昨日の放課後に俺が見たのはこの子の姿な気がする。特に困らなさそうだ。

 『体育倉庫で惨殺された女子』。

 これはダメだ。追いかけてきて殺しに来る奴だ。

 『屋上から飛び降りて死んだ男子』。

 仲間を求めて足を引くと言っていた。

 『プールで溺れて死んだ男子』。

 藻に絡みつかれて溺れる。一番苦しそうだな。

 総合的に『つきあう』は悪手に思える。


 2つ目の方法。

 アンリにとって俺が外に出たほうがより面白い展開を用意する。

 3つ目の方法。アンリに全く別のものに目を向けさせる……はよくないな。このまま完全に放置されて忘れ去られそうだ。

 だんだん投げやりな気分になってきた。思わずため息が漏れる。


『だいじょうぶ?』

「出してもらえると大丈夫になるんだけど」

『つかまえといたほうがいい、って、いわれたの』


 アンリにとって面白い展開、か。胃が痛む。

 他には何かないだろうか。


◇◇


 授業中、藤友君とこっそりメールでやりとりをしていた。

 先生がカリカリとチョークで板書する中、僕はペチペチと携帯を叩く。結構な緊張感だ。

 でも僕は極めて存在感が薄いから先生を含めて誰にも気が付かれない。封印の影響が初めて役に立っている気がする。

 ……全然嬉しくない。


「俺も花子さんと話した。だが捕まえろっていうアンリの命令を何とかしないと外に出れそうにない。アンリに俺が外にいたほうが面白いと思わせれば外に出られると思う。残念ながら今のところいい案が浮かばない」

「ええと、自信ないけどどうしたらいいかな、藤友君に他に好きな人がいるとか言ってみるとか?」

「……無理だな。今アンリは花子さんの味方をしている。よけい出られなくなる気がする。俺がこのままでは危険だというのもおそらく駄目だ。花子さんは俺を守っている認識だからな。花子さんが喜びそうなことの方が通りやすい気がする。」


 うう、難しい。

 そもそも僕はコイバナに縁がない。どころか友達がほとんどいない。


「外でお試しデート、とかどう?」

「花子さんは学校から出られないんだよな。花子さん自身には特に今したいことはないらしい。だからアンリに直接確認されたらバレる。というか花子さんはこの状態が気に入っているみたいでお手上げだ」


 なんだかさっきも楽しそうだったもんな。

 でもそうすると藤友君はずっと花子さんに閉じ込められたままになる。

 あのしゅるしゅるした糸は僕が開放した怪異だっていう証拠。

 だから僕は何としても藤友くんを助けなきゃ。


「そういえば、花子さんが喜びそうなことって他に何かないのかな。昨日は無理やりくっつけられて嫌みたいだったけどバラバラになりたいとか」

「バラバラか……少し聞いてみる」


 言ってみて気がついたけど花子さんは4人分ぐらいの何かが組み合わさったものだ。

 ほどいていけば藤友君はでられないかな。

 解く、解くのか、あの花子さんを。でも。


「放課後にバラバラにするのをちょっと試してみたい。内側ってどんなかんじ?」

「内側は触ろうと思っても触れない。中にからのリアクションは難しいと思う。今聞いたらバラバラにはなりたいようだ」

「わかった。とりあえずまたあとで」


 午後の授業は丁度折り返し地点。

 南向きの窓際の僕の席にはぽかぽかと春のうららかな日差しが差し込んでいた。

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