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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第2章 恋する花子さん

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背中、容赦なく蹴飛ばされる

「あの……私とつきあってください!!」

「付き合っちゃえばいいじゃない!!」


 こんな声が聞こえちゃったら、私は思わず叫んじゃう。

 なんとなんとっ! ハルくんが告白されている!


 私は今3階の西側トイレにいるの。

 どうしてかって、昨日ここに探検に来て、なんか変だったのになんにも見つけられなかったから!

 夜にドアが閉まるなら、昼でもドアはしまるでしょう? ドアを開けたらなんかいる気がしない?

 でも、今見たらトイレは開いてた。つまんなぁい。

 あーあ、と思ってたら、トイレの窓から声が聞こえたの。


 ひょいっと見下ろしてみたら、なんとハルくんが告白される真っ最中!

 ううーん、私の記憶でも、ハルくんが誰かと付き合ってたことは、ないかな?

 超珍しい!

 ハルくんに春がきたぁー!

 きゃぁ、なんか超楽しい。


 足をパタパタさせてからトイレからもっかい見下ろすと2人してこっちを見ていた。

 あれ? つきあわないの?


「つきあいます!」


 あれあれ?

 ハルくんじゃないほうからお返事が来ちゃった。


「ごめんなさい! お断りします!」


 そう言ってハルくんは走り去った。

 ぇぇ~つまんない。


◇◇



「藤友君! 断って! 今すぐに!」


 アンリの声に一瞬頭が真っ白になったとき、イヤホンから切迫した東矢の声が聞こえた。

 首筋全体にぞわりと怖気が広がる。

 俺は急いで断りの文句を言ってその場を離れた。

 ……最悪だ。アンリのあの声は相当面白がっている。

 花子さん(仮)は俺の返事をどう受け取った?


 ともあれ俺は東矢と一緒に急いで校舎を離れて寮に戻る。

 ちょうど夕食時で食堂や談話室は混んでいたから東矢の部屋に招かれた。ぱっと見は綺麗だが、なんとなく雑然とした部屋だな。椅子を勧められたが断って床に座る。他人の椅子は落ち着かない。東矢は散らかったベッドを片付けて腰かけた。


「東矢、あれは『トイレの花子さん』だと思うか?」


 東矢はお茶を入れながら不可解そうに俺を見る。


「僕にはそうは見えなかったけど……何を話してたの?」

「うん? 話し声は聞こえなかった?」

「藤友君の声しか聞こえなかった。なんだかゴプゴプ言っていたように聞こえたけど。藤友君がつきあえないって言って坂崎さんがつきあっちゃえって言ったら急に元気付いてヤバイと思った」


 そんなに距離は離れてなかったと思うんだけどな。

 怪異の類は声が録音できないのもセオリーだし、携帯に通らないのかもしれない。あるいは俺にしか聞こえない、とか。


「『つきあってください』と言われて断った、と認識してる。『つきあう』は憑依のほうかもしれないが」

「ああ。それであの返事だったんだ。うーん、どうだろう……断ったのはよかったとは思うんだけど、途中で坂崎さんが変なこと言ってたからなぁ。そういえば、坂崎さんはなんなの? わざとなの? 藤友君かなり危険だと思うんだけど」


 東矢は眉を潜める。さて、なんと説明しものか。


「昼にも言ったが、アンリは今が面白ければいいんだ。結果とか危険性は考えてないしわざとじゃない。だから東矢もアンリとの付き合い方には気を付けたほうがいい」

「……友達じゃないの?」

「どうだろうな。少なくとも俺にとって『友達』とは違うと思う。アンリはその辺の化け物より話が通じないと思っておくのが安全だ。なんにしろアンリにバレたのが痛い。アンリは多分全力で俺とくっつけようとする」


 どうしたらいいのか本当に頭が痛い……。


「それはちょっとさすがに……。ううん、じゃあ、藤友君は坂崎さんのほうを何とかして。僕はアレ、じゃなんだから『花子さん』のほうにあたってみる」


 花子さんにあたる?


「花子さんにあたるってどうやって?」


 えっと……と言い、東矢は目を泳がせる。


「1回会ったから、場所はわかる……と思う」


 こいつは霊能力者かなんかなのか? とりあえず嘘をついているようには思えないが。

 ともかく花子さんとアンリの2方向から襲われるのなら、駄目もとでも1つを受け持ってもらえるのはありがたい。アンリ対策だけでも頭が痛い。


「すまない、恩にきる。今度なんかおごるよ」

「いいよ、まあ何かの縁だし。あ、そういえばつきあってる人って坂崎さん?」

「違う。断る決まり文句だ。」


 冗談じゃない。

 考えるだけで恐ろしい。


◇◇


 藤友君が部屋を出て行ったあと、1人で考える。

 僕は『トイレの花子さん』の可能性が一番高いと思っていた。でもあれは、『トイレの花子さん』っていう代物じゃなかった。


 怖いというより、ものすごく歪で不自然なものだった。

 これって、『トイレの花子さん』に見えるものなの? ひょっとしたら藤友君には違う姿で見えてるのかもしれないな。それじゃあ坂崎さんも?

 でもその期待は夕食時に打ち砕かれた。


 寮は午後5時から9時の間で食堂で自由に食事をとるスタイルになっている。たまたま坂崎さんと夕食にかち合ったから放課後のことを聞いてみる。


「あれっ東矢君もみてたんだっ。つきあっちゃえばいいのにねー」

「坂崎さんはあの人どんな人だと思う?」

「んん? ええと? こないだ美術でやったアルチンボルドの絵みたいな人だよね?」


 坂崎さんは右手で髪の毛をくるくるといじりながらにこにこと答える。

 アルチンボルド。

 野菜や果物で人の姿のだまし絵を描いた画家。坂崎さんから見える花子さん像は多分僕の見たものと同系統だ。混乱が深まる。


「あの人、どうみても人間じゃないじゃない。藤友君は嫌じゃないかな」

「そうなの? ハルくん彼女いたことないよ?」

「えっと、やっぱり人間がいいんじゃないかな。かわいい女の子とか。それに人と人以外じゃ価値観が違うから藤友君が危ない目にあうかもしれない」

「愛ゆえ?」


 坂崎さんは可愛く首をかしげる。

 駄目だ、会話が全然成り立ってない気がする。困っていると藤友君も食堂に現れる。


「アンリ、俺、今日のやつとつきあうつもりないから」

「ええーなんでー? 試しにつきあってみればいいんじゃない?」

「誰とつきあうかは俺が決める。今回はなしだ」

「可哀そうじゃん! 私、ちょっと話聞いてみてきてあげる」

「そういう話は知らないやつにいきなり踏み込まれたくないだろ、普通」

「んんん? そうかな、でも協力するっていうといいんじゃないかな」


 坂崎さんはあきらめそうにない。

 藤友君は目線で僕に、もういけ、と合図する。坂崎さんは藤友君のデザートを勝手に食べている。藤友君の言う、『アンリはその辺の化け物より話が通じない』という言葉を実感する。

 まだ花子さんと話し合う方が目がありそうな気がしてきた。花子さんは細い糸で意思を伝えようとしてきた。


 僕に見えた花子さんは、なんていえばいいのかな。

 気持ち悪い死体をグネグネ集めてくっつけたような造形をしていた。表面にゆらゆらと藻が絡まった腕、潰れた腹部とはみ出る内臓のようなもの、何かが出入りする足、ギロギロと動く片目以外なにもついていない頭部の一部。長い髪。そんなたくさんのパーツが、人の形をせずに、ごちゃごちゃと窮屈に丸く固まって(うごめ)いている。

 瞬間的には人のように見えるかもしれない。けれども、細部を見れば人には見えない。人の一部で構成されているのに。人の壊れたパーツでできた、人の似せ物。

 坂崎さんのアルチンボルドという表現は秀逸だ。

 それで僕は今夜もニヤと夜の散歩に出かけ、学校へ向かう歩道を歩いていた。今日はまだ歩道のライトは点いている。

 まさか2日連続で寮を抜け出すと思わなかったけれども藤友くんは友達……だよね?


「ニヤ、花子さんはどこにいるかわかる?」

「そこにいる」


 ニヤの示す『そこ』は学校と寮のちょうど境界線。

 花子さんはぐちゃぐちゃとした姿で10メートルほど先の歩道の上にいた。ものすごく不自然で気持ち悪いけど、改めて見た花子さんはなぜかそれほど怖くはなかった。

 学校の塀沿いに並んだライトが境界線のように花子さんをぼんやりと学校側に留まらせているようだ。花子さんは学校の境界線を越えられない。やっぱり『学校の怪談』なのかな。でもあんな奇妙な姿の『学校の怪談』は聞いたことがない。


「花子さんは何なのかな」

「捻じ曲げられた哀れなものだ。そのねじれのせいで、見るものの認識を歪ませてゆく」

「捻じ曲げられた?」


 ニヤと話しているうちに、花子さんにたどり着く。


「あの、僕は東矢といいます。少しお話しませんか」


 ブクブクと音を立てていた花子さんから、僕の手に何か細い糸のようなものが伸びて絡まる感触がした。その細い感触から花子さんのもやもやした思念が漂ってきた。

 でもその思念はくすんでとぎれとぎれでちぎれかけている。ぼくはゆっくり話をすることにした。


「あなたは、この学校にずっといたの?」

「い「いな「いる」い、いる「いた」るまえ」

「藤友君、今日の夕方に話していた人に、会いにきたの?」

「あう、つ「あいた「きあう」こっち「にいく」あちら」じとも」


 花子さんの中からは何故だか複数の意識が感じられた。

 少なくとも4人分くらい存在しそうな気がする。

 そのせいか思考もぐちゃぐちゃに混じり合っててうまく働かないみたいだ。


「あなたたちは、もともとまざってるの?」

「ちが「最近むり」う「やり」まざ「いや」もとに」


 断片的に判明した事実はこんな感じ。

 ついこの前まで彼らは別々の存在だったけどなんとなく集められて急に混ぜられた。

 昨日藤友君に会った時のことを感謝していて、親しくお付き合いしたいようだ。


「あなたたちの、仲良くする、って、どういうことか教えてほしい」

「ふじと「いっし「おか」おい」いていた「すき」たべ」も」


よくわからない。


「お願いがあるんだ。あなたたちが藤友君と仲良くしたいなら壊れないように気をつけてほしいんだ」

「こ「こわ」れわ」

「藤友君はぶつけたり引っ張ったり、乱暴にすると、すぐこわれて動かなくなるの。中身もなくなっちゃう。それは嫌でしょう? だからなるべく触らないようにしてほしいな」

「い「わかっ」い、さわな、た」

「それから人間っていうのはね、たいていの場合仲良くなるのに時間がかかるんだ。だからしばらくは、そうだなここからあの木くらい、だいたい3メートルっていう距離なんだけど、藤友君がいいっていうまでは、いつもこのくらい離れてる方が、はやく仲良くなれるよ」

「わか「さめーと」はな「わ」いぶ」


細い糸からは、なんとなく同意が伝わってきた。花子さんはぐちゃぐちゃだけどいい人っぽい? これで多少は安全、かな。

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